見通しの立たない不安の募る日々を送っていると、知らない間にストレスがたまっていきがち。過度な心理的負担による自律神経の乱れを防ぐには、瞑想(めいそう)が一番です! 精神科医・心療内科医で林香寺住職の川野泰周(かわの たいしゅう)さんの音声に合わせて、心を静かに落ち着ける呼吸法を始めてみませんか。


体が壊れる前にストレスを軽減するには

川野さん: 外出自粛で多くの方は運動不足になっていらして、さらに暑さに体が慣れていないので、もっと負担を感じやすくなっているといわれています。そして、運動量の低下は体の働きをつかさどる自律神経の乱れを引き起こすとされているんですね。
自律神経の乱れは、体だけでなく心にも不調を招きます。きょうは、無理なく心や体の健康を取り戻すための呼吸法について聞いていただきたいと思います。

学校や会社、あるいは自治会など地域の活動においても、これまで普通に行えていたことができなくなっている今の社会環境で、ストレスがたまるなと思う方はたくさんいらっしゃるのではないでしょうか。
漠然とストレスがたまると思うだけで、実際どれくらい心に蓄積されているかというのを自覚するのは難しいものです。それが頭痛や胃もたれ、腹痛となって、体に現れてきて病院に行くものの、どこにも異常が見当たらなくて、「ストレスですね」と先生に言われて初めて、自律神経の乱れによる不調だったんだと気付くわけです。

こうした自律神経の乱れを抱える現代人は非常に多くなっています。さらに、新型コロナウイルスによる社会の混乱によって、近い将来の状況をまったく予測できないような不安に日々さらされながら私たちは暮らさねばなりません。
こうした不安というものは、すべてがストレスにつながるといっても過言ではないんです。
ストレスが心身のバランスを壊すくらい積もり積もってしまう前に気付いてあげることができれば、私たちはもっと早く自分自身の心と体をいたわって、ケアしてあげることができるのではないでしょうか。

そこで鍵となるのが呼吸です。
そもそも自律神経は、呼吸や体温調節という私たちの体にとって必要な機能を自動で休みなく行っています。ですから、ひとたび自律神経の働きが低下すれば、体のさまざまなところに影響が出てしまう。動悸(どうき)、あるいは脈拍が早くなりすぎてしまう頻脈といった循環器系、下痢や便秘といった消化器系の不調なども、自律神経の乱れが原因とされることがあるんです。
今回私たちがやろうとしているのは、呼吸という1つの生体機能を意識的に整えてあげることで、体全体をコントロールしている自律神経の働きを整えようという試みなんです。

――つながっているから、呼吸を整えることが自律神経に働きかけられるということなんですね。

川野さん: とはいっても、難しいことではないんですよ。
例えば、ストレスに気付いて心をリセットする、恐らく最も簡単な方法にこんなものがあります。「焦っているな」とか「イライラするな」とか「極度に緊張しているな」といったネガティブな感情を抱いているときに、ご自身の呼吸を観察していただくんです。
どうでしょうか。こんなとき、呼吸が止まっていることがほとんどなのではないでしょうか。まず、それに気付くことです。
そしてそれから、少し大きめに1度深呼吸をして、心を整えること。これだけでもずいぶんと感情を穏やかに調整することができます。

呼吸と体の関係

川野さん: 次に、呼吸を意図的にコントロールすることで心や体にどんな変化があるのか、興味深い実験をしてみましょう。

先ほどもお話ししたように、私たちの内臓はほとんどすべて自律神経の支配を受けています。例えば心臓や腸管などの臓器、さらには全身の毛細血管に至るまで、すべて自律神経によって自動的にその機能が調整されています。これらはあくまで自動調整ですから、例えば意図的に心臓の拍動を速くさせたり、腸の蠕動(ぜんどう)スピードを速くして便を軟らかくしたり、といったことはできないわけです。

たった1つだけ、私たち人間が意図的にその動きを調節できる内臓の臓器があります。それは肺です。
もちろん、肺自体を自在に動かすことなどできませんが、ありがたいことに、肺という臓器はろっ骨や横隔膜と接している。そして、ろっ骨の間の筋肉「ろっ間筋」というものや横隔膜という名前の筋肉であれば、私たちは自分の意思で伸ばしたり縮めたりすることができるんです。つまり、間接的にではありますが動かすことのできる唯一の内臓臓器が肺であって、呼吸を私たちは調節できるということになるんです。しかもおもしろいことに、呼吸はそれ以外の生体的な機能と密接に関係しています。
そこで今、その関係性を体験できるちょっとした実験をしてみたいと思うんです。

まず、左手の手首に右手の人さし指、中指、薬指の3本の指を軽く当てて、脈を取ってみてください。左右の手が逆でも結構ですよ。
どうでしょうか。トクトクトクと規則正しく脈を打っているのが分かるでしょうか。
そしたら今度は、そのまま脈を感じながら、大きくゆっくりと深呼吸をしてみてください。5秒くらいかけてゆっくり大きく息を吸って、ゆっくりと、また5秒くらいかけて吐き出していきます。
その間に、脈のスピードはどうなっていたでしょうか。息を吸っている間は速く、吐いている間はゆっくりになったのが分かりましたか。

――そうですね。わずかではありますけれども、ゆっくりになった気もしますね。

川野さん: このように、呼吸の前半「呼気」と呼吸の後半「吸気」、この両方で脈拍のスピードが変わっていくという現象があります。これを心拍数の「呼吸性変動」と呼ぶんです。
息を吸っているときと吐いているときの胸腔(きょうくう)、肺が入っている胸の中のスペースの気圧が変動することで起こるんですが、きょうは詳しいメカニズムはともかくとして、それほどに呼吸と心臓の拍動は密接に関わっているということを体験していただきたかったんです。
ですから、緊張して胸がドキドキと高鳴って落ち着かないとき、1度息を大きく吸ってからゆっくり時間をかけてフウと吐き出すようにしていただくと、心拍数がゆっくりになります。しかも、それにつられて気持ちも落ち着いてくるといった応用もできるわけです。

時間をかけて吐き出す。これは今までも、数息観(すそくかん、すうそくかん)の瞑想のやり方で実践してきたことに気付いてくださるとうれしいなと思います。
大きく息を吸ってゆっくりと息を吐きながら「1つ」、また吸って吐きながら「2つ」…と数えていって、10まで行ったら1つに戻る、というものでしたね。
ゆっくりと時間をかけて吐く。ここで心拍数がゆっくりとなって、それにつられて心も落ち着いていく、と考えることもできますね。

「片鼻呼吸」実践法

川野さん: きょうは、ヨガの伝統的な呼吸の1つ「片鼻呼吸」というのに挑戦してみたいと思います。

意図的に呼吸を調節して自律神経を整え、体と心を健やかにする方法として伝わってきたものです。片方の鼻の穴から交互にゆっくりと呼吸をすることで、「戦いの神経」といわれる交感神経と「リラックスの神経」といわれる副交感神経の両方の自律神経のバランスを整える効果が知られています。

ただし、医師の立場からお話をしますと、このヨガの呼吸法は、自分の呼吸を意図的に調節しますから、健康状態によっては避けておいたほうがいい場合があります。
具体的には、胸やおなかに圧をかけること自体がよくないと考えられる健康状態の方です。
下腹部の内臓疾患をお持ちの方、高血圧や心疾患(心臓の持病)、また脳卒中の既往がある方、緑内障など眼圧の異常を持っている方、重度の椎間板ヘルニアがある方、またてんかんの既往がある方などは、避けたほうがよいとされています。妊娠中あるいは生理中の女性、食事の直後も避けてください。
そして、この方法は片方の鼻で呼吸しますから、どちらか一方、あるいは両方の鼻の通りが悪い方は、無理をしないようにしてください。
今申し上げた健康状態以外の方でも、片鼻呼吸に取り組むのに少しでも不安がある方は、まずお医者さんにご相談していただきたいと思います。

あくまで呼吸法の目的は呼吸を通して心身を整えることですから、先ほどご紹介した数息観でも十分に心を穏やかに保つトレーニングになります。どちらの呼吸法でも大切なのは、今その瞬間に心を置いて行うことです。そして、それを続けることが最も重要だと思います。

健康状態を考えて「片鼻呼吸は難しいな」という方は、音楽に耳を傾けながらリラックスして、ゆっくりとご自身の自然な呼吸を感じてみてください。呼吸と向き合う、心地よいひとときを過ごしていただければと思います。

それでは、片鼻呼吸を始めてみましょう。
まずイスに浅く腰掛けるか床に楽に座って、頭のてっぺんを天井から1本の糸でつられているようなイメージで背筋を軽く伸ばします。
力まずにリラックスを心掛けましょう。手は楽に、ももやひざの上に置いていただければ結構です。

ここから、ゆっくりと片鼻ずつ交互に呼吸を繰り返していきます。
ちなみに、ヨガの正式な実践法では、細かく秒数を決めてきっちりと指導することもありますが、最初は無理をしないことが大切ですから、きょうは楽にできる長さにしてみます。
もちろん、私のガイドに無理に合わせなくても結構です。ご自身の心地よいペースでやってみてくださいね。

まず、右手を上げてください。そして、その右の人さし指と中指を、内側に折り曲げます。つまり、親指と薬指、小指の3本だけ立てた状態になりますね。
次に、その右手の親指と薬指の間に鼻全体が入る位置、ちょうど左右の顔のほお骨の高さぐらいに手を持っていて用意します。
さあ、ここで大きく深呼吸をして心をリセットしましょう。大きく息を吸って、ゆっくりと吐き出します。

さあ、ここからが本番です。
まず鼻のところに用意した右の親指で、右の小鼻のところを軽く押して、右の鼻の穴、鼻孔を閉ざします。そして、ゆっくりと左の鼻孔から息を吸っていきます。
吸いきったら、いったん左の鼻孔も薬指と小指で塞いで、少しだけ息を止めます。
そうしたら今度は、親指を開放して、右の鼻孔から息を吐きます。
吐ききったら、そのまま右からゆっくりと息を吸って、吸いきったらいったん右の鼻孔を親指で塞いで少しだけ息を止めます。

今度は薬指と小指を開放して、左の鼻孔から息を吐きます。
なるべく呼吸音が大きくならないよう、静かで優しい呼吸を心掛けましょう。

繰り返します。
ゆっくり左の鼻孔から息を吸って、吸いきったら両方の鼻の穴を塞いで少しだけ息を止めます。
親指を開放して、右の鼻孔から息を吐きます。
吐ききったら、そのまま右からゆっくりと息を吸って、吸いきったら両方の鼻孔を塞いで少しだけ息を止めます。
今度は薬指と小指を開放して、左の鼻孔から息を吐きます。

もう一度、ゆっくりと左の鼻孔から息を吸って、吸いきったら両方の鼻の穴を塞いで少しだけ息を止めます。
親指を開放して、右の鼻孔から息を吐きます。
吐ききったらそのまま右からゆっくりと息を吸って、吸いきったら両方の鼻孔を塞いで少しだけ息を止めます。
薬指と小指を開放して、左の鼻孔から息を吐きます。

もう一度だけやってみましょう。
ゆっくりと左から息を吸って、吸いきったら両方の鼻を塞いで少しだけ息を止めます。
親指を開放して、右から息を吐きます。
吐ききったら、そのまま右からゆっくりと息を吸って、吸いきったら両方を塞いで、少しだけ息を止めます。
今度は、薬指と小指を開放して左から息を吐きます。

それでは手を鼻から離して楽にしてください。
お疲れ様でした。

お聴きの皆さんも、少しリラックスして過ごせたでしょうか。あるいは、「心なしか頭や体がすっきりした」と感じた方もいらっしゃるかもしれません。
日頃はこれを10回くらい繰り返すとよいでしょう。行う時間帯も自由です。寝る前の習慣にしても結構ですし、朝起きて1日の始まりに行ってもいいでしょう。
息を吸ったり止めたり吐いたりする時間の長さも、無理なくご自身にとって心地よいと感じられる長さにしていただければ結構です。

呼吸ひとつひとつを味わう心を

川野さん: 最後は、呼吸にまつわる禅の言葉をご紹介します。

日本の曹洞宗の開祖・道元禅師という方が、鎌倉時代に記した座禅の手引書『普勧坐禅儀(ふかんざぜんぎ)』という本で、理想的な呼吸について非常にシンプルな言葉で表現されています。
「鼻息微通(びそくかすかにつうじ)」。このたった4文字に込められたメッセージというのは、単に「細く長い息を静かに続けましょう」という形式的なアドバイスにとどまらないんですね。
ひと呼吸ひと呼吸、大切に、丁寧に、そしてとても細やかに味わい、観察する目を持って座ってみる。これが道元禅師の説いた座禅の奥義なのだと思います。

これまでとは異なる新しい生活様式の中で、戸惑いや不安、いらだち、さまざまな感情が押し寄せる日々です。自分を見失いそうなときこそ、呼吸という私たちの体に備わった、非常に緻密で繊細な営みに心を置いて過ごす。そんなひとときを持っていただければと思います。

<からだの知恵袋 ぶれない心を育む(1)>

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