行方不明者を見つけるカギは「プロファイリング」~山岳遭難の現場より~

23/07/01まで

石丸謙二郎の山カフェ

放送日:2023/06/24

#登山#ネイチャー

午前8時台を聴く
23/07/01まで

午前8時台を聴く
23/07/01まで

午前9時台を聴く
23/07/01まで

午前9時台を聴く
23/07/01まで

登山を趣味とし、山を愛する石丸謙二郎さんが「山」をテーマに、さまざまな企画をお届けする<石丸謙二郎の山カフェ>。今回のテーマは「山岳遭難の現場より」。山岳遭難捜索チームLiSSの代表、中村富士美さんがご来店。行方不明者をどう探すのか? 実際に発見に至った事例を教えていただきました。

【出演者】
石丸:石丸謙二郎さん(俳優・ナレーター)
山本:山本志保アナウンサー
中村:中村富士美さん(国際山岳看護師・山岳遭難捜索チームLiSS代表)

捜索では看護師ならではの「プロファイリング」を活かす

山本:
中村さんがいらっしゃる、LiSSのメンバーは何人くらいで、どんな方たちで構成されているんですか?

中村:
現在、10人前後のメンバーが登録しています。私のような医療資格を持っている方や、山岳ガイドの資格を持っている方や、もともと山岳救助を経験された方や、あとはドローンチームがあって、外部の会社のドローンチームと契約をしています。

石丸:
ドローンで捜索するんですか?

中村:
ドローンで捜索することもありますが、標高2000メートル以下の樹林帯でドローンを使ったとしても、見えないんです。なので最近のドローンの使い方は「捜索隊員に持たせて、滝の上を見たいときとかに、垂直に上げて周りを見渡す」という使い方で、われわれ隊員が、あえて危険をおかして登ることはせずに、ドローンを使って見ていくという使い方をしています。

山本:
依頼が入ってチームを組むときは、そのときの各々の仕事の状況によって結成されるのですか?

中村:
そうですね。あとはメンバーがいろいろなところに住んでいますので、山域によって一番(その山域に)近いチームでメンバーを構成して、捜索にあたっています。

石丸:
捜索で大事にしていることは何ですか?

中村:
私は「プロファイリング」を大切にしています。

石丸:
よく映画で捜査のときに出てきますよね。

中村:
遭難者の人柄と言うんでしょうか? そういったものをとても大事にしているんですね。

山本:
それはどういうことなんでしょう?

中村:
遭難といっても、その人のくせや、その人がどういうふうに考えていつも行動するのか、そういったものをすごく私たちの捜索では大事にしているんですね。ただ、遭難者と私達は一度もお会いしたことがないですから、遭難者の方はどういった方なのか、どういったことを気にされる方なのか、どんな性格なのか、何が好きなのか、何が嫌いなのかをご家族からいつも聴取して、ご家族から聞いたお話をパズルのように組み合わせて、遭難者の人となりをわれわれの中で想像して作っていくんです。

山本:
それはどんなふうに捜索に役立っていくんでしょう?

中村:
例えばすごく慎重な人だったら、ちょっと道に迷ったとしても、もしかしたら戻るんじゃないかとか、道迷いとかではなくて、登山道のどこかから滑落をした事故なんじゃないかとか。
あとは、「うちのお父さん頑固なんですよ」とか言うと、「自分は道に迷うわけがない」みたいな感じで、結構突き進んでしまっている可能性があるなと。そうすると道迷いをして、どんどんどんどん突き進んで結構奥深くまで入っているのではないかと想像できるので、範囲を少し広げてみたりとか。

山本:
例えば趣味とかはどういうふうにかかわってくるんですか?

中村:
カメラが好きで風景を撮りたいという方だと、登山道を外れて写真の写りがいいようなところっていっぱいありますよね。そういったところから滑落してしまったんじゃないか、そういうのも捜索対象になりますよね。

山本:
眺めがよさそうなところについ入り込んじゃったのではないか、とか。

中村:
そうですね。例えば、「富士山を撮るのが好き」とか、「ある特定の花を撮りにこの山に行った」という話を聞くと、そのお花がある場所を探しに行くことも。

山本:
てっきり地図を見ながら、「きっとここで分岐点を間違えたんじゃないか?」とか「険しい崖があるからここから落ちてしまったのではないか?」とか、地図を見るプロがひもとくのかなと勝手に想像していました。

中村:
地図上で危ないところと、ご本人のプロファイリングをした内容、両面から捜索をするのですが、やはり捜索に行く前の段階で情報収集にかなりの時間を要するんです。

山本:
プロファイリングのときに気をつけることはありますか?

中村:
ファーストコンタクトのときにご家族から一番重要な情報を得ることってなかなか難しいんですね。最初は概要の話をうかがったりしかできないんですけど、少しずつ時間をかけてお話を聞いてる中で、人となりを組み立てていくんです。私が今一番大事にしていることは、家族がお話しされたことに私の先入観を入れて隊員に話をしないようにしてるんです。

石丸:
例えば?

中村:
家族の方が「うちのお父さんおっちょこちょいなので、道に迷っちゃったんだと思うんです」とおっしゃったとしますと、それを「この方はおっちょこちょいなので道に迷った」って私が言ってしまうと、道に迷った体でしか捜索隊みんなの目線が行かなくなってしまうので、もしかしたら滑落してるかもしれない、そういった可能性をどんどん潰してしまうんですね。なので得た情報は、そのまま言葉を変えることなく、隊員の中で共有していく。

山本:
(家族が)選んだ言葉とか、その人のニュアンスとか、口調を大事にしていらっしゃる。

中村:
まさにそうですね。

山本:
どうしてそのプロファイリングの方法を?

中村:
実は看護師の方ならたぶん、「あの方法を取ったのね」とわかるものなんです(笑)。
私たち看護師は、学生のころに一人の患者さんを受け持ったときに、その患者さんがどんな家族構成とか、どんなお仕事をもともとやっていて、どんな病気を持っていて……ということを聞いて、「この患者さんは何が問題なんだろう?」、「この患者さん、社会復帰したらどんなことを必要とするんだろう?」、「社会復帰するためには、どんなサポートをしたらうまく社会復帰できるんだろう?」とかを書いて、そこから問題点を抽出する作業をふだんからするんです。

山本:
マスター、思い出しました。先週、父の入院の手続きをしたんですけれども、家族構成を書いて、本人の趣味を書いたり、一番大事にしてることや好みまで聞かれて「えっ?!」って思ったんですよ。そういうことですか?!

中村:
はい、まさに。そこを看護に生かしていきます。入院する前の生活に近いようにしてあげるとか、社会にすぐ帰してあげられるようなサポートをするのも看護の役割の一つでありますから。

山本:
そういう聞き取りが、遭難者の方をよりよく知るための調査でもあるわけですね。

石丸:
看護師ならではのプロファイリング方法なんですね。
あと、中村さんが書いている本の中で、「素人目線で山の遭難を見ている」と。

中村:
そうですね。ふだん一人で山を登るときも「ここ迷いそうだな」とか、そんな目線で歩いています。

石丸:
もともと山に登ってなかったからね。

中村:
たぶんそうだと思います。自分自身もまだ素人だと思っていますので、山に慣れていない人の目を、私はずっと持ち続けていたいなと思っています。

石丸:
それで発見できることもあるわけですね。

中村:
「ここで迷ったんじゃないかな?」というところに入っていって、その先で発見に至ったことも過去にはありますので。

事例から見るプロファイリング術

山本:
これまでの事例から具体的に教えていただくことにいたしましょう。

2017年の7月に奥秩父で起こった遭難事故です。行方不明になったのは、60代の女性です。単独で1泊2日の登山に出かけました。しかし、帰宅予定の翌日の夕方になっても戻りませんでした。ご家族が警察に知らせます。3日間、公的機関による捜索が続いたんですが発見に至らず、中村さんに連絡が入りました。

このあと、どんなふうに進めていったのでしょう?

中村:
行方不明になった山のふもとの民宿で、家族の方が待機されていたんですね。そのご家族の方たちにまずお会いして、いろいろなお話をうかがいました。そのあとに遭難された方が山小屋に宿泊されていたことがわかりました。ただ、有人小屋ではなく、無人の山小屋に宿泊をされた形跡があって、その中に登山計画書が入っていたんです。その登山計画書をもとに、まずは計画されたルートをわれわれで検証した結果、滑落しそうな場所を捜索をしましたが、なかなか見つからなかった。

ただ、この遭難に関しては、いわゆる一般登山道ではないルートを選択されていたんです。いつもはグループやガイドツアーで行く方だったのですが、今回は単独で行かれている。なぜ一般登山道ではないところを選んだのかわからなかったものですから、例えばガイドブックなり資料を見たうえで、このルートを選んだんじゃないかと思ったんですね。ただ、ご家族にうかがっても、「よくわからない」ということで、いつも一緒に登っている方にコンタクトを取って、「この方がなぜここのルートを登られたと思いますか?」とお尋ねしたところ、同じグループの方が、「私たちが前回登ったルートの資料を彼女に渡しました」という情報が得られました。その資料を見せていただいたところ、地図があるわけではなく、写真だけが載っている資料だったんです。それを見たとき山頂の写真が目につきまして、写真に載ってるときの風景と、今の時期の風景がまったく違うことに気がついたんです。

石丸:
写真はいつごろのもの?

中村:
写真は春で、遭難をしたのが7月です。

山本:
季節が違うんですね。

中村:
7月になると草木が生い茂ってきますが、春の写真は草木が生える前ですから、殺風景な山頂の雰囲気だったんですけど、当時7月はひざぐらいまでの高さの草木が生い茂っていて、1か所だけ踏み跡があるような少しぽっと空いた道があったんですね。実はここは釣りをする方がよく使う道なんです。

山本:
登山道というわけではないんですね。

中村:
ここがとても気になったのと、当時、この方が登山された日は雨がすごく降っていたんですね。おそらくかっぱを着ているだろうと。これもプロファイリングの一つなんですけれど、かっぱを着ていたときに、どう見えるだろうと思ったので、私もかっぱを着て検証したんですね。そうすると、正規の登山道は山頂に着いたら約90度右に曲がらなければ正規のルートには行けないのですが、かっぱを着た状態だと視界がさえぎられているので、左斜め前に釣りの方が行く道が見えることがわかったんです。

山本:
それがミスリードにつながった。

中村:
はい。そのように感じました。

石丸:
それでどうなりました?

中村:
恐らく道に迷ったところがここだろう、ということで、そこの捜索に切り替えて、その先でご本人のご遺体を発見しました。

山本:
そのときも家族への聞き込みで、ご本人の性格や思考とかをうかがうのですか?

中村:
ご家族にうかがったときに「どういう方ですか?」って聞くと、「少しイケイケなところがあるので」という話だったので、道に迷ったとしても引き返すことはなかったのかもしれない。あとは「地図やコンパスは持ってましたか?」というお尋ねに対しても、「携行していない」ということだったので、道に迷っている可能性が高いなと思いました。

山本:
それで釣りの方が使うルートに行ってしまって、沢で発見された……。登山計画からは大きく外れていましたか?

中村:
だいぶ大きく外れたところでした。

山本:
今の事例からわかることは、季節が違うことで景色も違ってくる、ルートもわかりにくくなる、大雨であった、十分な装備ではなかった、イケイケな気持ちもあった。そして、たまたま沢に行く道筋でミスリードされてしまったと。そういうのを細かく細かく積み重ねていくんですね。

中村:
そうですね。

石丸:
捜索中、ご家族はいかがでしたか?

中村:
ご家族の方たちもできるときは、自分たちで山に入って捜索活動をしていました。

石丸:
ある意味危ないんじゃないですか?

中村:
「危ないのでやめてほしい」とお伝えはしたんですけど、お気持ちもわかりますので……。なので大きく道を外さないというお約束をして、ご家族にも歩いていただきました。

山本:
「家族のサポートを大事にしたい」というお気持ちがあるとおっしゃってましたけど、どんなふうに捜索に関わってもらうのですか?

中村:
ご家族によって変えてはいるんですけど、例えば山を歩けない方であれば、「家にある遭難者のものを探してください、たくさん情報をください。それをもとに私たちが山に入りますから」ということで、登山道具を一つ一つ写真に撮っていただいたり、今までに登ってきたお写真をまとめて見せていただくとか、そういったことで協力してもらうようにしています。

石丸:
遭難されて10日や20日ぐらいたつと、ご家族も「おそらくもうだめだろう」と、うすうすはわかっているわけじゃないですか? そこに寄り添うというのは?

中村:
何かをするというわけではなくて、ご家族がお話ししている内容を一緒に聞いてあげるのは、一番やっていることではありますね。いろんな不安だったり、悲しみだったり、ご家族が表出できる相手がいるだけでも、おそらくご家族の中で少し気が晴れるものになるのかもしれないなと。

山本:
ご遺体で見つかったのは最悪の結果とも言えるんですけど、その事実を家族の方に伝えるとき、中村さんはどんなことに気をつけているのですか?

中村:
ご家族が聞きたい内容と聞きたくない内容があると思いますので、そこは最初にどこまでをお伝えするかを聞いています。
一応見つかったことをお伝えして、「どんな状態でしたか?」という質問に対しては、「どこまでをお伝えしましょうか?」ということをうかがって、聞きたくないってことであれば、それ以上お話ししませんし、聞きたい方も中にはいらっしゃいますので、そのときには少しオブラートに包んでお話しします。

山本:
印象に残ったエピソードはありますか?

中村:
遭難してから2週間後に見つかったことをお伝えしたときに、「見つからなければよかった」ってお言葉をいただいたことがあって。「どこかで生存していたんじゃないか」って思われていました。

山本:
生きててくれているんじゃないかと。

中村:
山をどこかで下りて、どこかで生きてるんじゃないか、そういった期待もあったと。
だけど実際、山の中で亡くなっているという現実を見たときに、見つけてほしかったけど、見つからないほうがまだ生きてるんじゃないかって期待のままいられたんじゃないかと。

複雑な気持ちが混在しているんじゃないかなと思うんです。ご家族としてはあいまいだった状態が一つ終わる安心感と、その先に本当にご遺体が自分の家族なのかという不安もまた出てきたりします。あとは「見つからない見つからない」って何度も何度も言われてきた言葉なのに、今度は「見つかりました」という言葉があって、何て言うんでしょう……

石丸:
ショックな言葉ですよね。
あいまいでもいいからそっちのほうがまだ……うまく言えないけど、何とかその状態を保ってほしいって思うこともありますよね。


番組では、写真や番組へのメッセージの投稿をお待ちしております。また、最新の放送回は「らじる★らじる」の聴き逃しサービスでお聴きいただけます。ぜひ、ご利用ください。


【放送】
2023/06/24 「石丸謙二郎の山カフェ」

午前8時台を聴く
23/07/01まで

午前8時台を聴く
23/07/01まで

午前9時台を聴く
23/07/01まで

午前9時台を聴く
23/07/01まで

この記事をシェアする

※別ウィンドウで開きます