絵本作家・荒井良二さん「うまれたての春ですよ」 後編 花はほほ笑み、季節は進む

22/05/05まで

ラジオ深夜便

放送日:2022/03/11

#インタビュー#絵本#うた♪#東日本大震災

荒井良二さんが3月に出版した絵本『はっぴーなっつ』は、荒井さんがいつか描きたいと思い続けた、漫画と絵本の中間のようなスタイルへの試みでした。手にとる人が、「ここには、ほほ笑んでいるものがある」と感じてくれたらと願って、できたての絵本の旅立ちを見送る荒井さんです。(聞き手・村上里和アンカー)

【出演者】
荒井:荒井良二さん(絵本作家)

コマ割り漫画は「描いてて安心」

荒井良二さん

――『はっぴーなっつ』で初めてコマ割りの画面展開をして、なおかつ、普通の絵本的なカラーの絵も入れて作ってみて、どうでしたか。

荒井:
安心感があるんですよ、自分で漫画のコマを書いてるときって。まずコマの線を引いて、その中に絵を描いていくんですけど、小学校3年生ぐらいからこういうことをやっているから、子どものころから変わってないなあという感覚を呼び覚ましてくれて。漫画家にはなれなかったけど、やっぱり安心するというか、なんなんだろう、この安心感……。わかんないんですけど。

――安心、ですか。

荒井: うん。自分で描いてて安心するんですよ。だから、うまく描けてるかっていうよりは、この表現が自分にすごく合っているなという感覚があるんです。読まれてる方からすると、「そんなに上手じゃないよ」とか言われるかもしんないけど、描いている本人からすると、すごくゆったりした気分になって時間を追うというか、ゆったり時間を追うということをやっているような気がしました、これ描いてて。

――コマ割りをしてあって語りがあると、導かれていく感じがあるなあと思って、とても楽しくなる気持ち、っていうんでしょうか。

荒井: うん。それで説明というのがないから、いわゆる物語として「〇〇は〇〇です」という文章がないから、流れていくという、音的な役割もあるのかな。さっき「ラジオみたい」と言いましたけど、吹き出しのせりふを、音みたいにして聞いてるってことになるのかなと思うんですよ。言葉なので、そんなに押しつけがましいことは何もないし、そこは安心できるのかなと思いますね。「こう感じなきゃいけない」というのがないので。

――何か、新たな世界ですね。

荒井: いやいや(笑)、こういう手法は昔からあるわけで。絵本とはディテールの扱い方が違うので、絵本は1枚の絵の中ですごく情報を操作しながら描くんですけど、コマ割りで描くと細部にものすごくこだわりを出しやすいんですよ。だからコマ割りは、すごくありがたい手法だなっていうのは感じます。

花はほほ笑み、季節は進む

――季節の絵本を描かれたというのは、何か思いはあるのですか。

荒井: 震災以降ですけど、意識する一つとして、朝とか夜とか1年とか、考えることが多くなったかなというのがあります。季節も巡るということで、これは人間にはどうしようもないことなので、つきあうというか、それをめでたり、人間の暮らしの中に季節を取り入れながら、豊かな暮らしに結びつけていくっていうのを続けてきたと思うんです。だからそういう「繰り返す」という意味合いでもって、作りたいなという意識もありました。朝もまた来るし、夜もまた来るけど、春もまた来るし、夏もまた来るっていう、何かこう、つながっているのかなというふうに思います、僕としてはね。

――荒井さんは東北・山形出身で、震災後は、子どもたちとワークショップをするために、かなり通われて。

荒井: そうですね。お邪魔しただけですけど、本当に。そのときの記憶って、前後したり曖昧なところがあるんですよ。思い起こすと「あれ?」っていう、はっきり思い出せないような、日付も思い出せないような感じもあるんですけど、うーん……まあ、なんか、必死でした。僕が必死になってもしょうがないんですけど。

いろんな面で変わったなっていうよりは、自分の中にあったもののほこりが取れたみたいな感覚があって、未来とか希望とかそういうものって、恥ずかしくて使えないみたいな感覚があったのかなと思わせられた出来事でもありました。ワークショップをやりながら、子どもたちや大人の人たちとお話ししたりする中で、未来とか希望というのは恥ずかしいものでも何でもなかったんだというのに気づかされて、そういう点では影響があったんだろうなと思います。

だから今回、この季節の本を描くにあたっても、繰り返すことの喜びみたいなものは、震災の出来事とつながっているのかなと思います。時間的には11年という月日がたったんですけど、皆さん、いろんな時間の感覚があって違うから、本当につい昨日のような、ずーっと昨日だったような方もいらっしゃるだろうし、いろんな感覚があると思いますけど、その中でも、繰り返す朝とか夜とか季節とか、そういうものをやっぱり何か体感しているわけで、それを少しでも、そういう感覚になってもらえたらなっていうところがあるのかもしれないです。僕、うまく言えないですけど。

――本当に春が繰り返して、3月11日のあと、恐らく東北はどんどん春めいて、いろんな花も咲き始める。そういうときに、「あっ、花がきれいだな」って、一瞬でもいいから、ニコッとしたりクスッと笑ったりしてほしいなあ、って……。

絵本『はっぴーなっつ』より

荒井: うんうん。たぶん、花のほうがほほ笑んでいるんだと思いますし、いろんなものが、ほほ笑んでるというか喜んでるというか、進むという感覚を与えてくれるような気がします、自然って。

――「進む」という感覚ですか。

荒井: うん。なんか、無理してほほ笑むこともないかなあとも思います。ただ、ほほ笑んでいるものが「あるよ」っていうことを、なんか僕、絵本で伝えたいのかもしれないですね。

――「ほほ笑んでいるものが、あるよ」と。

荒井: そうそう。

――絵本って、そばにいても押しつけてこないという、そういう存在ですよね。

荒井: 特に荒井良二の本はほとんど起承転結もないし、「あれ?」みたいなところもあるので、わざとそうしてるんですけど、押しつけなんか全然したくないですよね。「興味があったら見て」っていう。だからちっちゃい花だけど、「ここで手を振ってるよー」という感じですよね。「気づいた人だけ笑ってねー」みたいな感覚で作ってます、ほんとに。「全員こっち見てー」という花の咲き方は、してないような気がしますね。

困ったときは「歌っちゃえ!」

――荒井さんは日々の生活の中で、つらいことや悲しみを抱えてしまったときには、どうされてるんですか。

荒井: いや~、うーんとねえ……。なんでか知らないけど、つらくて少し涙目みたいになるときなんか、たぶんみんなあると思うんですけど、「わ~!」みたいなときって、なぜか急に子ども時代に歌ってた歌とか浮かんでくるんですよ。「なんで今頃ここにこの歌が?」みたいなときが結構あるんですけど、この前も、中学校のときだったかな、そのころの歌謡曲が流れてきて。

――何だったんでしょう。

荒井: 曲名? なぜか中1か中2のときの修学旅行のバスの中で歌った歌を思い出したの。あおい輝彦さんの「二人の世界」という歌ですけど、テレビドラマの主題歌だったんですよ。

――ちょっと歌っていただいてもいいですか。

荒井: ♪つめたい風の街で~ぼくは君と会った~♪、これは山田太一さんの作詞だってことにあとで気づいたんですけど、それも家にレコードがあったんですよ。でもなぜかこれが、「うまく描けないな」とかいうときに出てくる(笑)。みんなあると思いますけど。例えば外国の街角を歩いているときに、すごい古い歌謡曲が出てきて、「なんでこんなロマンチックな街角を歩いてるのに!」(笑)。

――日本の昭和な歌謡曲が(笑)。

荒井: その歌が悪いわけじゃないんですよ。でも「なぜここで?」みたいな感覚になったことは何度もありますよ。

――それってなんなんでしょうね。

荒井: わからない……。

――子どものころの荒井良二くんが、助けに出てきてるんじゃないですか。

荒井: ああ、そうかもねえ。なんか外国ですてきだと思っても、どこか心細さがあるじゃん? やっぱり窮地に陥ると、「歌えよ、歌えよ」って、助けるやつが出てくるんじゃない(笑)。こういう「なんでだろう?」とかいうこと、多々ありますよ。

でもこの歌が好きで、それでバスの中で歌った記憶までよみがえってきたりして。そのとき僕、サッカー部だったんですけど、山形県の山形市では駅伝大会が毎年あるんですよ。それで僕、中学校のメンバーに選ばれてて、1年間、練習するんです。これが本当に「1年間」なんですよ。元日だけ休む。

修学旅行に行っても走ったんです。駅伝選手は毎朝5時に起こされるんですよ。それで眠いのに、なんで横浜の山下公園を走ってんだろうとか、後楽園球場の周りをどうして走ってるんだろうとか、その連続だったんです。練習してるので眠くて、急にマイクが回ってきたのを覚えてるんです。それで「二人の世界」を熱唱してまた寝たっていう(笑)。そういう思い出もくっついてくるんですよ。「バカだなあ」とか思いながらも、「よし、頑張るか」ってなるんですけど。

――そこで「頑張るか」に切り替えられたんですね。

荒井: うん。僕はよく歌が出てきますよね。何だろう……。困ったサインを出すと、そうやって昔の僕が出てくるのかもね。「おまえ、歌でも歌えよ」って(笑)。

あとはそうですね、毎日寝る前に、5分か10分もかからずに名画なんかを黒鉛筆1本で模写して寝るってことをやってるんですけど。

――今もですか?

荒井: 今もやってますよ。昨日はピカソかなんかを描き上げましたけど、だからなんだっていうわけじゃなくて、それをやると、「自分じゃなくなる時間を持てるんじゃないか」っていう、ちょっと変な抽象的な言い方ですけど。だからピカソならピカソ、ピカソにはなれないけど、なった気持ちでなぞるということをやると、何となく自分から少し離れることができるので、そういうクールダウンの意味もあって続けてるんです。「ちょっと自分、休みなさい」みたいな感じ(笑)。

――また次の新しいものに向かえるように、リセットされているのかもしれないですね。

荒井: うん。描くことがすごく安心につながるということは、子ども時代から気がついていたことなので。僕、学校に行けなかったり給食が食えなかったりしたときって、年がら年中描いていたので。それをほめる先生がいたり友達がいたりして救われたので、いまだにそれをやっているという感じです。だから、ものすごく安心するんですよ。何がなくても鉛筆と紙、紙はなくてもいいけど、あればものすごく安心するし落ち着きますね。だから自分の絵を描くとかオリジナルとは何かとかいうよりも、描いていれば元気になるのかもしれない。模写なんかも、自分というものがないから、すごくよくて。

絵本に告げる「いってらっしゃい」

――荒井さんが人生を歩んでいる中で、一番大事にしていることは何ですか。

荒井: ああ~(笑)。一番大事にしてること……聞かれたことなかった。何かなあ、一番大事にしてるって……。うわあ、難しい質問だ!

――質問が悪いですね、悩ませちゃって。

荒井: 悪くない、悪くない。僕、そういう準備がなかった。考えたことがなかったから、「一番大事」って。なんか、「自分のことよりも」っていう感じがあるので、自分のことを聞かれたりすると困るのかもしれない。「みんなのために俺、生きてる」っていう、偉そうなことを言ってるわけじゃなくて、でも質問されてみると、「すごく周りを考えてるんだな。自分のことをちょっと置いてるな」という感覚になりました、今。だから一番大事にしてるって、何だろうなあ。「周り」、かなあ。

――そういえば本の中にも、高校生ぐらいのころから、社会とつながっているということをすごく大事に思っていた、と書いてらっしゃいます。

荒井: 思ってた。本気で思ってた。自分が何か描くというのは、自分のためというよりは、何か社会のために役に立つとかいうのとはまたちょっと意味合いが違うけど、コミュニケーションをとっておかなきゃいけないものなんだっていうふうに、高校時代に思ったんです。油絵の具でキャンバスに塗っているときに、自分の色とか形とか、わかるけど、それよりも、「これはどこにつながってるんだ?」っていうことを考えていた時期がありました。すごく生意気ですけど、「どうやってつながることができるんだろう?」っていう、それしか考えてないみたいな。

――このできたての絵本も、これから旅をして、いろんな人とつながっていくわけですものね。

荒井: そうそう。トラブルもあるだろうし、「こんなのつまんないや」とか言う人もいるだろうし。いろんな感覚を持ってて当然よくて、でも旅をしなきゃいけない立場の人なので、「いってらっしゃい」という感じです。

――きょうはいろんなお話を伺えて、とっても楽しかったです。

荒井: 勝手なことばっかりじゃべっちゃって……。

――とても楽しかったです。本当にどうもありがとうございました。

荒井: ありがとうございます。

荒井さんの絵本『はっぴーなっつ』が「声の絵本である」ということを教えていただいて、ラジオを担当する私はとてもうれしくなりました。「あなたのそばで咲く小さな花がほほ笑んでいるよ」という気持ちで荒井さんが作った絵本。今だからこそ、いろんな方々の心に届いてほしいと願います。


【放送】
2022/03/11 ラジオ深夜便 「明日へのことば」 荒井良二さん(絵本作家)


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