「狩猟の現場を撮る」 写真家・繁延あづさ “命”のもっと奥へ (前編)

21/04/20まで

ラジオ深夜便

放送日:2021/02/26

#子育て#家族#コミュニケーション#どうぶつ#長崎県

ざっくりいうと

  • 「命って何か分からない」。でも、すごく興味がある
  • 「生き物が人間に殺されて肉になる」体験を書きつけたかった
  • 2021/02/26 ラジオ深夜便 ママ☆深夜便「ことばの贈りもの」繁延あづささん(写真家)

長崎市在住の写真家・繁延あづささんは1977年、兵庫県姫路市生まれ。18歳で上京し、桑沢デザイン研究所を卒業後、写真家への道を歩み始めます。27歳で結婚、3人の子どもを育てながら仕事を続ける中で、出産の現場をライフワークとして撮影し、さまざまな家族の物語を見つめてきました。そんな繁延さんの新たなライフワークが狩猟、狩りの現場です。狩猟を撮影する中で、写真家として母として感じたこと、その奥に見えてきたものとは何かを伺いました。(聞き手・村上里和アナウンサー)

出産後、世界が半径3キロに

――繁延さんは東京から長崎に移住されてもう10年になるとのことですが、長崎はどんな場所ですか。

繁延さん: 長崎はおもしろいなと思って今も暮らしています。
長崎の人はあまり言われないかもしれないんですけど、風景がおもしろいっていうか、おかしいんです。山の上のほうまで、だんだんだんだんと家が並んでいて。桟敷席みたいな感じで、見下ろすように家がバーっと並んでいるのがすごくおかしくて。斜面地はエッシャーのだまし絵みたいな迷路状態。
普通の地図で見て「こんな所だろう」と思って行くと、全然違ったりするのがすごくおもしろくて。

――繁延さんは中学3年生、中学1年生の男の子、そして7歳の女の子の3人のお子さんがいらっしゃいます。著書の中に「子どもが生まれてから私の暮らす世界は半径3キロ圏内になった」という言葉がありました。

繁延さん: 一番上の子が生まれたときの心境を表した言葉ですね。それまではどこにだって行けたのに、子どもが生まれて、私の生活は子どもをだっこしてスーパーに行くか児童館に行くか公園に行くか。もうそれだけみたいな生活になったときのことだと思います。
それがある一定期間ですぐ終わるものじゃなくて、特に最初の出産以降は長く感じて。自分の世界がガラリと半径3キロぐらいに収まってしまった、遠くに行けない、みたいな感覚だったと思います。

――それをどんなふうに受け止めていたんでしょう。

繁延さん: 友達とか、ほかのカメラマンが遠くに行っていろんな風景を撮って帰ってくるのをすごく羨ましいなと思いました。自分が行けないので。写真って、どこか遠くだったり、人が見えないような風景を撮ってくるのが一つ価値を生み出すわけですよね。でも、私の世界が半径3キロになったら、その一番手っとり早い「遠くに行く」っていうやり方ではできなくなってしまって。だからそれに対する残念な気持ちもあった。だけど、産んだっていうところから自分の目に違って映ってくるものが出てきて。それは半径3キロの中にあるもので、そういうのをもうちょっと見てみたいと思いました。半径3キロの中にも見えにくいものって結構あるなと思って、そのひとつとして出産撮影を始めることにしました。
出産撮影にしたのは、自分が初めて子どもを産んだときに、自分が想像していたものとだいぶ違ったなと思って。なんとなく受け取ってきたイメージとリアルには差異がある気がして、ほかの人はどうだったんだろうとか思い始めると、そこが明かされていない世界に見えて、知りたくなって入り込んだと思います。

――自分の出産で何か変わったこと、見えたものってあったんですか。

繁延さん: 出産って感動的なものかと、いろんな情報を見て勝手に思っていました。でも全然…すごい疲れ果てて、すごいうなり声で、まるで獣のような声を上げて子どもを産んだんです。そんなイメージはなかったです。もっと「う~ん……」みたいな、かわいい声だと思ってました(笑)。自分でも聞いたことがない、出したことがない声が出て、全然知らないところに入っていった感じはありましたね。

――知らないところに入っていった感じですか。

繁延さん: 出産って骨盤が緩んでいってだんだん開いて、子宮の収縮があってそれが陣痛って呼ばれるもので、それが順調なわけですよね。でも、それに痛みが伴うわけですね。だからどんどん痛くなっていって、どこまで痛くなっていくか分からない。痛いって普通に考えたら恐怖じゃないですか。痛いのが最後までいくと死んじゃうみたいなイメージがあるから、痛いほうに痛いほうに進んでいくってことがすごく怖かった。わたし死んじゃうんじゃないかって感じでした。
でも出産撮影をしていて、そういう初めての出産の夫婦に立ち会うときは、反対にちょっと羨ましいと思って見ている自分がいます。私は2人目以降はその心底怖い感覚は逆に味わえなくて。痛みに耐えかねてご主人に物を投げたり…という夫婦の風景も、なんかいいなと思って見ちゃったりしますね(笑)。

命って何か分からない

――繁延さんは出産を巡る6つの家族の物語を撮影して『うまれるものがたり』という本を出版されていますが、これを見ると出産するお母さん、そしてその夫、上のお子さんたちやおじいちゃん、おばあちゃんの表情が、緊張感だったり不安だったり心配そうだったり。だけどその後に、本当に抑えきれないような喜びの表情に変わっていく感じが、全然知らない家族の光景なのに感動しますよね。

『うまれるものがたり』 写真・文:繁延あづさ

繁延さん: うれしいです。私もそんな感じで立ち会っていると思います。
そこってすごく言葉が少なくて、風景だけでその物語が見えてくる感じかあって、ここは写真で撮りたいって思うものでした。みんなの表情とか、そういう小さな一瞬のことが物語みたいになっていくというか。

――繁延さんの写真や文章は、中学生の道徳の教科書にも今、掲載されているんですよね。タイトルが“「生きている」と感じるとき”。

中学生の道徳の教科書に掲載。「生きている」と感じるとき

繁延さん: 私が書いたわけではないんですけど。
タイトルや項目は元の書籍と違うので、実は最初はちょっと抵抗がありました。カテゴライズされる感じに。確か「命の尊さ」みたいな項目ページにあって、そのフレーズの下に置かれるということにすごい抵抗がありましたけどね。
「命が尊い」なんてひと言も言ってないっていうか。「命って何か分からない」っていうところにしかまだ自分は立ってないから、そういうふうに寄せていかれるのに抵抗があったんじゃないかなと思います。

――分からないと、どう思いますか。

繁延さん: でも、すごく興味がありますね。自分自身でもあるし、そこに興味を持っているんだろうなっていうのは最近自分でも自覚しています。

話しかけた派手なおじさんは猟師だった

――繁延さんのライフワークはもう一つ、“狩猟”の現場を撮る。「えっ、狩猟?」って、すごくびっくりしました(笑)。なぜ撮ろうと思ったんですか。

繁延さん: 狩猟の現場を撮ろうみたいなものではなくて。さっきお話ししたみたいに、長崎って斜面地にバーっとおうちがあって、うちもそういうところにあるんです。車が入っていけない迷路みたいになところだから、共同車場みたいなものがポツポツあって、そこに駐車して、みんな自分の家に向かう細い道を通って帰るんです。道がすごく細いから人と人がすれ違うときは山登りと一緒でよけあわなきゃいけなくて、移住後すぐに近所の人と出会うきっかけになったんです。
その中にすごい変わったおじさんがいて、いつも赤とかピンクの服を着てて、指輪もジャラジャラ付けてて、金のネックレスも。あるとき話しかけたら「こんな派手な格好してるのは猟師やけんね」みたいな感じで言われて、猟師さんと呼ばれる人にそのとき初めて会いました。そこからおじさんがイノシシやシカの肉を持ってきてくれるようになったんですね。

――繁延さんから話しかけたというのは?

繁延さん: どう見ても普通の人じゃないなって。好奇心だったと思います。
猟師だということが分かって、肉がうちにやってくるようになりました。最初はきっとおじさんも気を遣ってくれたんだろうなと。ソーセージになったものとシカのステーキみたいなものを最初にくれたんですけど、
「めっちゃおいしかったです」って言うと、次の日はもうちょっと大きいロースみたいなものがきたりして。
だんだん足1本とかくるようになって、エスカレートしてったというか(笑)。

繁延さん: それがスーパーの肉と違って大きな塊で、動物の体だってことがよく分かるんですよね。生き物だったんだなっていうのが台所で料理をしながら分かる感じがあって、こうなる前はどうだったんだろうっていうのが気になってきて、いつか(狩猟に)行きたいと思っていて。あるときそれを伝えて連れていってもらったという感じですね。

イノシシの心臓

繁延さん: 狩猟の現場に行きたかったっていうよりは、肉になる前を見たいっていう感じで。知りたくなっちゃったんですね。
もらう肉から動物だったときが見えかかっているというか、見えかかっていたから見たくなったみたいな。

――どうでしたか、行ってみて。

繁延さん: 最初のときのことって、忘れられないくらいのインパクトですね。最初に猟に行ったときから本に書くようになるまで3年か4年たってたと思うんですけど、すごい鮮明に覚えてたから書きやすかったっていうか、早くどこかに書きつけたかった。今ここで書きつけたい、書きつける、みたいな気持ちで書けた気がします。

――どんな体験だったんですか。

繁延さん: <生き物が人間に殺されて肉になっていくところ>ですかね、ひと言で言うと。
圧倒されましたよね。目の前で起こる展開みたいなものはどれも予測してなかったものばっかりだったので。いちいち圧倒されて、イノシシのものすごい暴れる音とかいななく声とか、怒りに燃えてる目だったりとか。おじさんはやりみたいなもので心臓をひと刺しして殺したんですけど、周りにワ~ってものすごい音が響きまわっていたのに、一瞬にしてシーンとなって。イノシシの声も消えて、バタンと倒れたのがすごく印象的でした。魂が抜けるような風景でした。
さっきまでのすごい生気というか、生きてる感じがみなぎっている状態から、急にそうやって静かになる、動かなくなるっていう対比がすごくて。ちょっと信じられないというか、そんな感じもありました。

――カメラのシャッターは切っていたんですか。

繁延さん: 「写真を撮ろう!」みたいな気持ちをすごく持っていってるわけじゃなくて、自分にとって自然なもので、自分が何か引っ掛かったり気になるようなときにフックをかけるようにシャッターを押してるような感じです。あまりそこに、一枚に何か意味があってこれを撮るみたいなものではないので。カメラを持っていったけど、カメラのことはそんなに意識してないかもしれないです。

変化しきる前に書きつけたかった感覚

――狩猟をしている猟師のおじさんと出会って始まった狩猟体験。その中で、どんどん繁延さんがいろんなことを考えて思索の旅をしているという感じがします。それを文章でつづったノンフィクション作品『山と獣と肉と皮』が2020年9月に出版されています。本にしようと思われたのはどうしてだったんですか。

繁延さん: 本にしようっていうよりも、書きたいっていうのが自分の中に湧いてきました。たぶんさっきのフックの延長だと思うんですけど、自分の中にも何かこれを残しておきたいっていうのが写真だけでは残せない感じがあって、言葉にもしておきたくて。だけど、このことってみんながどんな反応をするか分からないから、ちょっと慎重な感じもあって。私が見ているものってすごい猟奇的みたいに思われるかもしれないとか、もうちょっとちゃんと書きつけたいみたいなのがあって書き始めました。

最初の狩猟同行で終わりじゃなかった。何度も行くようになっていったのは、やっぱりもっと見たいみたいなものがあったからです。初めて(狩猟の現場を)見たときは山が人間の世界と全然違って見えたんですけど、何度も行ってると今度は山のほうが自分にとってなじんできて。普通に思える部分が出てくると、今度は人の世界がまた違って見えるところもあって。そういう自分の感覚が変化していってるなって思ったときに、変化しきっちゃう前に書かなきゃって。変化していく途中みたいなものって終わっちゃうじゃないですか。あとからは戻ってこない感覚だから、その感覚を書き残したかった。

――それほど繁延さんにとって、狩猟の現場ってすごく大きな影響を持ったものだったんですね。

繁延さん: 毎回行くたびに何かを感じ取ってたなと思います、今もですけど。

――繁延さんの本を読み始めたとき、どこに連れていかれるのか分からなくて。けれども、一緒に冒険に行ってるような気持ちになって読みました。

繁延さん: うれしいです。

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[R1] 午後11時05分~翌午前5時00分
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<後編>へ続く

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