『神々の山嶺(いただき)』の作者 夢枕獏さんがご来店

23/06/03まで

石丸謙二郎の山カフェ

放送日:2023/05/27

#登山#ネイチャー#読書

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登山を趣味とし、山を愛する石丸謙二郎さんが「山」をテーマに、さまざまな企画をお届けする<石丸謙二郎の山カフェ>。今回は全世界で100万部を超えるベストセラー『神々の山嶺(いただき)』の作者、夢枕獏さんがご来店。登場人物のモデルとなった登山家についてや、構想にどんな思いを込めたのかうかがいました。

【出演者】
石丸:石丸謙二郎(俳優・ナレーター)
山本:山本志保(NHKアナウンサー)
夢枕:夢枕獏さん(作家)

登場人物のモデルとなった、森田勝・長谷川恒夫

石丸:
「石丸謙二郎の山カフェ」。お客様に『神々の山嶺』の作者、夢枕獏さんをお迎えしています。お便りがいっぱい届いてるんですよ。

東京都・男性
『神々の山嶺』は、数ある山岳小説で最も好きな作品です。身を切るようないてつく氷の絶壁の描写、登山家ジョージ・マロリーの謎、息もつかせぬ展開にまるで自分が小説の中の世界に実際にいるような感覚を味わいました。私は山林の経営や木材を取り扱う会社に勤務しておりますが、社内報でおすすめの山岳小説の紹介募集がありましたので、この小説を少しでも多くの社員に知らしめたく応募したところ、採用され紹介されました。今回、コピーを同封いたします。これからもすばらしい作品を執筆していただきたくお願い申し上げます。

山本:
ということで、その紹介文をちょっとご紹介します。
「山にかける男を描いた山岳小説の金字塔。エベレスト登頂に挑む男たちの物語です。漫画化・映画化もされていますが、小説で触れていただきたい一作。極寒の山の描写は読んでいるこちらが凍傷になりそうです」。

石丸:
『神々の山嶺』の登場人物にはモデルとなった人がいるそうで?

夢枕:
モデルは森田勝という登山家の方がおられまして、その人を羽生丈二のモデルにしました。(森田勝を描いた)佐瀬稔さんの『狼は帰らず』という本を読んで、「これはスゲーな」と思っていたので、森田勝という名前が真っ先に浮かびました。

山本:
森田勝さんは1937年東京都の生まれで、1967年の谷川岳一ノ倉沢、滝沢第三スラブ冬期初登はんで注目された方なんですね。

夢枕:
森田勝の魅力は、どうしようもないわがままな男なんですよ。それでいて純粋なんですよ(笑)。実際に森田勝のエピソードを僕の小説の中で使っているんですけど、エベレストをチームで登るんです。隊長は森田を登らせてやりたいと思って、第2アタック隊に森田勝を入れるんです。第1アタック隊は、ラッセル作業をやるためのものなので、登れるのなら登ってもいいけど登れるわけはないんです。だからセカンド(第2アタック隊)に可能性があるんだけど、森田勝は「セカンドが嫌だ」と。「俺が一番荷揚げも頑張ったし、俺が一番重い荷物を持った。なんで俺が最初のアタックに入ってないんですか?」と下りてきちゃうんです。ひどいでしょう?(笑)。

石丸:
登頂に成功する確率は第2アタック隊にあるにもかかわらず、それがわからなかった。

夢枕:
みんなわかってるんですよ。でも隊長は言うわけにいかないんですよ。第1アタック隊は無理だからって言えないですけど、森田勝だけがわかってない。本当はわかってたと思うんですけど。

山本:
それはどうしてですかね?

夢枕:
一番じゃなきゃ意味がないって思っているんですね。「2番目はゴミだ」ってたぶん思ってたと思う。

石丸:
そして、もう1人モデルになった人が……?

山本:
羽生丈二のライバルの長谷常雄。

夢枕:
長谷常雄は長谷川恒夫さんをモデルにしています。実際に森田勝・長谷川恒夫はライバルだったんです。

山本:
長谷川恒夫さんは1947年生まれで、森田勝さんより10歳若い方です。1977年~1979年にかけて、マッターホルン、アイガー、グランドジョラスのアルプス三大北壁冬期単独登はんに世界で初めて成功。これは森田さんも狙っていたことなんですが、長谷川恒夫さんは1991年にパキスタンのウルタルII峰で遭難死され、43歳で亡くなられました。

石丸:
この2人を選んだのはなぜですか?

夢枕:
有名でみんながわかるって思ったんですよ。
登山家の小説を書くときに結構難しい壁があって、架空の人間を主人公にしたときに、この人間がどれだけすごいかを書くのに、例えば谷川岳を早く登ったとか、滝沢第三スラブを森田よりもっと前に登ったとかを書くわけにいかないんですよ。森田勝さんが実際に作った記録なので、それを破るのはうそじゃないですか? それを書くわけにいかないんですよ。かといって、森田勝さんそのものを主人公にしちゃうと、新田次郎さんがずっとお書きになっていたように、実際の登山家を主人公にした話になってしまうので、そうすると僕がやりたかった話の主人公にはならないので、架空の羽生丈二を設定しました。でも森田勝だと山を知ってる人が見ればわかるように、小説の中では「鬼スラ」って書いてあるんですけど、「これは滝沢第三スラブだな」とわかる構造にしました。そうしないと成立しなかったんですよね。『神々の山嶺』が。

石丸:
そうか、架空の人物が実際の人間を超えちゃいけない。

夢枕:
超えちゃいけないし、架空の山だったら、どれぐらいすごいのかわからないじゃないですか? なのでリアルにやろうとしたら、ある程度モデルを作ってやらないと。だから本当に隙間を縫うような書き方をしたんですよ。

石丸:
「もし彼らがやったとしたらどうなるだろうか?」とかね。あくまで夢枕さんはフィクションを書きたい。

夢枕:
フィクションにしないと勢いが出ないんですよね。だから実際の人物をモデルにして、例えば平賀源内とか空海とか、いろんな方をモデルにして書いてきていますが、それを結局どこかでファンタジーにしておかないと勢いがつかないので。

石丸:
とんでもないことができないわけですね。

夢枕:
そうなんですよ。

石丸:
つまり、大谷翔平が180キロを今投げさせるとうそになっちゃうけども、大〇〇選手が180とか190投げるのを書こうと思えば書ける。

夢枕:
それだったら書けるんですよね。例えば人間の関節の可動域がどのくらいあって、1個の可動が時速何キロ出て、それをすべて総合すれば190までは出るっていうデータを誰かに言ってもらってからですね(笑)。そのあとにどんな訓練をすればいいかを考えるのが、小説を書くときの一番楽しいときですね。どうやって世間をだまそうかと。

石丸:
真実っぽく見せる。
だから僕も『神々の山嶺』でだまされました。もう半分本当の話と思い込みながら読んでましたからね。

夢枕:
ありがたいことですね(笑)。

地球に残された一番難しい登山

山本:
冬季無酸素単独登はんが物語の目標に重要な要素になってきますが、山を目指す人にとってそこを目標にしたのはなぜですか?

夢枕:
山にくわしい人間に「一番難しいのは何だ?」って聞いたら、「エベレストの南西壁を冬季に無酸素で単独で行くのは、地球に残された一番難しい登山だろう」と言われて、そこにしようって決めました。今は登山の装備もよくなっていますが、いまだに誰もやってないですよね。もう最後に残された夢じゃないですかね。夏場とか一番いい時期は、お金を出せばちゃんとガイドがついて、頂上直下で順番待ちをしてるような状況ですが、今でもそういう壁が残ってる。

山本:
主人公の一人、羽生丈二さんが目標に挑んで成功したかしなかったかは、あえてここでは言いませんが、あの結末は最初から設計されているんですか? それとも書きながら考えるのですか?

夢枕:
ギリギリまで決められないですね。それは最後に書いて決まることだろうと思って、あのラストにしました。だから書くときってあまり決めてないですね。大まかなところだけ決めて、あとは自分が取材したものを信じて。

石丸:
登山家の事故があったりするじゃないですか? ああいうときってどう思います?

夢枕:
今でも遭難はあって、ニュースになるたびにいろんなコメンテーターの方が、「山を甘く見た」って言うんですよ。あるいはそれに近い意味のことを言いますが、僕の知ってる登山家って甘く見てる人はいなかったですよ。みんな山のことについては、僕なんかよりずっと知ってて、雪ぴがどれだけ危険かわかっているんだけど、つい雪ぴを踏み抜いて落っこちちゃうんですよ。それはもう、不可抗力としか言いようがない。雪ぴが危険だなんて承知している人ばかりですよ。事故を起こすのはもうしょうがない、何かの加減でうっかり滑るとか、アイゼンの爪で蹴り込みながら行くけど、1か所だけものすごく硬いところがあって、カーンってはじかれたときに滑っちゃう。何万回もその作業を繰り返していくときに、一回しくじりますよ。もう、人間だからとしか言いようがないんですよ。

そういうことで死んだ人に「甘かった」って、かわいそうだと思うんですよね。確かに甘く見ちゃったところもあるかもしれないけど、もうしょうがないそれは。われわれ日常生活でも間違いますよね。まして高山で空気が薄くなれば、脳の活動も鈍ってくるし、そういう中でやってることなんで、どうしようもない。

山本:
ヒューマンエラーというよりは、もはや神の判断の領域というか。

夢枕:
それで『神々の山嶺』というタイトルにしたんです。
ヒマラヤの神々がその登山家を愛したかどうか。神々が「しょうがない、登らせてやろう」って言われるやつが行けば、人類が不可能だと思えるところも登れるんじゃないかなと思って。

山本:
今後、山を舞台にした物語を書くとしたらどんな構想がありますか?

夢枕:
もう全部『神々の山嶺』を書くときに出しちゃったので、長編はもうないと思うんですけど、少しファンタジーに寄った山の話は書けるかなと思って。
架空の山で須弥山(しゅみせん)という山があるんですよ。仏教の想像上の山で、仏教上の宇宙の中心にそびえてる山なんですね。俱舎論(くしゃろん)というお経なんかに寸法などが全部書いてあるんですけど、高さが90万キロか70万キロぐらいあるんですよ。仏教の宇宙観なので、とてつもない数字なんですよ。その山に登る話を書きたいですね。実はもう若いころに書き出しているんですよ(笑)。

山本:
そうなんですか!

夢枕:
『神々の山嶺』を書いちゃったので、今眠ってますけどね。

山本:
読みたいです。ぜひ続きをお願いします。

石丸:
夢枕獏さん、すてきなお話ありがとうございました。次にお会いするときは、一番高い山が見えるどこかでお会いしたいですね。

夢枕:
そうですね。エベレストがよく見えるところを見つけて(笑)。

山本:
きょうは『神々の山嶺』の作者、作家の夢枕獏さんにお越しいただきました。ありがとうございました。


番組では、写真や番組へのメッセージ投稿お待ちしております。また、最新の放送回は「らじる★らじる」の聴き逃しサービスでお楽しみいただけます。ぜひ、ご利用ください。


【放送】
2023/05/27 「石丸謙二郎の山カフェ」

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