清少納言の「絶望名言」後編

絶望名言

放送日:2024/04/29

#絶望名言#文学#歴史#大河ドラマ

なぜ、権力闘争で負けた側である定子を描いた『枕草子』が今日まで読み継がれているのか。清少納言が書いた、明るい言葉の裏に隠された絶望を今回は川野一宇さんが読み解き、頭木弘樹さんが聞き手を務めます。(今回は紹介者でもある、聞き手・川野一宇)

【出演者】
頭木:頭木弘樹さん(文学紹介者)

「にくきもの」「うつくしきもの」「すさまじきもの」

眠(ねぶ)たしと思ひて臥(ふ)したるに、蚊の細声(ほそごゑ)にわびしげに名のりて、顔のほどに飛びありく。羽風(はかぜ)さへその身のほどにあるこそ、いとにくけれ。

清少納言(『枕草子のたくらみ 「春はあけぼの」に秘められた思い』山本淳子 朝日選書より)

――これはどなたも思い当たることがあるんじゃないでしょうか。せっかく眠くて横になったのに、蚊がやってきて、ブーンと羽音をさせて顔のあたりを飛び回る。小さな体のくせに、ちゃんと羽風まで感じられるのがひどく憎らしい、という内容です。

頭木:
これはありますよね。電気をつけるといないのに、消して寝ると、またブーンと来るんですよね。

――ありますよね、そういう体験(笑)。
「蚊の細声にわびしげに名のりて」というのは、“蚊”という漢字は“ぶん”とも読みますから、それとブーンという羽音とがかけてあるわけです。

頭木:
ああ、なるほど、そうなんですね。

――「にくきもの」として、蚊の話だけでなく、にくきものがたくさん羅列してあります。長話をする客とか、硯(すずり)に髪の毛が入ったときとか、お酒を飲んでわめいている人とか、カラスとか、ほえる犬とか、開けた戸を閉めない人とか。それと蚊が並べてあるわけですね。
なんか、思い当たるところがたくさんありますね(笑)。

頭木:
全然違うものを並べてあるのがおもしろいですよね。

――そうですね。
開けた戸をまた閉めない……「そこ閉めてー」。

頭木:
(笑)。

――犬がほえてうるさい……きのうの夕方も、近所の犬が餌を欲しさに鳴いているのが耳につきましてね、そんな体験をしたばかりです。
こういった内容は「類聚(るいじゅう)的章段」というふうに呼ばれるんですよね?

頭木:
ああ、そうですね。こういう、並べてあるものが。

――これが『枕草子』のおもしろさのひとつですね。「にくきもの」以外にも、「うつくしきもの」とか「すさまじきもの」とか、いろんなものがあって楽しいですよね。

頭木:
こういうのは“日常あるある”みたいなことで定子とは関係ありませんが、『枕草子』は日常エッセイとしても楽しいですね。

――そうですね。
定子というのは、権力闘争で負けた側なわけですよね。ですから、定子の話ばかり書くというのはやはり危険だったのかもしれません。道長の天下になっていますからね。政治とは全く関係のない、こうした日常の細やかなことをユーモアたっぷりに書いて読み手を笑わせたり、そうだそうだと共感させたりするのも『枕草子』を危険な本と思われないようにするための、ひとつの手なのかもという気さえします。

頭木:
寝ようとすると蚊が飛んできて憎らしい、という話にも実はそういう背景があるわけですね。まあ、清少納言自身も楽しんで書いていたのかもしれませんけれどね。

――こういうところはエッセイの、随筆の名手なのは間違いないと思います。

道長や貴族たちを決して責めたてていない

三条の宮におはしますころ、五日の菖蒲(さうぶ)の輿(こし)など持てまゐり、薬玉(くすだま)まゐらせなどす。若き人々、御匣殿(みくげしどの)など、薬玉して姫宮、若宮につけたてまつらせたまふ。

清少納言(『新版 枕草子』(下)石田穣二訳注 角川ソフィア文庫より)

――これは『枕草子』で描かれる、定子の最後の姿です。5月5日の節句です。定子はこの年の12月16日に24歳の若さで崩御します。
24歳というと、明治時代、樋口一葉も24歳の若さで亡くなっていますね。

頭木:
ああ、そうですね。

――でも、『枕草子』は、あからさまに定子の死は描きません。ここで「菖蒲」や「薬玉」が出てきますが、これは后(きさき)だからこそ贈られるものだそうです。最後まで后らしく輝いていたということだけを清少納言は書いているわけですね。定子の死を直接は書かない、ということなんです。

頭木:
そんなに早く、定子は亡くなるんですね……。
そこに至るまで、出家したあとの定子はどうなったんでしょうか?

――一条天皇との間に皇女が生まれます。そして、一条天皇は周囲の反対を押し切って、定子を再び宮中に迎え入れるんですねえ。
一条天皇との間に、さらに皇子も生まれます。このままではその皇子が次の天皇ということになりますから、もちろん道長が黙っているはずはありません。道長は、自分の娘の彰子を一条天皇の后にします。ひとりの天皇にふたりの后という、異例の事態となります。
その年の暮れに、定子は二人目の皇女を出産した直後、崩御します。

頭木:
ああ、定子はずっと大変だったわけですね。
道長の娘の彰子もその後、皇子を生んで、その皇子がのちの後一条天皇になるわけですね。

――清少納言は、どんどん没落していき、つらい目にあい、若くして亡くなってしまう定子のそばにずーっといたわけなんです。それでいて、キラキラした定子の姿だけを明るく描いたんです。

頭木:
すごいですね。書いたものだけ読んでいると、実際にはそういう状況だったとはまったく思いもよりませんでした。でも不思議なのは、権力を握った道長にとって定子というのは、いわば敵対する側なわけですよね。その定子を賛美する『枕草子』がどうして許されたのでしょうね。いくら、蚊が飛んでくるとか日常のことも書いてあるとはいえ、定子のすてきな姿が描いてあったら、普通に考えると握りつぶされそうですよね。

――そうですねえ、そのあたりはなかなか難しいですけれども。
定子が亡くなったことで、道長は怨霊におびえるようになったそうです。定子を見捨てた貴族たちも、定子が亡くなってみると罪悪感にとらわれた、ということなんですね。で、定子に対して、かわいそうだったな、すてきな人だったな、という気持ちになっていった……かもしれません。
この『枕草子』は、道長や貴族たちを責めたてることは絶対にしていません。ただ、定子のサロンの様子を生き生きと描いているだけです。

頭木:
権力闘争で負けた側のキラキラした姿が描いてあるのに、それでもちゃんと残っていったという点でも『枕草子』はおもしろいですね。

――書く側にいろいろ工夫があったんでしょうね。そのせいもあって、現在まで残るということになりました。

沈んでいく日こそが一番美しく、感動的

ただ過ぎに過ぐるもの。
帆(ほ)かけたる舟。
人の齢(よはい)。
春、夏、秋、冬。

清少納言(『枕草子のたくらみ 「春はあけぼの」に秘められた思い』山本淳子 朝日選書より)

――『枕草子』は基本的には明るいことばかり書いてあって、暗いことは書いてないんですが、中にはこういう文章もあるんですね。
どんどん過ぎていくものは、帆をかけた船であり、人の年齢であり、春、夏、秋、冬という四季の移り変わりである、という意味ですね。

頭木:
ここにはやはり、天下をとっていた定子の一家がみるみる没落していったという、無常観のようなものが込められているんでしょうね。

――私、ずっと読んできましてね、この絶望名言に至ったときにハッと思いましたよ。「ただ過ぎに過ぐるもの。帆かけたる舟」、まあ、これはわかりますけれど、「人の齢」って書いてあるでしょ。だんだん自分も年をとってきて、相当な年齢になっているわけじゃないですか。「春、夏、秋、冬」、ああ、季節は間もなく過ぎようと、ということを感じまして、清少納言が書いた言葉がより一層身にしみますね。

頭木:
これは、いろいろな人がそれぞれの思いで読めるところですね。
いろいろなものがどんどん移り変わっていって、清少納言はそれをずっと見ていたわけですけれども、定子が亡くなったあと、清少納言はどうしたんでしょうか?

――はっきりしないんですよね。宮仕えを辞めた、その後の人生は詳しくはわかっていないようです。

頭木:
本当に定子一筋だったんでしょうね。

――清少納言が去ってから5年後くらいに彰子のサロンにやってきたのが、あの紫式部です。

頭木:
そうすると、紫式部と清少納言は会っていないんでしょうか?

――というふうに私も教わったような気がします。
会っていないという説が有力ですが、清少納言が再出仕して、紫式部と面識があった、という説もあるんだそうです。

頭木:
ああ、そうなんですね。いずれにしても、清少納言と紫式部が同時代にいたってことはすごいですね。
時々こういうことがあるんですよね。同時代に、似ているけれど正反対なすごい人がふたりいる。トルストイとドストエフスキーとか、日本だと安部公房と大江健三郎とか、サッカーだとメッシとロナウドとか。

――サッカー好きの頭木さんにぴったりの例えですね。メッシとロナウドですか。本当にそういうふうに、時代時代でとてつもない人が並び立つことがあるようですね。

頭木:
ええ。それは非常にいいことですよね、読者やファンにとって。

――で、その紫式部は、清少納言のことをかなり辛辣(しんらつ)に書いているらしいですね。

頭木:
そうなんですよね。『紫式部日記』の中で「得意がって、利口ぶっている」とか書いているわけですね。清少納言のことを。
そう言いたくなるのはどうしてかというと、紫式部が仕えた彰子はとてもいい人だったようですが、おとなしい、真面目な人だったんですね。ですから定子のサロンのような華やかさはなく、比べると、どうしても彰子のサロンは地味だったわけです。だから貴族たちも、定子のサロンは華やかだったなあと懐かしむわけですね。でも、もう失われたものにはかないっこないじゃないですか。ですから紫式部がイライラしてしまうのもしかたないですね。

――『枕草子』がそれだけ影響力が強かったということでしょうね。

頭木:
そうですね。紫式部は『紫式部日記』の中で、清少納言について「ぞっとするようなひどいときにも、風流なおもしろさを見逃さない」というような批判をしているんですが、これは『枕草子』の背景を知ってみると、欠点というよりはむしろ清少納言のすごさですね。

――そうですよね。紫式部がそう書いたっていうのは、かえって褒めているみたいですよね。「ぞっとするようなひどいときにも、風流なおもしろさを見逃さない」っていうのは大変な才能があって褒めているんじゃないか、という気さえしますよ。

頭木:
そうですね。

――まあ『源氏物語』を書いている紫式部は、日本にとって清少納言と並び立つというか、こちらも大変な才女ですけれどもね。
じゃあ、清少納言は紫式部にそんなふうに書かれていたのを知っていたんですかね。どう思ったんでしょうね。

頭木:
反論はしていないようですね。残っていないだけかもしれませんが。でも、読んではいたんじゃないでしょうか。読んでいたにしても、自分はまさにそういうものを書こうとしたのだと思ったのかもしれませんね。

――では、番組もそろそろ終わりです。最後にご紹介する清少納言の絶望名言をご説明いただけますか。

頭木:
『源氏物語』は「あはれ」の文学で、『枕草子』は「をかし」の文学とよく言われます。実際、『枕草子』には「をかし」がよく出てきて、それに比べて「あはれ」は少ないんですね。でも、「あはれ」も全然出てこないわけではなくて、後半に、日は落ちていくときがとても「あはれ」でいい、という文章が出てきます。それを最後にご紹介したいと思います。
これにはきっと定子のことが重ね合わせてあるんじゃないかなと思います。没落はしていったけれども、沈んでいく日こそが一番美しく、感動的なのだ、とそういう思いが込められているんではないでしょうか。

――そのようですね。これは、冒頭の「春はあけぼの」と対になるような文章と言えますね。
頭木さん、今回もありがとうございました。

頭木:
ありがとうございました。

日は、入日(いりひ)。入り果てぬる山の端(は)に、光なほとまりて、赤(あか)う見ゆるに、薄黄(うすき)ばみたる雲の、たなびきわたりたる、いとあはれなり。

清少納言(『新版 枕草子』(下)石田穣二訳注 角川ソフィア文庫より)

光る君へ

日曜日 [総合] 午後8時00分/[BS・BSP4K] 午後6時00分

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【放送】
2024/04/29 「ラジオ深夜便」


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