“2度目のあと1年”。パラアスリート富田宇宙選手の言葉から考える

ざっくり言うと
多様性ある社会を作り上げる過程が、パラリンピックそのものの力
イベントの行方に関わらず、そのうねりを止めてはいけない
2020/08/27 「三宅民夫のマイあさ!」 三宅民夫の真剣勝負! 大越健介の現場主義

スポーツ

2020/08/27

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2020年8月27日(木)放送より

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【出演者】
三宅キャスター:三宅民夫キャスター
大越キャスター:大越健介キャスター


「これまでの道のりは撤退戦だった」

三宅キャスター: 今週、東京パラリンピックまであと1年となりました。“2度目のあと1年”ということですけど、大越さん、<サンデースポーツ2020>のキャスターとして、どんな思いで迎えましたか。

サタデースポーツ/サンデースポーツ2020

総合
毎週土曜 午後9時50分(サタデースポーツ)
毎週日曜 午後9時50分(サンデースポーツ2020)

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大越キャスター: 新型コロナウイルスによる1年の延期決定というのは、オリンピックと同様でパラアスリートたちにもいろんな影響を与えています。新型コロナウイルスの終息が見通せない中、不安に思うアスリートも多いだろうなと思いながら、私自身も、キャスターとして“2度目のあと1年”という節目を迎えたんですね。
ところがこの番組を通じて実際にパラアスリートたちの声を聞いていくと、オリンピックにのぞむアスリートたちと重なる部分もあるんですが、ニュアンスが異なる反応も多く聞かれたな、という印象です。
三宅キャスター: ニュアンスが異なるって言うと?
大越キャスター: 誤解を恐れずに言いますと、大会延期をむしろ前向きに受け止めているアスリートが少なくないなという印象を持ったんです。「自分はすぐに切り替えることができました」と言うアスリートもいれば、「あと1年、パラリンピックを引っ張ることができるということは、むしろプラスです」と言うアスリートもいたんですね。もちろん、競技者としてモチベーションを維持するのは簡単ではない。それはオリンピックにせよ、パラリンピックにせよ、共通するものだと思うんですけれども、パラアスリートが持つむしろ前向きな受け止め方に接することができたのは、私にとっても非常に新鮮でした。
三宅キャスター: 新鮮に感じるほどの「前向きな受け止め」って、どういうことですか。
大越キャスター: 先日(2020年8月23日)、<サンデースポーツ2020>でゲストにお呼びした富田宇宙選手というアスリートに特に感銘を受けたんです。富田選手は、パラ競泳で視覚障害の最も重いクラスで活躍するスイマーで、去年の世界選手権では男子400メートル自由形と100メートルバタフライの2種目で銀メダルをとった実力者です。

NHK 東京2020パラリンピック 富田宇宙選手

番組の中で、富田選手に「1年延期というのは、心の切り替えが大変だったんじゃないですか」と質問しますと、「いえいえ。最初に延期と聞いたときも全くショックはありませんでした。モチベーションが尽きるということは全然ありませんでした」と、きっぱりと答えていたんです。その言葉の強さに少々驚きました。
三宅キャスター: 「気持ちを切り替えて前に進まなくては」と自分に言い聞かせるアスリートが多いと思ってたんですが……。
大越キャスター: そういうふうに自分に言い聞かせるようにおっしゃる方が多いんですが、富田選手の場合は、自分に言い聞かせるというよりも、もっとはっきりした、そして率直な意志のようなものを感じました。その理由を知る上で、富田選手の歩みについて触れたいと思います。
富田宇宙選手は31歳。伝統校として知られる熊本県立済々黌(せいせいこう)高校に在学中に難病にかかって、徐々に視力を失ったんです。視力を失う前にはその名前が示すとおり、宇宙飛行士を夢みていたそうです。水泳の選手でもあったんですが、どちらかというと勉強のほうに重きを置いていたそうなんですね。しかしその病気によって夢を諦めざるをえなかった。そこからの道のりを、富田選手は「撤退戦」という言葉を使って表現しています。
三宅キャスター: 「撤退戦」?
大越キャスター: はい。その後、システムエンジニアを目指したりもしたんですけれども、やはり健常者と同様の道を進むのは非常に難しい。それでいろいろと自分で進路を変更せざるをえなかったそうです。
「撤退戦」という重い言葉――、つまり、いろいろなことを諦めながら進むべき道を選び取っていくという、重い選択の繰り返しだったことを示している。「進路変更」という言葉だけでは足りないということだと思うんです。
その上で、こんなふうにも語っていました。「自分がこれまで背負ってきた挫折の量というのは、申し訳ないですけれども、半端じゃないですから」。そういう経験が、パラリンピックの延期という逆境に動じない強さとなって表れていると思いました。
ただ、それだけではないと思うんですよね。富田選手の言葉をずっと振り返って反すうしていきますと、パラアスリートに共通する力、そして、パラリンピックそのものの力というものに気付いたんです。

「マイナス100からのスタート」

三宅キャスター: 自分のこれまでの歩みを「撤退戦」だったと振り返った富田選手。そのアスリート人生を支えているものは何なんですかねぇ。
大越キャスター: ひと言では言えないんですけれども、富田選手のお話を聞いていて、おそらく間違いなくあるなと思ったのは、対照的なライバルの存在です。
三宅キャスター: 対照的なライバルの存在?
大越キャスター: 富田選手が活躍するパラ競泳の種目では、木村敬一選手というライバルがいます。

NHK 東京2020パラリンピック 木村敬一選手

木村選手はリオデジャネイロ大会の銀メダリストで、東京大会では金メダルに最も近い存在とも言われています。富田選手と同じクラスですけれども、2人の歩みは全く違う。
木村選手は2歳のときに視力を失って、ほとんど視力というものを知らずに育ったんですね。その泳ぎは非常に荒々しくて、富田選手に言わせますと、「むしろ効率が悪いくらいの力強い動き」。ところが、高校時代まで視力があった富田選手が実際にパラ競泳の選手としてレースを体験するうちに、木村選手の荒々しい泳ぎというのは視覚障害者の競泳に適した泳ぎであることが分かったそうです。
視覚障害者の競泳は、例えばコースロープや壁に体をぶつけて進路を修正するようなことも多いそうで、実は激しいスポーツなんですね。木村選手の泳ぎは競技に適した泳ぎを追い求めた結果としての唯一無二の泳ぎなんだと気付いたそうなんです。
そうして木村選手のほうは、あくまで金メダルを目指すという姿勢を保ち続けています。そのライバルの存在が、富田選手にとっては非常に大きな刺激になっていると思いますね。
三宅キャスター: 木村選手を破って金メダルをとるのが富田選手の目標、ということですか。
大越キャスター: もちろん金メダルは富田選手もとりたいと言っていますが、「メダルよりも過程やプロセスを大事にしたい」と話していました。自分の競技人生に関わってくれた人たちに自分のパフォーマンスを見てもらうことこそが喜びなんだ、そしてそれこそが、パラリンピックの魅力だと話していました。
そのプロセスの価値というのは何なのか。富田選手は2つの面から強調していました。1つは、パラ競技が持つ「バリエーションの豊富さ」ということ。
三宅キャスター: 同じ視覚障害がある競泳のクラスでも、富田選手と木村選手のようにそこに至った経緯が全く違う、というようなことですか。
大越キャスター: その種目を見るだけでも、2人の成り立ちは全く違いますよね。パラアスリートたちがそれまで歩んできた道のりや背景は、オリンピックの選手ももちろん違うんですけれども、桁違いにバリエーションがありますよと、富田選手は話していました。
木村選手のように幼いときからあるいは生まれつき障害がある選手、そして富田選手のように事故や病気などで障害を負ってしまった選手……、それぞれが苦しんで克服したその歩みが、強烈な個性を生み出す。「パラリンピックではその個性がぶつかり合うので、その魅力は大きいですよ。是非知ってほしいです」と話していました。

そしてもう1つの側面について、富田選手独特の例えで話してくれました。
オリンピックの選手は、いわばゼロから始まって100点を目指す。しかしパラリンピックの選手は、「マイナス100点から始まるんです」と。到達点は、例えばオリンピック選手が100点だとすれば、パラリンピックの選手は技術的には30点ぐらいかもしれません。記録、タイムなどを見てもそうですよね。ところがマイナス100点から始まったことを考えれば、最終的に30点でも、結果的に130点ぐらいに値する途方もない大きさなんです。「アスリートひとりひとりが持つその道のりこそがパラリンピックの力であって、社会に与えるインパクトそのものなんです」と、富田選手は話していました。
三宅キャスター: マイナス100からの、のびしろの大きさ、ですか……。
大越キャスター: そうですね。この富田選手のインタビューコーナーには、カナダ在住で国際パラリンピック委員会の教育委員を務める、マセソン美季さんにも途中からリモートで参加をしてもらいました。マセソンさんには以前このコーナーにもゲストで来ていただきましたが、長野パラリンピックの金メダリストです。

パラ金メダリスト・マセソン美季さん パラ大会を機会に変えたい社会のマインド(2020/02/27放送)

そのマセソンさんが、富田選手がおっしゃった「マイナス100からのスタート」という発言に絶妙のリアクションで答えてくれました。私たちの社会が、障害がある人の受け皿を整えて、障害があっても選択肢が増えて自由に活動できる社会に変わっていけば、それをマイナス30とか、マイナス20からのスタートにすることができますよね、とおっしゃったんです。社会が変わることで、スタート地点のマイナスの幅をうんと小さくできるというわけですね。
これを受けて富田選手も、出発点がマイナス100からもっと改善されれば、私たちもパフォーマンスをもっと上げることができますよね、と応じていました。
三宅キャスター: 多様な背景を持つパラアスリートの頑張りと、障害のある人たちの受け皿となる社会があると、相乗効果が図られると。
大越キャスター: パラリンピックの存在価値はまさにそこにあるというのが、2人の一致した意見でした。大会そのものも大事なんですけれども、多様性のある社会を作り上げていく過程そのものが、パラリンピックが教えてくれる価値と言っていいと思うんですね。だとしますと、その過程って、長いほうがいい。時間をかけたほうが……。
大会の1年延期は、パラリンピックの場合はむしろ歓迎すべきことだと話すパラアスリートが少なくないのは、そのあたりに理由があるんじゃないかなと思いました。逆に言えば、パラリンピックはイベントそのものの行方に関わらず、もう始まっている、そのうねりを止めてはいけないんだ、ということにもなります。2人の話を聞いて、そう思いました。

もう1つ、富田選手とマセソンさんとのスタジオのトークで強く感じたことがあります。
富田選手の言葉を借りれば、それこそ半端ない挫折や苦しい選択を、パラアスリートは迫られてきました。その姿というのは、どうでしょう、今のコロナ禍の中で、非常に強い光を放っているように思います。社会全体、世界全体が挫折を味わい、新しい社会の在り方を模索している中で、パラアスリートたちはある種のロールモデル、つまり、われわれが学ぶべき1つの生き方を示してくれているのではないか。そんなふうに感じました。

放送を聴く
2020年8月27日(木)放送より

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