職業ってなんだろうね!

ざっくり言うと
自称ミュージシャンは無職なのか?
無職って、自分を見つめる時間、リセットする時間
2020/08/07 高橋源一郎の飛ぶ教室 「ひみつの本棚」

趣味・カルチャー

エンタメ

2020/08/07

放送を聴く
2020年8月7日(金)放送より

記事を読む

作家・高橋源一郎さんがセンセイとなって、1冊の本をテキストに現代社会の課題やひずみを考察し、生き方を指南する「ひみつの本棚」。今回のテキストは『無職本』です。「無職」や「自称○○」という肩書きが付いたときに考えたこと、感じたことを、ミュージシャン、映画監督、書店主、声優ブロガーなどさまざまな職種の人が、さまざまなスタイルで書いています。「無職」について、源一郎センセイは何を考え、どんなメッセージを伝えたのでしょうか。

【出演者】
高橋さん:高橋源一郎さん(作家)
小野アナ:小野文恵アナウンサー


「僕を読んで」と呼ばれてジャケ買い

高橋さん: きょうは、今までとかなり雰囲気が違った本なんです。著者がたくさんいるので。
小野アナ: 表紙に著者名がないんですね。
高橋さん: 書いてないんです。本の中にはお名前がありますけど。『無職本』というタイトルです。
小野アナ: 音楽を志す人、声優ブロガー、映画監督などなど、さまざまな立場の方が書いてらっしゃいます。働かずに貧乏生活を送る、または、携わる仕事で生活ができなくて掛け持ちでアルバイトをした、などの経験のある皆さんが、無職になったときに考えていたことや感じたことを、エッセイ・小説・漫画など、それぞれの表現方法でつづった1冊です。
どうしてこの本を選ばれましたか。
高橋さん: このシリーズで初めてなんですけど、ジャケ買い(笑)。ネット書店で買ったんですけど。
小野アナ: 真っ白な表紙に黒で大きく『無職本』。6畳一間の真っ白い部屋に無職の人が大の字になって本を読んでる、みたいな。
高橋さん: お~、そういうイメージね(笑)。
本との付き合い方っていろいろあるけど、中身を吟味してとか、うわさを聞いてとか、あと、一目ぼれっていうのがあるんです。本が呼ぶの、こっちを。この本は「僕を読んで!」っていう感じがあったので、久々に呼ばれました。そういうときって、だいたい勘が当たるんです。

稼いでいないと“自称”になるって…

高橋さん: この本は、編集部の方が「無職というテーマで書いてください」と8人の方に依頼して、それぞれの無職体験について基本的には書いたものです。最初に松尾よういちろうさんというミュージシャンの方が「無職ってなに?」ということを書いていて、「やられた」っていう感じですね。さっそく読んでみましょう。

<数年前、一人の男が「山手線を廃線にする」という理由で、JRのケーブルや配電施設に放火を繰り返して逮捕された事件を覚えているだろうか>

<僕はその事件をテレビの報道番組で知った。テレビ画面には、チカチカと瞬くカメラのフラッシュに照らされた犯人が、パトカーの後部座席に座り護送される瞬間が映し出されていた。生気の抜けた虚ろな表情ながらも、通常の生活をしている時であればきっと端正であろう中年の男の顔。下方には、ひと目では読めない当て字のような名前と42歳という年齢、そして“自称”ミュージシャンの文字。
この“自称”ミュージシャンという表現>

<報道にあった“自称”ミュージシャンという肩書きには、胸を締め付けられるような物悲しい感情を抱いた>

<逮捕時の取り調べで職業を聞かれ、「ミュージシャンである」と伝えたが、裏取りができずに不確かな情報だとして“自称”を付けられたのだろうか。それとも、精神錯乱状態で本人の発言に信憑性(しんぴょうせい)がないという判断で“それ”を付けられたのか。そもそも世間では、知名度のないミュージシャンは、それを職業とすることが認められていないのであろうか。
あってほしくはないが、もし仮に僕が良くないニュースで報道される機会があったとして、やはり現在の知名度では、彼と同じように“自称ミュージシャン松尾よういちろう”として報道されてしまうのだろう>

高橋さん: ということで、これは「自称問題」ですよ。よく言うよね、「ホテルで無銭飲食をしていた自称作家」とかさ。
小野アナ: 「自称」って付けてしまうのは、「この人、本当にそうなのかな」と疑わしいから?
高橋さん: そうそう。でも、うそをついたら「自称」だけど、当人がそう思ってる場合もあるでしょ。
小野アナ: そうか。社会的にそうですよと認められないから?
高橋さん: 要するに、こういうのは警察が「職業、何?」って聞くわけです。「ミュージシャンです」って言うから調べてみたら、「全然お金稼いでないじゃないか」。それで、“自称”ミュージシャン。
小野アナ: あぁ~、お金を稼げてないから……。
高橋さん: 「本を書いてます」って言っても、「お前の本なんか誰も知らんぞ」っていうので「自称作家」って言われちゃう。
小野アナ: 私がもし「自称アナウンサー」って言われたらすごく悔しい。
高橋さん: 自称じゃないよ(笑)。
小野アナ: でも悔しい思いをされるでしょうね、言われた方は。
高橋さん: 松尾さんはちゃんとバンド活動もしてCDももちろん出してるんですが、それでも分からないよね。あとで出てくるんですけども、なかなかそれだけでは食べられないという理由があるのに、警察は、社会は、それを「自称」って言うんですよ。考えたらさ、それを「自称」ってそのまま言うのは、失礼だよね。
っていうことで松尾さん、こう書いています。

<“自称ミュージシャン”と後ろ指をさされるのが落ちだ。そして日本各地の“自称”ミュージシャン達に、僕が先に抱いたような物悲しい気持ちを抱かせるのだろう。ひょっとするとそういった報道での扱いを目にして、音楽から離れてしまう人も出てくるかもしれない。ミュージシャンは弱く脆い人が多いから。それならいっそ、ひと思いに無職と報道された方がいい。「なんだ、無職か」で済ませて欲しい。だから僕は、取調室では潔く胸を張って「無職です」と言おうと思う。いや、やはり、良い歌を作り歌い、人に求められるミュージシャンになり、逮捕された暁には、名前と年齢の隣に職業として立派にミュージシャンと書かれたい。いやちがう、ここまで熱い思いで書き殴ったが、そもそも罪を犯してはいけない。犯罪、ダメ、ゼッタイ>

高橋さん: すごくユーモラスですけど、すごく僕、考えましたよね。確かに「自称問題」なんだけど、「職業を持ってなきゃいけない。お金を稼がなきゃいけない。稼いでない人は全部“自称”だよ」ってことですよ。今、無職の人に対して、アルバイトでいろんな仕事をしていたとしても、「なんだ、アルバイトじゃないか」ということです。
小野アナ: 定職があることが、いいことやえらいことだみたいに思い込んで暮らしている。
高橋さん: そうそう。で、おもしろい話が続きます。

<数年前に、ミュージシャンとして大きな仕事をいただいた。某クレジットカード会社のCMキャンペーンに歌を提供するというものだ。僕は当時のバンドで『親が泣く』というタイトルの曲を作り、>

高橋さん: それで結構、売れてたというんですね。

<その仕事で少しまとまったお金が入ったので、それを元手に、ずっとずっと気になっていたギターを買おうと決心した。当時の僕にとってはとても高い買い物だから、楽器屋に行ってからも入念に試し弾きを重ねた。そして何日も悩んだ末の決断も、店員さんの一言で見事に敗れ去る。
「ローン審査が通りませんでした」
しかも、その審査を行ったのは、元手となるお金をくれたはずのクレジットカード会社。おまけとして言及すると、キャンペーンのキャッチフレーズは「あなたの夢に応援歌」。人の応援をしている場合ではなかった>

高橋さん: 人生厳しいですねぇ、っていうことです。でも、社会の中で「無職」とか「自称」っていう言葉が使われることの根本的な「何?」って感じさせるような例が、松尾さんの文章にはあふれているんですよね。
松尾さんが歌を作り出したのは高校生のころだそうです。歌い始めたのが名古屋かな。ライブハウスに通って活躍して、「よし、俺はもう東京で活躍できるぞ」と思い込んで上京した。
小野アナ: 一旗揚げようと思ったんですね。

<そんな軽い気持ちで、売れるまでの少しの間(という当時の僕の中での設定)、仕方なく工場でのアルバイトを始めた。当初は、アルバイトと音楽に掛ける時間の割合は、2:8位で過ごしていたが、売れる筈(はず)の計算がどんどん狂っていく。僕の目指した『売れるまで』が長くなっていくにつれ、アルバイトと音楽の割合も4:6、7:3……と変化していき、とうとうギターを弾かない日も増えていった>
<気が付いたらアルバイトと音楽の割合は10:0、いや、音楽という言葉すらも忘れて働いていたので12:-(マイナス)2くらいになっていたかも知れない>

高橋さん: 後半は「メジャーデビュー」という章に書いてあるから、デビューしたかと思うでしょ? 実は、「正社員」の文字の横に「メジャー」って書いてあるの。アルバイトの工場に、メジャーデビューした。
小野アナ: あぁ~、正社員になっちゃった。
高橋さん: 「君は勤勉だから正社員になりたまえ」って言われて、なっちゃった。社員になって、あるおじさんの定年退職の歓送会に出たあとのことを、こう書いています。

<そしてこんなことを考えていた。「僕がこの生活を定年まで続けるとなると、あと43年くらい続けるのか。43年……え、無理だ。絶対に無理無理無理無理無理!」>

高橋さん: 松尾さんは1つの典型例だけれども、こういう人って、ものすごくいっぱいいる。実際、僕もそうだったし。
最後に松尾さん、こう書いています。

<しかし、僕自身としては、就職し音楽と離れてしまっていた期間を『無職』だったと主張したい。その『無職』であった期間があったからこそ、現在に至るまで、ミュージシャンでいられるのだから>

高橋さん: 本当に音楽が必要だと、思えるようになったんですね。

<ここまで読んでもらって、あなたは僕をミュージシャンと呼んでくれるだろうか、それとも“自称”ミュージシャンか、はたまた無職か。

松尾よういちろう 39歳 ミュージシャン>

高橋さん: 「仕事って何だろう」ということを、考えさせられます。
小野アナ: 夢を追いかけている間が“無職”だった、松尾さん……。

「意味があった」と言えるようにするための期間

高橋さん: 他にも、声優ブロガーの幸田夢波(こうだ ゆめは)さんは、声優がほとんどアルバイトみたいになって、ブログをやるようになったようです。途中で全くお金がなくなった時期もあるんですけど、すごく典型的な、「こういう人いるよね」っていうシーンがあるんです。

<大学3年生になって周りのみんなが就活を始めても「私は声優で生きていくから」と就活もせず、そしてそのまま大学を卒業した。それでいいと100%確信していた。学校に行こうと思っていたのに気が付いたら海を眺めていることがよくあった私に、企業に就職して毎日会社に通って真面目に仕事をする未来なんて1ミリも見えなかった>

高橋さん: 自分は今、夢がある、と。でもこれで「声優だ」と言ってもアルバイトに忙しいから、もし捕まったら「自称声優だよね」ってなっちゃうかもしれない。社会って、そういうふうになっちゃうんです。

それから、作家の太田靖久さんの「無色透明」という文章。これは小説ですけど、太田さんの経験もあるんじゃないかなと思います。
小野アナ: 本屋さんも経験なさってるし、無職を表現するのに小説という手法を使われたんですね。
高橋さん: 小学校のときの友人と再会する話です。友人も仕事をやってて、コンピューターのSEかな、主人公の僕も仕事をしていたのが、2人とも辞めて戻って偶然会うんです。同時に無職になる。小学校ではそんなに仲良くなかったのに、急にしみじみと話をするんですが、こんな会話があります。ここ、好きなんですよね、僕。

<「仕事辞めてどう? 不安だろ?」
「そうでもない」
「俺の職場ではさ、発注から納品までの期間を『リードタイム』っていうんだ。はじめたことはきちんと終わらせないといけない」
「無職ってはじめるものなのかな? まだ何も見えないし、わからない。でも意味のある期間っていう気がしている。っていうか『意味があった』っていつか言えるようにするための期間じゃないかって>

高橋さん: 「無職」って、すごくネガティブな言葉でしょ。でも生きていく間には、夏休みの期間が必要だと思うんですよね。
就職したらずっと働いていくわけです。何かしら働かないと生きていけないんだけど、でも、生きるために働いてるのか、働くために生きてるのか分かんなくなってくると、自分を見失ってしまいますよね。ときどき、自分を見つめる時間が必要なんですよ。仕事してても見つめる時間があればいいんだけど、なかなかそれは難しいから、あえて、一旦リセットする。本当にリセットして辞めて戻ってくる人もいるんだけれど、今の社会、難しいでしょ。そういうことができる社会が、いい社会なのかなって思って。
この『無職本』は、「こういう無職のときがあった」っていう人たちの経験を、ある意味おもしろがったり共感したりすると同時に、自分にとって職業とは何かをちょっと考えさせる本だと思いまして、僕も久しぶりに、就職活動をしていた時期のことを思い出しました。
小野アナ: 「ひみつの本棚」。きょうは『無職本』から引用させていただきました。

放送を聴く
2020年8月7日(金)放送より

Recommended Articlesおすすめ

Latest新着

トップページへ戻る