新型コロナウイルス感染症の流行は私たちの生活を一変させました。今までにない不安感や「新しい生活様式」になじめないために、心身の不調を感じている方も多いのではないでしょうか。そんなときこそ心を穏やかに保つ瞑想(めいそう)の出番です! 精神科医・心療内科医で林香寺住職の川野泰周(かわの たいしゅう)さんの指導のもと、音声に耳を傾けながらぜひ始めてみてください。


私たちは「距離」に悩むヤマアラシ

川野さん: お寺でお檀家さんのお通夜やご葬式、あるいは法要を執り行わせていただくときに大きな変化がありました。例えば、広い葬儀場のスペースにイスが2メートル間隔でポツンと配置されるようになったり、参列される方の数も故人に近い方に限られたりと、様変わりしていましたね。
一方で、病院の診療の現場においては、現在の生活のストレスや先行きの不安から心のバランスを崩してしまう方が多くなったように感じます。患者さんも、また私たち医師も、慣れない電話やオンラインを用いた診察が多くなっていますが、それでも診察を続けられることをありがたく感じていました。

――きょうは、今や私たちの生活では欠かせなくなった、ソーシャルディスタンスについてのお話ですね。

川野さん: 物理的に距離を取ることで感染拡大を防止する、とても大切なソーシャルディスタンスです。しかしながら、この距離の影響で心にも距離が生まれて、人と人とがつながりづらくなっている。そんなことが今多くの人に起きているように感じます。
今、私たちは「ヤマアラシ」なんです。

ヤマアラシという生き物をご存じですか。ハリネズミとよく似ていて、体に針のような鋭い毛をたくさん持っていますが、ハリネズミよりずっと大きくて、体長1メートル近くになることもある、げっ歯類の草食動物です。
昔、ショーペンハウアーというドイツ人の哲学者が、こんな小さなぐう話を書きました。


<ある冬の日、2匹のヤマアラシは嵐に遭いました。2匹は寒いので、お互いの体を寄せ合って暖を取ろうとしたところ、それぞれのトゲで相手の体を刺してしまいます。痛いので離れると、今度は寒さに耐えられなくなりました。こうして2匹はまた近づき、痛いのでまた離れるということを繰り返しました>

この話を知った心理学者フロイトは、これを人間関係に反映できると考えたんです。その名も「ヤマアラシのジレンマ」。離れすぎていると孤独を感じ、かといって関係が近くなりすぎると傷つけ合ってしまう、という人間心理を表現したんです。

――なるほど。私たちに置き換えると、例えば、離れて暮らす家族や友達のことを思う。会いに行くことが迷惑になってしまうからやめておく。ただ、これが長引くと気持ちもゆがんできて、「嫌われているのかな」とか違うことを考え始めてしまいそうです。

川野さん: 当初は相手を思っての距離だったものが、だんだんと心にも距離を生んでしまっているんですね。心細い、寂しいといった具合に落ち込んだり、時にはこの心の距離が攻撃性を持ってしまうこともあります。
過剰に他者を遠ざけてしまうという現象が、少なからず起きているようです。

例えば、ドラッグストアやコンビニエンスストアの店員さん、役場の職員さん、あるいはタクシーの運転手さんなど、身近に関わってきたはずの人に激しい怒りや不満をぶつけたり、SNSなどネット上で激しい批判や中傷を書き込んだりしている。人の心に潜む他罰性、他を排したり罰したりする心の性質があらわになる光景が町中にあふれているようです。
こうした職業の人たちは自らも感染のリスクにさらされながら頑張って働いている人たちであるにもかかわらず、彼らに優しさやねぎらいの心を持って接することができないんですね。

一方、家庭ではどうでしょうか。
レジャーや気分転換のための外出がままならないこうした生活は、「ステイホーム」のストレスを蓄積させて、ストレスやイライラの矛先を最愛の家族に向けてしまうという問題をはらんでいます。「コロナDV」あるいは「コロナうつ」といった言葉まで登場するくらい、距離が近すぎることによって誰かが傷ついてしまう現状から、まるでこのウイルスが体だけでなく私たち人間の心をもむしばんでいるかのように見えるのは、私だけではないと思います。
まさに、「心のディスタンス」をどう考えるべきか。私たち現代人は今、大きな課題を突きつけられているのではないでしょうか。

――心のディスタンスですか。楽になる方法はあるんでしょうか。

川野さん: この問題に通じる仏教のお話です。禅派仏教においては「中道」の精神というのが根底に流れています。両極端を離れた、どちらにも偏らないという意味ですね。
仏教の始祖であるブッダ。若いころ「苦行」といって自分を痛めつけ苦しみ抜くような修行を6年間も続けたんですが、それでも悟りを開くことはできず、苦行は正しい修行ではないことを知ったとされています。かといって、自分を甘やかして怠惰に暮らしていては悟りなど得られるはずがありません。凛(りん)とした心で程よく自らを律して、心地よく瞑想の修行を続ける中で、真の悟り、苦しみから解き放たれる体験を得たといわれています。
これまで2年間にわたって「マインドフルネス瞑想」という心を整える瞑想法を紹介させていただきました。いろいろなやり方がありましたが、そのどれもが最終的にはこの中道の精神を会得することにつながっていくという理解が大切です。

離れた場所から自分を見つめる力

川野さん: 日々、少しの時間でも瞑想を続けることで、次第に自分自身や周囲の人、あるいは社会全体を、穏やかに、客観的に、観察することができるようになります。
この俯瞰(ふかん)する力、「メタ認知」の能力といいます。メタ認知こそが、コロナで混乱する現代だからこそ、非常に重要な心のスキルとなっているんです。

実は瞑想以外にも、カッとした瞬間をメタ認知で乗り切る方法があるんですよ。
具体的には、友達や大切な家族を阻害するような考え、あるいは社会に反発する感情、そして自己嫌悪など、ネガティブな感情や思考を少し離れた、例えば地上から3~5メートルぐらいの高さから、自分自身を見下ろしたようにイメージして、観察しているところを想像します。
そして、ここから実況中継に入っていきます。
自分と相手の状況を傍観しながら、「今、私は○○さんに対して攻撃的な考えが湧いてきたことに気付きました」と、まるでスポーツの実況中継でもしているかのように「見たまま」を言葉で分析していくんですね。
冷静になりますから、感情に取り込まれてヒートアップするのを防げると考えられているんです。こうなれば、あとはほんの少しの意識で、ほどほどの心の距離を自分の感情に対して保てるようになるんですね。
そして、このようにすぐに発想の転換につなげるには、日々「マインドフルネス瞑想」で心を整える訓練をしていくのがいいんです。
このコーナーで頻繁に取り組む「呼吸瞑想」ですが、「空気が入ってきた」「出ていった」というふうに呼吸のあり方を客観的に見ているわけですから、俯瞰する力、中道の精神を知らないうちに育んでいることになるわけです。

「タッピング瞑想」実践法

川野さん: きょうの瞑想法は、私がまだ駆け出しの精神科医だったころに学んで、とても助けられたセルフケアの手法「タッピング」と合わせて実践していただきたいと思います。名付けて「タッピング瞑想」とでもいえるでしょうか。
自然な呼吸をしながら、自分自身の体に優しく触れていたわる。そんな瞑想です。

まずは、今までに何度かご紹介をしました「呼吸瞑想」から始めていきます。
イスに浅く腰掛けるか床に楽に座って、頭のてっぺんを天井から1本の糸でつられているようなイメージで背筋を軽く伸ばします。力まずに、リラックスを心がけましょう。
手は手のひらを上にして、ももかひざの上に置きます。ほかの置き方のほうが楽な方はそれでも構いません。
呼吸は鼻から吸って鼻から吐くことを基本としますが、鼻がつまっているなど口のほうが自然にできる方はそれでも結構です。あくまで意図的ではなく自然に呼吸できるようにするのが大切です。
目は軽く閉じるか、座禅のように数メートル先の床をぼんやりと見る半眼にします。
そして、そのままゆっくりと2~3回深呼吸をして、いったん心をリセットすることを意識してみましょう。

ここからは呼吸をコントロールすることをやめて、ただありのままの呼吸を観察します。
具体的には、鼻の穴を出入りする空気の流れを感じる、もしくはおなかや胸が膨らんだりしぼんだりするのを感じてみてください。そのどちらかで観察をするとよいでしょう。腹式呼吸をことさらに意識しなくて結構です。

途中ですぐにほかのことを考えてしまうかもしれません。
「これで合っているのかな」「明日の予定は何かな」「昨日は仕事が大変だったな」といった具合に、いろいろな考えが湧いてきたり、窓の外の車の音や人の話し声、あるいは体のどこかがかゆいとか痛いといった感覚に注意がそれることもあるかもしれません。
それらの雑念に気付いても、決して「うまく集中できない」と自分を責める必要はありません。なぜなら、私たち人間には発想力という大切な力が備わっているからです。雑念も発想の1つです。
今はただ、その雑念に気付いた自分自身を心の中で「よく雑念に気付いたね」と褒めてあげて、そして、「さあ、また呼吸に戻ろう」と心の中で声をかけるようにして、呼吸に注意を戻していただければ大丈夫です。

ここでいったん呼吸に対する意識は手放していただいて結構ですから、自然な呼吸を続けながら、右手の3本指、人さし指・中指・薬指をそろえて、その指先で体のツボを優しくトントントンとたたいてあげましょう。
まずは、右の3本の指を横にそろえて、右の眉毛の一番内側、ちょうど鼻の付け根の近くの辺りの硬いところを軽くたたきます。トントントントンと10回ほどたたきながら、眉の付け根辺りで3本の指が優しく触れる感触を感じてみてください。

次に、右目の真下のほお骨の辺りを、同じようにトントントントンと10回ほど優しくたたきます。痛くないぐらいの程よい力でたたいてくださいね。指先が心地よくリズミカルに、右目の下、ほお骨の盛り上がった辺りを刺激する感覚に注意を向けます。

次は右の鎖骨。鎖骨のちょうど真ん中くらいの下の辺りの、少しくぼんでいるところを軽くたたいてみましょう。トントントントンと10回ぐらい、鎖骨の真ん中の下の辺りのくぼみを、痛くない程度の優しさで振動を感じながらやってみましょう。

最後に、同じ右の3本指で、今度は反対側、左のわきの下の辺り、左のわきの下10~15センチメートルほど下のろっ骨の辺りを軽くトントントンとたたいてみてください。そして、その胸に伝わる優しい振動を左のわきの下で感じてみてください。

反対側もやってみます。自分で自分の心や体を手当てしてあげるつもりでやってみましょう。
今度は、左手の3本の指を横にそろえて、左の顔の眉毛の一番内側の辺りを軽くたたきます。トントントントンと10回ほどたたきながら、舞の付け根の辺りで3本の指が優しく触れる感触を感じます。
次に、左目の真下のほお骨の辺りを、同じようにトントントントンと10回ほど優しくたたき、指先がリズミカルに左目の下のほお骨の辺りを刺激する感覚に注意を向けてみましょう。
次に、左の鎖骨のちょうど真ん中くらいのところの下、少しくぼんでいるところを軽くたたきます。トントントントンと10回くらい、痛みを感じない程度でやってみましょう。
最後に、右のわきの下です。左の3本の指で右のわきの10~15センチメートルほど下のろっ骨の辺りを、軽くトントントントンと10回ほどたたきながら優しい振動を感じてみましょう。

手を楽にしていただいて結構です。
それでは、最後に一度深呼吸でリセットします。大きく息を吸って、ゆっくりと吐き出します。

お疲れ様でした。

――川野さん、触れるというのはこんなに落ち着くんだというか、優しい気持ちになれるのかというふうに、改めて感じました。

川野さん: マインドフルネスの「呼吸瞑想」で、穏やかに心を観察する力、メタ認知を育みながら、体のツボをトントンと優しく触れたりたたいたりする「タッピング」で、自らをいたわり思いやる心を育む、「タッピング瞑想」です。

変わりゆく世界にあっても動じないために

川野さん: 余韻に浸りながらで結構です。禅語のお話を1つ紹介したいと思います。

古い禅語に「明月清風共一家(めいげつせいふうともにいっか)」という言葉があります。「澄みわたる満月と爽やかな風は相変わらず、まるで一家団らんをしているかのように仲よしだ」という意味です。
激動の時代、社会情勢の急激な変化に私たち人間の心はすぐにかき乱されてしまうけれど、一度心を整えて世界を眺めてみれば、この自然界に存在するものは昔から何も変わらずありのままだ。そんな心を歌った禅語です。
私たちが今まさに直面しているこのような大変なときにこそ、落ち着いて世の中のあり方を観察する力、中道の精神を持ちたいものだと思います。

ところで、冒頭でご紹介したヤマアラシの物語には、続きがあるんですよ。きょうは、最後にそれを読み上げておしまいにしたいと思います。

<2匹のヤマアラシは、近づいては針が刺さり、痛いのでまた離れることを繰り返していくうちに、ついにお互いに傷つけずに済み、しかもほどほどに温め合うことのできる距離を発見しました。こうして2匹はいつまでも仲よく、ちょうどよい距離を保って幸せに暮らしたそうです>

<からだの知恵袋 ぶれない心を育む(2)>