Z世代が伝える戦争のはなし(4)メタバース上にシベリア抑留を再現

Z世代が伝える戦争のはなし

放送日:2023/08/17

#インタビュー#戦争

終戦から、78年。戦争の記憶が薄れていく中、幼い頃からデジタルの世界になじんできた世代、いわゆる「Z世代」の若者たちが、新たな方法で過去を掘り起こし、体験を引き継ごうとしています。
8月に放送した特集番組「Z世代が伝える戦争のはなし」では、過去に向き合う若者たちの姿を5夜連続でお伝えしました。
第4回は、シベリア抑留の様子をインターネット上の仮想空間に再現する取り組みを続けている濱大貴さん、23歳の取り組みです。(語り・江崎史恵アナウンサー)

濱大貴さん

【出演者】
濱さん:濱大貴さん(大学院生)

“シベリア抑留”を再現する難しさ

――「シベリア抑留」。第二次世界大戦終結後、ソビエト軍に拘束された元日本兵や民間人、およそ60万人がシベリアなどに送られ、「ラーゲリ」と呼ばれる収容所に入れられました。冬はマイナス30度を下回る厳しい寒さの中、過酷な労働を強いられ、飢えや病気などによって、およそ5万5,000人が亡くなったとされています。

大学の経営情報学部にいた濱さんは、インターネット上の仮想空間・メタバースに、このシベリアの強制収容所を再現しました。VRゴーグルをつけると、あたかも自分が収容所にいるかのような体験ができます。

メタバース上のシベリア強制収容所

(♪吹雪の音)

――吹雪の中の収容所。「兵舎」と呼ばれる寝泊りの場、食堂、見張り台などが点在しています。

(♪扉の音)

――木造平屋の兵舎の扉を開けると、抑留された人たちが寝泊まりした板の間があり、寒々とした空間が広がっています。濱さんは、コロナ禍での学園祭で、自身の大学のキャンパスをメタバース上に再現した経験があります。しかし、シベリアの強制収容所を制作するのは、困難の連続でした。

濱さん:
資料が少ないというのが一番大変でした。こういったものを作る時は、一番望ましいのは設計図があることで、寸法とか高さとか壁の厚さとかが分かることが一番望ましいんですが。資料が残っているものは断片的で、写真も残っていないので。再現された模型をもとにつくるという作業で、現物の寸法をまず考えるところから始まって、横幅は何mぐらいで通路は何mぐらいでベッドが何mぐらいでということをまず最初に考えました。何個か試作モデルを作ってみて、本当に2回か3回ぐらい作り直しては作り直して。自分なりに考えて、当時のつくりとして違和感がないように作るのが一番大変でした。

――シベリア抑留の歴史を伝える資料館に通い、体験者に会い、情報を集めながら、収容所を作っていった濱さん。「兵舎」の再現では、色や明るさ、音といったあらゆる要素に、徹底的にこだわりました。

濱さん:
一番最初に入るここは照明があるんですが、照明の明るさも気を付けていて、明るすぎず、暗すぎず、ちょっとだけ暗い。色も変えてあって、全体的に寂しい感じを再現しています。木材も当時のその場の木材、風雨にさらされて灰がかかっている、色素が抜けているようなイメージで作ってあります。あとは雰囲気づくりとして、風の音が聞こえるシステムを入れていて、距離によって音の大きさが違うんですが、建物の中に入っているうちは、外に猛吹雪が吹いているような風の音も入れてあります。

“シベリア抑留”を再現するというアイデア

――濱さんは幼い頃から祖母の戦時中の体験を聞いて、戦争の歴史には関心がありました。でも、どうしてメタバース上に「シベリアの強制収容所」を作ることになったのか。それは、入学した大学でのある先生との出会いがきっかけでした。

濱さん:
大学に入って最初に始まったのが小林先生の講義で。開口一番、すごくあおられて。でも接していくうちにすげえ面白い先生だなとその時から思ってたんですけど。

――小林先生とは、シベリア抑留の歴史を研究し、体験者への聞き取りを続けてきた多摩大学の小林昭菜准教授です。メタバース上に「強制収容所」を作るというアイデアをもっていました。

小林さん:
「バーチャルシベリア収容所」は、やはり若い世代に、シベリア抑留の歴史をより知ってもらうためのツールとして、使いたいというのがあります。この研究を続けていく中で、生きて帰ってこられた方々の声の重さというのは、私ぐらいの世代は非常に強く感じていたと思います。ところがこの10年ぐらいで多くの方が亡くなってしまわれて、亡くなってしまった後にやって来るのは、その当事者の声を代弁する何らかの形の媒体を我々は今必要としている段階で。私が見聞きしてきた話や研究で分かったことなどを、ビジュアルやバーチャルを通して若い人に伝えていくということの使命感は、感じている点ではあります。

――小林さんは、今こそ、シベリア抑留の歴史に向き合うべきだといいます。

小林さん:
シベリアに抑留された方のほとんどは、若い兵士でした。貴重な若い青春時代を戦争と抑留に奪われた世代です。今のウクライナとロシアの戦争を見ていても、やはり戦争が起きると、人が翻弄され、その人の人生が壊されていく。これをやはり若い人には認識してもらいたいし、シベリアで何年も命からがら生きながられてきた人たちの思いや取り戻せない青春の時間、そういう人たちの歴史を、いまこそ、私たちはきちんと自分たちの目で見ていく必要があるんじゃないかなと思いますね。

――この小林さんの講義を、大学1年生の時から受けていた濱大貴さん。デジタル空間に建物を作る技術に詳しいことから、小林さんに誘われました。「シベリアの強制収容所をメタバース上につくる」というアイデアが、実現へと動いたのです。

濱さんが感じた“シベリア抑留”の現実

――当初、「シベリア抑留」の知識はあまりなかった濱さんですが、制作を通して、その現実に少しずつ近づいていきました。

濱さん:
最初に兵舎を作った時に、このちょっと上がっている床はなんだろうと思ったら、そこがベッドですと言われて。毛布は?と思ったら、じかに寝るんですと言われて。人を人と思ってないといいますか、管理しているというのがありありと分かってきて。言葉にできないような、複雑な気持ちというか。当時、たくさんの方が亡くなられたというのもあって。そういったところも踏まえてすごい劣悪な環境というか、こんなひどい環境で過ごしてたのかなというのが、作っている私が一番、体感して。母国に帰るというのを、そこを唯一の心のよすがとして過ごしてたんだろうなっていうのがありありと感じられて、泣きそうになったりもしました。

濱さんを応援する抑留体験者

――そんな濱さんの活動を応援する人がいます。シベリア抑留を経験した西倉勝さん、98歳です。西倉さんは、朝鮮半島北部で終戦を迎え、シベリアのコムソモリスクの収容所に送られました。

西倉勝さん

西倉さん(講話の音声):
「こういう作業をやりました。住宅建設、慣れないことをやりました。壁塗りをやりました。一番つらかったのは、一番最初は10月ですから寒い。特に水道管を埋設する穴を掘るんです。2m50。それを掘るたびに、氷でつるはしが跳ね返ってくる。鉄板のように。だから焚火をして溶かして。炭坑節じゃないけど、溶かして掘って溶かして掘って。ノルマなんかできなかったですね。」

―――90歳を過ぎてから語り部として活動を始め、98歳になるいまも、抑留体験を語り継いでいます。

西倉さん:
戦争は駄目ということは、みんな分かってるわけですけれども。体験者として、そういうふうな戦争に巻き込まれちゃダメだということを、小さい力、意見だけど、伝えていきたい。戦争はダメと、私が経験したようなことを二度とさせてはならんよと伝えていきたいなと思って。

―――西倉さんは、濱さんが行ったイベントにも足を運び、メタバース上のシベリア強制収容所も体験してみました。

西倉さん:
よく想像して作ったなと感心しましたよ。ラーゲリの収容所をね。そういうものを作って、思いをはせるというか。それをどういうふうに使っていくか。そういうことを広げてほしい、全国に。そんなふうに思いますよ。

より若い世代へ伝える工夫

―――濱さんは、メタバース上の強制収容所にゲーム的な要素も取り入れ、より多くの若い世代にシベリア抑留の歴史を知ってもらおうとしています。

メタバース上のシベリア強制収容所

濱さん:
スプーンも置いてあって。これは収容所を回るにあたって、最後まで回りたくなるような仕組みをと思って。5個全部探したら、収容所を全部回れるようになっています。プレイヤーが探しながら、場所をみて回れるような仕組みになってます。

―――シベリア抑留から引き揚げた人たちがたどりついた、京都府舞鶴市。舞鶴市立若浦中学校で、今年3月、体験イベントが開かれました。参加したのは、舞鶴引揚記念館で語り部活動をする中学生たちです。

女子生徒:
私は中学生で、その当時の情景というのは、ほんまにどういう感じやったんかなっていうのがあったんですけど。今回バーチャルで体験させていただいて、建物がこんなに大きかったんやとか、こういう間隔で建物が建っとんたんやとか、こんな雰囲気やったんやとか感じられたので。やってみてよかったと思いました。

男子生徒:
画面に現れるので楽しく学ぶ事もできたりするんですけど、やっぱりその中でずっと雪が降ってたりするのを見ると、そういう所で生活するっていうのは、本当にしんどかったんやろなと。画面を通して伝わってくるものがあって、耳で聞いて想像するよりも、目で見て体験するとより具体的に、想像が膨らんでいいと思いました。

研究を続ける濱さん

―――濱大貴さんは、この4月、デジタル技術を専門的に学ぶ大学院に進学しました。
これからもシベリア抑留の歴史をデジタル技術を使って残し、歴史教育にも活用していきたいと考えています。

濱さん:
本当に多くの方が亡くなったという事実がそこにあって、絶対に繰り返しちゃいけないことだと思ってます。でも時がたつにつれて忘れられていくとなると、いずれ同じようなことが起きてしまう可能性があるというのは、本当にそうだろうなと思っていて。そういう中で本当にシベリア抑留を忘れないようにするきっかけ、後世に残していく1個の要素としてよかったかなと思ってます。ゲーム的なコンテンツなんですけれども学びのコンテンツになってるので、歴史教育としては、読むだけ聞くだけではなくて、自分で歩き回って体験できるコンテンツとして、新しい教育の形として提供できていけたらいいんじゃないかなと思っております。

―――時空を超えて、仮想空間によみがえったシベリア抑留の世界。
濱大貴さんが向き合い続ける、「戦争のはなし」です。


【放送】
2023/08/17 「Z世代が伝える戦争のはなし」

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