若者たちが語る「アフターコロナ」6回シリーズ ③社会を変えるには?

22/01/09まで

新春トーク 若者たちが語る「アフターコロナ」

放送日:2022/01/02

#インタビュー#コロナウイルス#政治#経済#環境

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新型コロナウイルスの流行をきっかけに、これまでの常識が覆り、先の見通しが困難な中で迎えた2022年。女優の松本穂香さんがナビゲーターとなって、社会と向き合い活動を続ける同世代の三人が、「アフターコロナ」を生きるヒントを6つのテーマで語ります。

【出演者】
能條:能條桃子さん(大学院生、「NO YOUTH NO JAPAN」代表)
斎藤:斎藤幸平さん(大阪市立大学准教授、『人新世の「資本論」』著者)
安部:安部敏樹さん(社会起業家、「リディラバ」代表)
松本:松本穂香さん(女優)

社会は変わる。コロナ禍の実感

松本: 続いて、いまの社会を変えていくにはどうすればいいのか、という議論に進みます。それでは斎藤さん、お願いします。
斎藤: コロナ禍で自分たちの生活が、本気になればいかに短期間で大胆に変わるのかというのを、みんなが体験できた貴重な機会だったともいえると思います。これほどみんな服を買わなくなったり、飲み会もしなくなったり、家族との時間が増えてそういう時間もいいなと思い直したり、人によってはキャンプに行くようになったり。ライフスタイルがどんどん変わっていって、しかもそれを政府が援助して「時短営業してください。その代わり補償は出します」と。とにかくこういう危機にみんなで一緒になって頑張って、主体的に取り組みましょうという結果が、日本人はまじめだから、やろうと思ったら本当に渋谷とか人がいない感じになったわけですよね。

僕が最近考えているのは、こういう緊急事態みたいなものって、まさに気候変動。スケールでいったら、僕に言わせれば「大きい緊急事態」なんです。それをどうやったら、気候変動に緊急事態の論理を持ち込んで社会を短期間で大きく変えていけるか。その際に既存の、さっきのコンビニの例で言えば「コンビニが24時間あいていることは、フードロスの問題を考えるうえでなくしていかないといけないんじゃないか」とか、そういうところにみんなの意識がぐっといくような仕組みを何とか作れないか。

だけど、いま見ていると現実は「コロナ前に早くリベンジ消費で戻ろう」みたいになって、あと2年くらいするとすっかり忘れて、「あれっ、地球環境やばくない?」みたいに10年後、20年後にはなっちゃう未来が薄々見えちゃうから、何とか止めるためにはどうしたらいいか、二人にアドバイスをいただきたいなと思っているんですよね。

対立を生む短期間の変化

安部: 僕はいまの斎藤さんの話は、環境問題に焦点を当てるにしても、難しい分岐点を含んだ問題だと思っていて、それは何かというと、変化の時間を短くすると過激にならざるをえないんだが、過激なラディカルチェンジを、大きな変化の兆しを作るということはどれくらい許容されるのか。例えばイギリスとかだと、Extinction Rebellionとか……
斎藤: 「絶滅への反逆」という……
安部: それからInsulate Britainとかいるんですよ。いくつかやばい団体が。
松本: はい! 松本穂香です。またまた難しいワードが出てきたので解説します。「エクスティンクション・リベリオン」、略してXR。「絶滅への反逆」という意味のイギリス発祥の市民運動です。地球温暖化が危機的状況であることを知らしめるために、町の一部を占拠するなどちょっと過激な行動で知られています。安部さんの話の続きを聞いてみましょう。

安部: そのやばい団体が何をするかというと、日本でいう環状何号線みたいなところをそのまま占拠して車を止めます。車を止めると、物流もできないし救急車も行けません。そうなると当然、もしかしたら緊急で手術したら救われたかもしれない人が死んでしまうとか、それがきっかけで脳性まひが残りましたとか、すでに存在しているわけですけど、こういうものは許容されるのか。

いわゆる過激な運動として大きく変化を求めている側からすると、とはいえ環境問題は10年、20年のスパンで見たら何百万という人が死にうるものであって、こういうものに対して、それでも変わらないのであれば、暗ににおわすレベルですけど「やむを得ない」と。環状何号線を止めて救急車止めて助かったかもしれない人たちが死んでしまうことは、「やむを得ないよね」と言っている人たちの勢力がある。

日本だとこういう勢力ってあまり出てきてないですけど、ヨーロッパであればそれなりに支持を受けているし、それなりに力を持っている現状があるときに、さっきコロナの話が出たけど、コロナって都合の良いもので、責任者がいない。誰が起こしたかよく分からない。だけど、みんな困ったねと。だから一致団結してがんばろうって言いやすいんだけど、人為的に起こされる変化の兆しというものは、基本的に対立が出てくるわけです。コロナだと「コロナに向けてみんなで一致団結頑張ろう」でいけるんだけど、イギリスのやばい団体があったとして、そのやばい団体が環状線を止めたよと知った瞬間、環境問題がやばいかどうかよりも「それによって死んだ人が出ているのにお前らどうやってその責任取るんや」というところで対立が生まれるのがあって、なかなか内部から人を起点にした変化を作っていくことの難しさが、実際環境問題のところに出てきていると思っていて、このへんは皆さんどう思うか聞いてみたいです。

能條: 救急車が通らないのは問題だと思うし、そういうやり方をすべきではないと思うけど、2つしか選択肢がないのか聞きたい、というか。本当に過激な運動をして、それで政策変化が起きるか、ゆっくりやるかの2択しかないのか。過激なやり方をせず、そしてちゃんと必要な変化、それは例えば、確かにコンビニを急に来週から何時間少なくしますとかはないけど、石炭火力発電を新しく作るのやめますとか、そういうのはもう少し話が違うのかなと思うのですが、どうですか?
その2択なのかなと思ってしまうというか…。
安部: 私は現場だけではなくて政策を作ったり事業を作って問題解決したりを仕事にしているので、日々そのジレンマには向き合いますが、やっぱり難しいですよね。既にあるものは、多くの人の生活がそこを基盤に成り立っていて、これを急に外そうとすることは、その人たちの生活においては極めて危機的な状況に陥る。これは死ぬ気でここの守りに来るというのが…、政策を作るにしてもそうだし、あらゆるいろいろな変化を作ろうとしたときには…、それは当然ですよね。自分と自分の家族を守るために、それが地球環境に悪かろうが、ここだけは守らねばならないというのがあったら、みんな死ぬ気でそこに対して動くわけです。なので、そこをさらに抑え込もうと思ったら、より大きな力で変化を作ることをしないといけないので、対立が生まれるし。ゆっくりゆっくり変えようと思うと、極端な話、その人たちが定年退職するまで待たないといけない。でも定年退職まで待っているうちに地球環境が人間にめちゃくちゃ悪くなるかもしれない。これはどうしようかね、みたいな話は…、ある程度、もちろん第3の道もありうるけど、二項対立になりがちな話だと思います。
能條: 守るというのはたしかにそうだと思うんですよ。既存の雇用があってそこをどうするかというのがあるけども、救急車の例は人が死ぬかどうかじゃないですか。でも、雇用ならたとえば日本は昔、石炭を作っていて炭鉱を開いていて、炭鉱を閉じていったわけじゃないですか。そのやり方が良かったのかは分からないけど、結果として今は炭鉱なんて無いわけだし、それはどこかで雇用がちゃんと補われたりとか、短期間では貧困も生まれたから、いまの日本の地方を見ていると難しい例もあるけど、XRの例を出すと、いまの命をかけてでもやるべきなのかどうかという話になりがちだけど、命をかけるレベルではなく、もう少し二項対立の見せ方も変わるのかなと思うというか。

歴史に学ぶ本質的な変化

斎藤: 歴史の例を見ていくと、私はこのあいだ水俣に行ってきたのですが、水俣の患者の方たちって最初は少数で、村八分みたいな状態にあっていたわけです。でもそういう状態にも関わらず、そこで声を上げて自分たちの町で一番大きな企業を相手に裁判を起こそうと思ったらバッシングが飛んできて、場合によっては脅されたりするわけです。それにもかかわらず、裁判をしていくとか。

いまの日本の民主主義の在り方が、僕は「絶滅への反逆」が全面的にいいと賛美するわけではないけど、ああいう運動もあって、これは果たしていいのか、地球環境を守るためにそういうことをしていいのかとそういう議論が巻き起こることが民主主義だと思っているのですが、いまの日本の空気って、そもそもそういう人たちは、民主主義を壊す、否定する野蛮な人たち、みたいな扱いになっている。そういう運動も全然ないし、若者たちではやっている「未来のための金曜日」ですら、日本だと学校ストライキとかもしないんですよね。そういうのを見ていると、ましてや気候変動なんて、水俣の問題とか原発の問題とかよりももっと大きな問題を前にして、私たちが署名集めをしたり、みんなで政治家に懇願したりとか、選挙で投票したりして変わるものかというと、到底そうは思えないんですよね。
安部: さっき炭鉱の例が出たじゃないですか。なぜ北九州の炭鉱が急速に衰えたのかというと、代替の別のエネルギーが出てきて、そこに対して一気に経済が流れ込んだから。何が言いたいかというと、もともとあった急速で早く対立が起こる変化と、ゆっくりじわじわとした本質的な変化の二項対立としたときに、もし第3の道があるとすると、それを滑らかに移動させていく仕組みというものが一応存在していて、それが経済です。つまり一定の速度を担保しつつも、大きくそちら側に人を移動させていく。「そちらでもメシが食えますよ。生活が安定しますよ」ということで誘導性を持たせるというのが経済の本質で、なので経済をどこまで評価するかは極めて難しいんだけど、対立がなく、大きく、早めの変化をするというものの人類が生み出した一つの発明品が、僕は経済だと思っているんです。

そこで言うと、経済を否定するよりも、経済をある程度肯定しつつダメなものを取り込んでいく。環境の話って指標に取り込める少し兆しが見えていますから、それを取り込んで早くしていくほうが、結果として対立が少ない可能性がある。あるいはスピードも間に合う可能性があるというのが一点あると思う。

もう一点は、本当はもっと早く、ゆっくり本質的な解決をしておけばよかったわけですよ。そういうことがずっと、この社会はできずにきている。特に日本は苦手だと思っていて、それが例えば年金とかの問題です。人口動態の話ってずいぶん前からわかっていたし、厳しくなることも30年、40年前からわかっていたわけですよ。わかっていたけど誰も手をつけなかった。ここは正直な話、僕は自分より上の世代に対して「それはやっておいてよ」と思うし、その数十年後に僕らが「やっておいてよ」と言われないためには、いまから本質的なところに手をつけておいて、自分が高齢者になったときに30年下の人たちに「さぼってないでよ。あなたらのせいで私ら大変よ」と言われないようにするには、同時に進めておいたほうがいいと思います。
能條: 後半の話は、私もそれは、年金問題みたいな社会保障に対しても思うし、環境問題も同じだと思うんです。やっておいてくれれば良かったと。再生可能エネルギーもっと日本企業が強くなっていてくれればこんなに大変じゃなかったのに。結局原発に舵を切って311があってとなっているからこそ、これからは、いまの新技術で石炭火力でではなく、変わってほしいなというのは、普段思っていることとして一つあります。あと、前半の経済の話について言いたいのは。滑らかに変わるのが経済だと思うのですが、経済=資本主義、ではないと思っていて、経済って互酬とか再分配とか交換というのを含めて経済という定義もあるじゃないですか。経済の滑らかさは大事だけど、結局それでまた第2の同じ流れを…、逃げているだけになると思うので、スライドしているだけだったら。というのは、考えていきたいと思いました。
安部: 自分の人生をかけてやる1つのアジェンダはそれなのよね。つまり、外部不経済をどのように取り込んでいけるような新しい相互作用の仕組みを人類の中に埋め込むかというのが、自分がいま一番やりたいことであり、13年前からやりたくて続けていることなので…、それは本当そのとおりだなと思うよね。

松本:
新春トーク、若者たちが語る「アフターコロナ」、前半はここまでとなります。皆さん、いかがでしたか? 経済思想家で『人新世の「資本論」』著者の斎藤幸平さん、社会起業家で「リディラバ」代表の安部敏樹さん、「NO YOUTH NO JAPAN」代表の能條桃子さんにお話しいただきました。正直なところ私には少し難しい内容だったんですけど、いかに自分が無知だったか、少し反省しました。後半も皆さんの話をしっかり聞いて、学んでいきたいと思います。引き続き、後半をお楽しみください。松本穂香でした。

④に続く

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2022/01/02 新春トーク 若者たちが語る「アフターコロナ」


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