気象データからひもとく、夏山遭難を減らすための教訓

23/07/15まで

石丸謙二郎の山カフェ

放送日:2023/07/08

#登山#ネイチャー#気象

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登山を趣味とし、山を愛する石丸謙二郎さんが「山」をテーマに、さまざまな企画をお届けする<石丸謙二郎の山カフェ>。今回は、山を専門とする気象予報士の大矢康裕さんがご来店。100年以上前に起きた夏山遭難の当日の気象状況を、アメリカの気象データを使って解析。明らかになった教訓とは……?

【出演者】
石丸:石丸謙二郎さん(俳優・ナレーター)
山本:山本志保アナウンサー
大矢:大矢康裕さん(気象予報士)

木曾駒ケ岳の遭難事故で、生死をわけた「判断ポイント」は?

石丸:
数日前、大矢さんが、「アメリカの気象データを利用して、明治時代に八甲田山系で起きた雪中行軍遭難の天気を明らかにした」と、NHKのニュースで見たんですよ。

大矢:
ありがとうございます。(雪中行軍遭難は)もう120年前の話ですよね。

石丸:
日本の気象データではないんですね。

大矢:
アメリカのNOAA(ノア)という気象機関のデータです。19世紀(1836年)までさかのぼれます。

石丸:
そのころからアメリカはデータを取っていた?

大矢:
気象観測の歴史は古くて、人工衛星や高層観測をやっていない時代から、地上の観測データがあるんですよ。その地上の観測データから、スーパーコンピュータを使って、山もそうですけれど、上空の気象状況までシミュレーションして、再現できるんです。

石丸:
ええ! 世界中の?

大矢:
世界中です。
今のスーパーコンピューターを使って、19世紀までさかのぼってよみがえらせた、ということです。

石丸:
どれくらいの単位でわかるのですか?

大矢:
3時間単位になります。

石丸:
1836年って、江戸時代……?

大矢:
さすがに江戸時代になると観測地点が少ないので、正確なデータが再現できるのは、気象観測網が整ってきた19世紀の後半で、だいたい1880年辺りからになります。

山本:
日本の気象庁のデータ、JRA-55(ジェーラゴーゴー)では、55年前までさかのぼれるようで。

大矢:
JRA-55は「気象庁55年長期再解析」の略で、アドバルーンを出して、上空の気温や気圧を測ったりする観測網が整った1958年から始まっています。

石丸:
きょうはそんな新しいデータベースを使って解析した遭難事例の中から、僕たちが知っておくべきことを教えてください。

大矢:
1913年(大正2年)8月に起きた遭難事故で、中央アルプスの木曽駒ケ岳(きそこまがたけ)で起きました。箕輪町の中学校で毎年、集団登山が行われていて、8月26日~27日にかけて天気が荒れて、11名の生徒と先生が亡くなったという事故です。

石丸:
山岳遭難としては有名な話で、新田次郎さんの小説や映画の『聖職の碑(いしぶみ)』でも有名ですね。僕はこの本を何度も読みました。
新田次郎さんも天気のことを書かれていたけれど、そのときのことが再現できたわけですか?

大矢:
そうです。正確に再現したのは、今回が初めてだと思います。

石丸:
小説では、「台風が来ていた」という話でしたが。

大矢:
台風は来ていましたが、今回の解析をやることによって、実は台風だけじゃなかったということがわかりました。

山本:
登山初日は8月26日です。このときは台風の影響というのは?

大矢:
そのとき台風は、まだ日本の南にあって離れたところにあったんですよ。あまり気象状況について詳しくない人に、「台風がまだ離れているから、大丈夫だろう」と思われていましたが、そういう状況は油断大敵で、台風の周囲は、湿った空気がいっぱいあるんですよ。その湿った空気が台風の周りをぐるっと回って、中央アルプスを初めとする中部山岳にぶち当たったんです。
中央アルプスにぶつかった湿った空気が、山の斜面をはい上がっていって積乱雲ができます。そんな不安定な天気になっていたのが、8月26日の気象状況でした。

不安定な天気になると、にわか雨が降ったり、突風みたいな強い風が吹いたり、雷が鳴りやすい状況になるんですよ。注意しないといけないのが、普通の夏山だと午後3時以降が危ないのですが、不安定な天気だと、お昼前に雷が鳴ったりします。

実際にそういう天気だったというのは、NOAAの解析でもわかりますし、残されている記録にもあります。11時ぐらいだったかな?

石丸:
昔から「午前中の雷は注意」って言いますよね。

大矢:
はい。それだけ大気の状態が不安定だという証明になるんですよ。

山本:
台風そのもので遭難したというよりは、台風からの影響で暖かく湿った空気で、天気が不安定な状態による影響だったということですね。

大矢:
その状態で26日に山のりょう線にたどり着いたのですが、(泊まる予定の)山小屋は2か月ぐらい前に火事があり、焼けあとしかなかったのですが、そこに泊まっちゃったんですよ。生徒も先生も、自分達が着ている雨がっぱ(当時はみの)をぬいで、屋根代わりにしていました。それで雨をしのごうとしたのですが、風で飛ばされてしまって体力が消耗したところに、27日に台風が接近して、台風の影響によって雨や風が強くなって遭難したというのが真相です。

石丸:
小屋の中で夜を明かそうとしたけれど、そのときすでにビショビショ。着ているものは何だったのでしょうか?

大矢:
当時は速乾性があるインナーウェアはなくて、綿ですね。
皆さんも夏に着ると思いますが、汗でべったりぬれると、ピタッと体に張りつきますよね。その張りついた状態で風に吹かれると、体温を奪われちゃうんですよ。

石丸:
このとき気温はどれくらいだったんですか?

大矢:
NOAAの解析で、標高3000メートルぐらいのところで10度ぐらい。

石丸:
(夏山にしては)寒くないじゃないですか?

大矢:
それがただの10度ならいいのですが、ぬれた体で風が吹くと、水温10度の水に浸かっているのと一緒。そう言われてピンとこないかもしれませんが、真冬の最高気温10度のときにプールに裸で入っているような状態。それは無理でしょう? そんなものは1分もたたずに出ますよね。

石丸:
プールっていうと、みんな夏のプールを思い浮かべるけれど、……ものすごく冷たいですよね。

山本:
風が強いと、さらに体感温度が低いんじゃないですか?

大矢:
「気化熱」といいますけれど、アルコール消毒するときにスーッと冷えますよね? アルコールが蒸発するときに熱を奪うんですよ。それと同じことが起きて体を冷やします。

石丸:
この遭難事故で、生死をわけた「判断ポイント」はどこだったのでしょうか?

大矢:
26日の時点で何回かあります。

1つは、登っていく途中の午前11時ぐらいに雷雨になったんです。それが休憩しているときで、休憩中にだんだん雨があがってしまったんです。

石丸:
雨はやんだから行こうじゃないかと。

大矢:
そう思っちゃったんですよね。
校長先生は「もう降りようか」と、みんなに言ったんですよ。ところが、山に登りたい生徒たちが、それを聞かずに、どんどんどんどん登っていっちゃったんですよ。止めればよかったけれど、止められなかった。

石丸:
よくあることなんですが……通り雨みたいにさっと止んで、「晴れてきたじゃないか。さあ、行こう行こう!」と。
つまり、ここのポイントは、午前中の雷。

大矢:
危ない日であれば、間違いなく止めていたと思います。それが1つ目の重要なポイントです。

次のポイントは、りょう線まで出て、森林限界を超えた辺りの2000メートルぐらいのところで、また不安定な天気の兆候があって、真っ黒い雲が突然わいてきました。NOAAの解析データを見ると、午後から特に不安定な天気になったのが証明されています。真っ黒い雲というのは太陽の光が通らないので、間違いなく積乱雲なんです。午前中にも雷雨があって、午後にも積乱雲が出てきた。そこで判断して、森林限界をすぐ降りていれば大丈夫だった。

石丸:
それでも行っちゃった。小屋に着けば大丈夫だと。

大矢:
小屋をあてにしていたんです。それが、残された記録にも書かれています。

石丸:
でも、結局、小屋に着いたら、小屋の周りの石積みだけあって、上は空っぽ。これに気づいたとき、どうすればよかったんですかね?

大矢:
本当は、その時点で計画が変わっているから、下りないといけないです。頑張って下りれば間違いなく森林限界までは下りられたし、風が弱まります。森林限界のどこかで夜明かしすれば、吹きさらしの小屋で一夜を過ごすよりも、かなりマシな状態になっていて、多くの人が助かったと思います。

石丸:
今から110年前、僕らが持っている知識はないですよね。低体温症とか、午前中の雷がどうのこうのとか、山に対する知識がない。引き返すポイントがあったけれど、「何とかなるだろう」と思っちゃったんですね。

大矢:
あともう1つポイントがあって、山に詳しい引率の先生がいないにもかかわらず、ガイドさんを連れて行かなかったんですよ。おそらく、地元のガイドさんがいれば、今みたいな詳しいデータがなくても、「こういう状況になったら危ない」という観天望気の知識はあるので、間違いなく引き返していたと思います。

石丸:
その方たちの勘も働くでしょうからね。

ぬれたら着替える。「低体温症」の恐ろしさ

山本:
大正時代の遭難で、いろいろなポイントがわかりましたが、その後もトムラウシ山での事故があったりと、夏山でも低体温症で亡くなる場合があるんだとびっくりしました。それは令和の今でも山を登るときは、判断一つ一つを気をつけないといけない。今につながるものはありますか?

大矢:
同じような低体温症の事故が今でも起きています。トムラウシ山の遭難事故(2009年4月)は、まだ記憶に新しいと思います。「綿のシャツを着てはダメ」というのは結構多くの人が知っていますが、速乾性でも服をぬらしちゃダメなんですよ。綿のシャツよりはいいですが、やっぱりぬれた服を着ている限り、体から体温を奪うのは同じですので、服がぬれたら着替えるか、風を通さないようにしてほしいです。

石丸:
つまり、レインウェアをしっかりしろと。

大矢:
レインウェアも結構染み込むんですよ。だから難しい。

石丸:
本来ならばツェルトとか簡易テントみたいなのを張ったり……。

大矢:
そういうのを張ってしのいで、下りれば助かる。

石丸:
雨が止んでからね。

大矢:
それかその場で体力消耗する前にじっとしているか。

山本:
リスクをゼロにはできないんでしょうけれど、過去の例から、少しでもリスクを減らしていきたいですね。

大矢:
トムラウシでの遭難事故でも、遭難をする前の日が雨でぬれていたんですね。小屋の中でぬれたシャツを着替えたかどうか、これが次の日の生死をわけているんですよ。だから「服を着替える」、これも1つのポイントですね。

石丸:
僕も、やたら着替えを持って行っているんですけれど……(笑)。

大矢:
着替えの服もぬらしちゃダメです。

石丸:
きちっと縛ってね。袋に入れて。

大矢:
それぐらいやってほしいですね。


番組では、写真や番組へのメッセージの投稿をお待ちしております。また、最新の放送回は「らじる★らじる」の聴き逃しサービスでお聴きいただけます。ぜひ、ご利用ください。


【放送】
2023/07/08 「石丸謙二郎の山カフェ」

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