内田也哉子 娘として母として考える家族のカタチ(前編)

21/08/09まで

ラジオ深夜便

放送日:2021/06/25

#子育て#家族#コミュニケーション#インタビュー

エッセイストの内田也哉子さんは、俳優の樹木希林さん、ミュージシャンの内田裕也さんの一人娘です。日本・アメリカ・スイス・フランスで学び19歳で俳優の本木雅弘さんと結婚。3人のお子さんを育てながらエッセイの執筆や翻訳、作詞、ナレーション、音楽活動など多方面で活躍されています。家族団らんを知らずに育った子ども時代のこと。若くして結婚、3児の母として生きる日々、家族・夫婦とは何かを考え続けて今思うことなどをお話いただきました。(聞き手・村上里和アンカー)

【出演者】
内田:内田也哉子さん(エッセイスト)

大人になって気がついた「変わった家庭環境」

――也哉子さんは自分の持つ雰囲気がちょっと特別で、他の人とは違うらしいっていうのはいつごろ気づかれたのですか?

内田: 自分が育った家庭環境がまったく普通ではない家庭環境だったもので、その影響が大きいと思うんです。一人っ子で、離婚はしていないんですけど、母が女手1つで育ててくれたので、わりと孤独な子ども時代で。小学校低学年ぐらいからずっと鍵っ子で家に帰って、夜ごはんもある程度母は準備してくれていますけど、少し最後の仕上げをして1人でごはんを作ったりとか。テレビもなかったですし、それこそおもちゃもなくて(笑)、あるのは数冊の絵本。おもちゃの代わりにいろんな家財道具で遊んだりと、ないないづくしで、ないものの中から自分で発想して遊びを生み出していきました。母には何かしらの思いがあったんでしょうけど。

――小学生のころ、お母さんにそばにいてほしいと思うことはありましたか?

内田: 母は性格的に、明治の女性のような気丈でベタベタ子どもをかわいがるのではなく、ピシッとメッセージだけ伝えたら、あとは結構ドライみたいな感じの母だったので、皆さんが「お母さん」ということばを聞いたときにイメージする印象ってさまざまかもしれないですけど、温かいお母さんっていうよりは、なるべくあんまり関わりたくないって言ったらかわいそうだけど(笑)、やっぱりとても厳しかったので、そんなに甘えたいとは思いませんでしたね。

子どもって周りと比較して生きてないから、自分が与えられた環境が自分の環境だと信じている部分もあったので、大人になって、むしろ自分が家庭を築いたり、友達の家庭を見て初めて「うちはこんなに違ったんだ」って、そこで初めて差を知るというか。あと、「これはやっちゃダメ」「あれをやっちゃダメ」ということを一切言わない母で、「これは危ないから、包丁はこういうふうに使っちゃダメ」とか「こういうとこにちゃんとしまいなさい」と1度ぐらいは教えてくれるんですけど、そのあとガミガミ言う人じゃないから「勉強しなさい」も言われませんでしたし、「家に何時までに帰ってきなさい」とかそういうことも言われませんでした。鍵をもらって「この鍵がなくなったらあなたは家に入れないよ」っていうだけなので、本当に小さいころから大きな自由を授けられた代わりに、自由の重責というか重荷をわりと早いうちから知ってしまったので、お友達が思春期になって親のルールからはみ出したいって当然思うじゃないですか? それがすごく「健やかだな」って思っていて、私はむしろ止めてくれる人がいないし、責任は自分が取らなきゃいけないから、ある意味「自由ってなんて苦しいんだろう」と思ってましたね。

――希林さんは子どもの力を信じていらっしゃったんでしょうね。

内田: そもそも私を子どもとして扱ってなかったですね。それこそヨチヨチのころから。もちろん赤ちゃんことばは使わなかったですし、大人と話すようなあの語り口で私に何でも話してくれたし、子どもだから言わない・教えないとかも、あまりなかったように思えますね。ずっと母と子の関係性っていうのは、ある一定の距離感を保ったまま近すぎて苦しいということもなかったです。もちろん肝心なところでは、いろんなアドバイスをくれたので、ほどよい距離感を保ってたんでしょうね。

母親業って孤独なんだな

――19歳で本木雅弘さんとご結婚されて、21歳で長男の雅樂さんが誕生されたということは、母としての人生のほうがその前の人生よりも長くなりましたね。

内田: そうですね。今言われてドキッとしました(笑)。
大学の途中で結婚してしまったので、ちゃんと社会に出て世間にもまれるということをしないまま、新しい家庭を作り始めちゃったので、ずっと自分が大人になったという自覚が持てないまま結婚し、あっという間に子どもができたので、母親業は戸惑いの連続でしたね。夫は忙しかったし、母も当時は同居ではなかったので、「こんなに母親業って孤独なんだな」っていう…。小さいころの孤独は自分だけを守っていけばなんとかなるけれども、母親になるということは、小さな命を自分の力で守って育てていかなきゃいけないっていう大きなものと対峙している孤独ですかね。友達はみんな大学生や働いている人もいたし、すごく寂しかったのは覚えています。その2年後に長女が生まれたので、ちょっとにぎやかになってきて、「家族」という人間の共同体じゃないけど(笑)、そういう感じが出てきて、兄妹同士も助け合ってくれてるし、子どもに私自身が育ててもらったっていう感じですね。

――長男の雅樂さんは23歳、そして伽羅さんが21歳。次男の玄兎さんが小学校5年生ということで。

内田: ふだんは4人で。今夏休みになったので、娘が帰ってきて、ぎゅうぎゅうに暮らしています。

――やっぱり5人そろうとうれしいですか?

内田: 最初は新鮮ですけど、やっぱり時間とともに、お互いにうっとうしくなってきて「ああじゃない、こうじゃない」って小さなことでもめてます(笑)。「勉強しなさい」だとか「そんな夜更かししないでこうしなさい」とか「もう少し身ぎれいにしなさい」とか、そういうことを自分が言われなかったぶん、子どもたちに言ってしまうんですね。なかなか母のようにでんと構えていられないっていうか、やっぱり反面教師でしょうね。普通のお父さんお母さんがいて、兄弟や子どもたちがいる、そういう家族はなんかこう、ファンタジーのようなものだったんですね。うちもいびつなところもたくさんありますけど、「なかったものはこういうものなのか」と思いますし、たわいもない日常の1コマがいとおしく感じられます。

「違うからこそおもしろいんじゃない」

『何で家族を続けるの?』
内田也哉子 中野信子著
文春新書

――ことしの春、内田也哉子さんは『何で家族を続けるの?』という本を出版されました。これは、脳科学者の中野信子さんとの対談をまとめた本で、同世代2人の家族についての考え方や家族の未来のカタチが見えてきて本当におもしろく読ませていただきました。

内田:
全然違うフィールドで生きてきた同い年の女性2人が、「家族について考えること」をテーマにして話したんですが、やっぱり普通の家庭っていうのはどこにもなくて、みんな1つ1つ違う家族のカタチで、正解も間違いもないということがより明確にわかりました。中野さんは私が抱えていたいろんな悩みやトラウマとかを、こういうふうに捉えると楽になるんじゃないかと示してくれた。ある種、カウンセリング的なとても深いところで何か交流ができたなっていう、とてもありがたいひとときでしたね。

――15歳で本木さんと知り合って、エアメールで文通して、ほぼ初恋みたいな方と結婚。結婚した日にはじめましてっていう感じだった、って書いてあったんですけど、結婚というものを当時はどんなふうに考えて、決意されたんですか?

内田: 全く考えてなかったですよ、まだ15歳の中学校3年生ですから(笑)。結婚という話が出たのは17歳のときでしたけど、まだちゃんと恋もしていないし、ちゃんと世界を見てもいないのに「どういうことなんだ」って私のほうがびっくりして、腰が抜けそうになったくらいです。

結婚の話が出たとき母にその話をしたら「そういうのもありね」「そういうふうに早く人生お先にね」と。よく「片づける」っていう悪い表現するんですけど、「早く家族を築き上げる作業というか、そういうことを先にしちゃって、そこから子どもたちの手が離れたら、好きな仕事を見つけるということだって全然いいんじゃない」と。そのときはパリにある大学にいたんですけど、それも「休学していいんじゃない?」ということで。「なんで?」と聞いたら、「結婚や人との出会いは計画してできるものじゃないから」と。自分にとって大事なご縁だと思ったらつかみ取ってほしいということだと思うんですね。一応、社会的通念の中で決まりがある学業を終えてから社会に出て家庭を築くというルールはあるかもしれないけど、それがちょっと入れ代わったってやっていけるんじゃない?っていう。やっぱりそこらへん、母はとても柔軟な考えの持ち主でした。私もまだ別に結婚したいって気持ちが固まってたわけでもないのに、「ああ、そうですか~」っていう感じで決まってしまいました。

――そのことばが後押しになってご結婚されて、でもしばらくして、離婚も考えたようなことも書かれていて。やっぱり理想と現実は違ったんでしょうか?

内田: 全然違いましたね(笑)。まず父親が家庭の風景にいなかったことにより、「男性が家の中にいる」ということが全くイメージできていなかった。ある意味カルチャーショックですね。ちゃんとしたおつきあいを経て結婚じゃなくて、文通ということばと理想と夢の世界だけで、お互いつながった気になっちゃっていて、実際に結婚式を挙げたその日から共同生活を始めたときに、夫はとても忙しかったのでほとんど家にいないし、「これはどういう共同作業なんだ?」というところから行き詰まってしまって。ようやく帰ってきて会えたときにはなんだかギクシャクして、つまらないことでもめていました。

私は夫と何かを見たり味わったり経験したりして、共感したいタイプだったんですけど、夫の場合は共感できることもすてきだけれども、人間だから違って当たり前、夫婦だから何から何まで一緒なわけではないし、その違いを愛でるような感覚でいました。私は間違い探しみたいな、「こんなに違う、こんなに違う…どうしよう、どうしよう…」となっていたところで、「違って当たり前。違うからこそおもしろいんじゃない」ということを、お互いに心のリズムを合わせていくのに、26年経ったんですけど、ようやく…それでもまだもめてますから(笑)。

――そういう考え方は、なるほどって思うところもあったんですか?

内田: 今でこそ本当にそうだと思います。私の両親は、すごく似ているもの同士なんですね。見た目とか雰囲気は違うかもしれないけど、魂の部分の激しさが似ている夫婦で、だからこそぶつかって離れてしまった夫婦なんです。だから私からすると、本木の考え方っていうのが新鮮で。最初は新しいものだからカルチャーショックでうろたえましたが、家庭だけじゃなく、社会に出て出会う人たち、違う考えを持つ人たちともそういう心持ちでいればいいんだなっていう学びはもらいましたね。

――初めての子育ていろんなことがわからず、思うようにいかなくてつらいっていう時代は皆さんあると思うんですけど、也哉子さんはどうでしたか?

内田: 間違いなく長かったですね。ただそのときに、夫も時間があるときは協力してくれたし、母も途中から同居することになったんですね。それは母からの提案で、子どもが育っていく中で、みんな核家族が多いけれども、せっかく年寄りが今ここにいるんだから、子どもたちのためにいろんなジェネレーションが家庭の中にいるってことを試してみないか、というふうに言われて。むしろ母はすごく、1匹オオカミだったので、ひとりで生きるのが得意だし好きだったから、別に一緒に住まなくてもよかったんでしょうけど、私たちが危うかったんでしょうね。私たちだけの考えで固まっちゃうことが。でも実際そうだったんです。子育てしている中で、いろいろ紆余(うよ)曲折があるたびに通りすがった母が投げたひと言が、「あっ、なんだ! そういう考え方もあったな」って楽になれたり、逆にけんかになって「そんなに口出さないでよ」とかって大ごとになることもあるし。もちろんそんなにいいことばっかりじゃないんですけど、母の言うように、いろんな考えの人の意見を聞けて、当たり前に若い世代から年配まで混ざってるのはとても豊かなことだっていうのは、身をもって体験できましたね。

――樹木希林さんは、ことばで手伝うって言ったら変ですけど、ことばで気持ちを広げてくれたんですね。

内田: あまりわかりやすい孫の可愛がり方はしてくれなかったですね。でも心が行き詰まったときにこそ、スッと何かおもしろいアイデアをくれる、っていう意味ではとても助かりましたね。

家族であってもいい距離感を作る

――本の中で也哉子さんが、「家族をテーマに話すことは、私はどう生きてきたか、どう生きていきたいかという、生き方について考えることになる」とおっしゃっていてすごく心に残りました。

内田: 結局みんな一人で生きている人はいなくて、この世に生まれてきたってことは、一応父親と母親がいたから生まれてきたわけで、そういう意味ではみんな家族です。ときには重苦しくなってしまうしがらみもあるけれど、そこがやっぱり人間の基盤だとしたら、そこをどう捉えていくか、苦しいのだったらどういうふうに自分にとっていい距離感にしていくのか。そういうことって案外一番身近なことだからこそ避けてきた部分もあるし、近すぎて見えづらくなってきたこともあるし。だから、家族ということを考えてみることで、いろんな自分自身が見えてきます。

――家族にとって大切なことは、どんなことでしょう?

内田: 中野信子さんとの対話を経て、特に色濃く思ったことは、家族って言っても隣に歩いている他人とそう変わらないんですよね。ついつい私なんかも自分の子だからっていうことで、ちょっと境界を越えすぎていろんなことを言ってしまったりすることの積み重ねで、子どもにとってすごく重たくなってしまうことって、よくあると思います。「親だから」「兄弟だから」「子どもだから」「夫だから」って、肩書を1回外すのは難しいんですけど、家族と構えるのではなく、一人一人を個々と思って、それぞれに違う距離感、心地よさがあるから、自分の心地よさと相手の心地よさを想像してみることで、うまくいい距離感を作っていくという…。だからまさに人生そのもので、血縁じゃなくても周りの人たちとも、どんなつきあいができるのかにつながっていくことを教わりました。まだまだ私も途中なんですけど。

360度の見方があるっていうのを忘れないでいなきゃって、自分で思うんですけど、やっぱり一方向からしか見えてなくて、ちょっと角度を変えただけで、こんなに変わって見えるのがまた人生のだいご味でもあるので、ゲーム感覚っていったらあれですけど、いろんな角度から眺めてみるのがいいかもしれないですね。

真夜中の子育て応援団
ママ☆深夜便

毎月第4木曜日
[R1] 午後11時05分~翌午前5時00分
[FM] 午前1時05分~午前5時

詳しくはこちら


【放送】
2021/06/25 ラジオ深夜便 「ママ深夜便☆ことばの贈りもの」 内田也哉子さん(エッセイスト)


<内田也哉子 娘として母として考える家族のカタチ(後編)>へ

この記事をシェアする