若者たちが語る「アフターコロナ」6回シリーズ ②環境問題

22/01/09まで

新春トーク 若者たちが語る「アフターコロナ」

放送日:2022/01/02

#インタビュー#コロナウイルス#環境#SDGs

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新型コロナウイルスの流行をきっかけに、これまでの常識が覆り、先の見通しが困難な中で迎えた2022年。女優の松本穂香さんがナビゲーターとなって、社会と向き合い活動を続ける同世代の三人が、「アフターコロナ」を生きるヒントを6つのテーマで語ります。

【出演者】
能條:能條桃子さん(大学院生、「NO YOUTH NO JAPAN」代表)
斎藤:斎藤幸平さん(大阪市立大学准教授、『人新世の「資本論」』著者)
安部:安部敏樹さん(社会起業家、「リディラバ」代表)
松本:松本穂香さん(女優)

環境問題は数値化しやすい

安部: 環境問題みたいなものに特定するのであれば、環境問題は経済と相性がいいと思います。なんでかと言うと、PPMで測れる、CO2が。

僕が思うのは、経済は数値化できるか定量化できるかの相性で決まると思っていて、環境問題に関しては、社会問題全般というより広い分野にいたときに、最も早く経済と近づいている領域である。それだからESGとかSDGsが、本当にそれが正しいかはおいといて、経済分野が取り組みやすいので手が出しやすくなっている場所ですよね。それこそ例えば「ESG投資」といわれるものがあるけど、ESG投資って、環境・社会・Gはガバナンス、ほかになんて言えばいいかわからないですけど(笑)。
松本: たびたび、松本穂香です。難しいことばが出てきたのでちょっと説明をしますね。ESG投資とは、持続的な成長に必要な「環境・社会・企業統治」に配慮した企業に投資する仕組みのことです。また、最近よく聞くSDGsとは、国連が定めた持続可能な開発目標で、2030年までに気候変動対策や、ジェンダー平等など17の目標を達成することをゴールとしています。

安部: ESG投資って、環境・社会、企業統治ですか。3つのセクターがあるときに、実は一番最初に手をつけられたのは企業統治でした。企業統治というのは、株式会社における役員みたいな偉い人たちが、勝手に自分たちに都合のいいことをやってないですか、と。ほかの株主たちは損するけど取締役会の人たちだけが得をするのはダメじゃないか。あるいは会社自体が社会に悪いことしたらダメじゃないか。そういった企業統治をしないといけない。これは実は、企業統治が緩いとすぐに株価に跳ね返ってくるので、非常に多くのステークホルダーが納得しやすかった。

次が「E」、環境です。環境はCO2が計測可能であると。僕は排出権取引に関してはすごいと思ってるんです。本当にルールになったなと。それで本当に世界がよくなるかはおいといて、見えないCO2を基準に取り引きされて証券化されていくということが、グローバルなルールメイキング、世界的なルールとして成立したというのはすごいことだと思っていて、これが2個目のEです。

一番難しいのは「S」だと思っていて、例えば認知症のおばあちゃんが、孫に会いたいけど孫のことがわからない苦しみを、どのように数値化していけばいいのか、定量化するのかというのが正直わからないですよね。この部分が最後まで経済と相性が悪い領域として残っていて、個人的には、Eのところはもし経済的な論理と相性をもって解決できるのであれば、それはそれでいいんじゃないかと。むしろより本質的な人の心の痛みとか、こういうものに寄り添いながらも「お金がないなら、それは意味がないですね」と言っちゃうこの現代の社会のほうをどうにかしたいっていうのが、個人的に思っていることです。

数値化したら解決するのか

能條: 確かに最初ガバナンスから始まって、それで環境は数値化しやすい、二酸化炭素の排出量だけでいえば。だから解決しやすいというのは確かにそうだなと。

一方で、いまその排出権でやっているのって結局数値の渡し合いになっているんじゃないかなという問題意識も私自身あって。いまの発展途上国が本当に豊かな発展をするために先進国としてやらないといけないことを、排出権というのを1個の切り札に……。国際的な議論の中でも、解決しているように見えても結局、実質私たちが例えば洋服を中国でたくさん作ります、着ます。で、結局作る量は変えられてないよねって。排出権の話では解決していく方向には向かうんだろうけど、本当にそれを続けていて資源は限られているのに収束するんだろうかというところで言うと、数値化するだけでは解決されていくと言えるのだろうかというのが1個問題意識としてあります。

Sの部分も、認知症の例をとるとそうですけど、でもほかにも賃金の話とか、格差の話とか、女性の給料、特に非正規雇用が多くてという話とか、数値化される部分ももちろんあるじゃないですか。でもそっちが進んでいるのかといわれれば、やはり賃金の格差も広がっているし、この20年、平均世帯年収だけでも下がってきてしまっている状態の中で、なんか私はESG投資ということばに期待する面もあるけど、ESG投資ですべて数値化したからといって、みんなの価値観とか優先順位みたいなものをどう変えたらいいかわからないけど、変わらないとなかなか進まないのかなと思っている問題意識もそもそもあります。

なので話を聞いていて、確かにそういう見方のGがあって、先にEがあって、Sが一番難しいんだ、社会のところが難しいんだっていうのは、確かに数値化しづらい意味ではそうだなと思いつつも、「数値化できれば解決」のところに、まだ疑問がありますね。

その目標、達成するのは誰?

斎藤: 僕が本(『人新世の「資本論」』)の中で「SDGsは大衆のアヘンだ」と言ったのは、SDGsということばがこれほど広がって、いろんな企業が「取り組みます」と。環境もそれを使って数値化できるし、場合によっては企業の業績もアップする意味では取り組みやすいからこれほど広がっている一方で、SDGsを使って中国でばんばん洋服を作って、「これで従業員の給料を払っているのでもっと買って応援してください」みたいになると、環境の問題が犠牲になってしまったり、究極的なブレーキとして、もし地球環境問題に取り組むことが私たちがもうけることにブレーキをかけたり、あるいは自分たちのもうけを減らさないといけないような深刻な制限があるとしたら、ESGの論理とかSDGsのやり方だけでは踏み込めなくて、最終的には将来の世代にツケがいったり途上国の人たちの生活が救われなかったりが起きてしまうし、実際にすでにそうなっちゃっている。

だから私は能條さんたちが、だからこそ若者たちはもっと積極的に声を上げていかないといけないという運動をされていることも応援したいと思っているし、安部さんがやられているような、そういう数値化されないところからまさに目を向けつつ、そこからたぶん実践もいろいろされていると思うんですけど、そういう取り組みと、どうSDGs、ESGみたいな最近の流れをどれくらい対決させるのか。あるいはそこでうまく協力していくのかというのは、いろんな現場でやられている人たちが悩んでいることだと感じるんですけど、私はわりといまのところ批判的なスタンスです。
安部: ちなみにSDGsに俺はすごい批判的です。斎藤さんよりもはるかに批判的なんだけど、なんでかというと、SDGsは騒ぐような話では本来ないわけですよね。MDGsが手前にあってそれに数値目標を付けましたと。169ある指標の中で「この数字を達成できると地球的にはよさそう」みたいなことを、勝手に国連が言った。

これの一番の欠点は何かというと、この数字、KPIといってもいいです。達成必要な目標とする数字があるんだけど、「誰が達成するか」というのは誰も決めていないんです。あらゆる目標設定において一番ダメな施策というのは、数字は決めるが責任は負わせないということで、「誰が達成するか決まっていない数字は達成できません」という前提がある。その観点から見ると、そもそも十分じゃないでしょう、SDGs。企業がなんか「これはSDGsです」と言っているものがあったとして、それは目標達成に対しての貢献度合いとともに示さないといけなくて、それが示されていない以上は基本的にはただのウソです。という話なので、極めて批判的なスタンスになります。

ただそれでも、ここまで広まったから使えるものは使っておこうと。少しでも社会が前に進むために使えるなら使っておこうというのが、僕らからするとSDGsやESGに対するスタンスです。現場に近いところにいる身からすると、とにかく非常に現場は厳しい。厳しいときに、正しいか正しくないかよりも、まず問題解決されていくには何が必要かがすべてだと思っているので、「使えるものは何でも使わせてもらいまっせ」と。で、それを使ったうえで、少しでも問題解決して前に進むのであれば、何でもいいかなというのが正直なところ。
能條: SDGsができたことによって、高校や中学でも扱われるようになって、テレビでSDGsウイークとか作って「おばあちゃんも知ってる」みたいになるから、実際SDGsがどこまで数値目標を達成するかわからないけど、広報みたいな意味でいうと成功しているのかな。
安部: 日本では成功していますよね。ここまでSDGsっていう……。言ってみれば、「数値目標を言っているだけ」ですから。それに対してある種のイデオロギーが乗っかってきて、みんなでファッショナブルにコメントするのは、ちょっと異例といえば異例ですよね。
斎藤: それが逆に、学校教育とかでやばいわけですね。最終的に結論としては、「みんなで今日から何ができるか考えましょう!」と言って、一人一人が、私は節電しますとか、節水しますとか、マイバッグ持ちますとか、本当に小さなアクションに最終的には落とし込まれてしまって、その小さな一歩がないほうがいいという考え方もあるけど、他方で小さな一歩を私たちが過大評価した結果、本当にしなければならない大胆な跳躍をすることを忘れてしまったり、小さな一歩で満足する人が増えてしまって、どんどん超えていこうとする人たちが「あいつらは過激だよね」とか言われる状況は何としても避けたい。それが、私が「アヘン」と言う理由なんです。
松本: 新春トーク、若者たちが語る「アフターコロナ」、まだまだここからです。環境について私たちにできることは何か、さらに議論は深まります。

主体者として考えるには

安部: やはりシステムを大きく変えるのは時間のかかることだと。それを急激にやろうとするほど犠牲は大きくなる。なので僕は「主体者として変えよう」という観点で見ると、やっぱりいまあるシステムは先人が作ってきたシステムであり、そこに対しては一定の敬意が必要で、それを変えていくのであれば、長い時間のチップをかけたらいいんじゃないですかというのが根本的に思っていることです。例えばさっきのSDGsの話。僕はこういう議論をするときは、いかに自分たちが主体者として考えるかが大事だと思っていて、SDGsの話はまさにそうです。よくわかんねえ。ビニール袋を買わなくなったらOKかというと、そんなわけない。

だけどウチの具体的な事例で、SDGsという文脈がはやったおかげで、われわれ、中・高生向けに社会問題の現場に連れていく旅行を修学旅行に入れているんですね。これまで何万人という子たちが現場に行って問題を見てきた。例えばどんな現場を見るか。食品廃棄の現場に行きます。そこで言われることはどんなことか。学校で皆さん、もしかしたら「食べ残しはいけません」と言われるかもしれない。そんなものはたいした話じゃない。もちろん食べ残しを減らすのも大事だけど、そんなことよりも、この現場を見に行けと。どの現場か。それは食品工場ですと。

その食品工場では毎日コメが炊かれては、1トン、2トンという単位でそのまま捨てられてます。なんでかというと、コンビニエンスストアに皆さん行きますよね。コンビニエンスストアと食品工場には契約があって、1時間以内にお弁当を納品しないと罰金ですと、そういうルールがあるんですね。そのためにはコメを炊いて待機しないといけない。だけどコンビニからお呼びがかかることはほとんどない。そうするとコメを毎日何トンと炊いては捨てるということを、いろんなところでやっているわけですね。

これは明らかに、この国のフードロスを考えたときには、あなたたちが食べ残しを減らしても変わらないよね、と。これを変えるためには、結局流通構造を変えるとか、あらゆる経済的な仕組みのところを変えないと問題解決しません。「そのためには皆さん何ができますか」と考えてもらって実行してもらう機会を、学校にいろいろ納品しているわけです、僕らは。

SDGsというはやりことばに乗って、そのぶん多くの学生が来るようになった。それって、大きなはやりことばができたときに、実際に自分たちが主体者として何を解決策として提供するのかというのが、ビニール袋を有料化することなのか、構造的な問題解決のところまでさしに行くのかは、どういうサービスが存在していて、そのサービスを学校の先生がどちらを選ぶかという、これに尽きる話だと思うので、やはりベストなはやりはないが、はやった以上はそれを使って、いかに地道にコツコツと多くの人たちを啓発しつつ問題解決につなげていくかが大事という気はしています。

小さな一歩にフィードバックを

斎藤: 個人の意識を変えて、もっと主体的にいろんな問題を考えるようになっていく。そしてそれを単に消費者として変えるのではなくて、いま安部さんがおっしゃったように、背景にある構造も含めて考えるようにしていくことを、まさに私も一番重視していて。それって能條さん、どうですか? 若者は主体的に捉えていないみたいなことが結構言われているじゃないですか。取り組みが変わったりする感じ、あります?

能條: 例えば問題の構造の背景まで知るというところは、確かに学校教育でも総合的な学習時間でやりました。「これが問題です。問題があります」ということまでわかって、「それを変えるために将来こういう職業につくといいね」みたいな話にはなるけど、一市民として何ができるかとか、職業にしないで参加する方法ってなかなか習いづらいと思っていて。

例えば大学生でも、好きなファッションブランドにコンタクト取って、洋服を大量廃棄しない構造に変えてほしいとかそういうのを実際に伝えてみるのって、自分がただ洋服を買わないようにするんじゃなくて訴えかける事例としてあると思うんですけど、そういう取り組みをやり始めている人はいるかなと思っていて。いないわけではないと思うんです。ただ、一般的な意識でどこまで変えられるのかというと、学校教育の中での違いとかはあると思います。
安部: 僕は能條さんのコメントは、いまある環境問題も含めてですけど、あらゆる社会的課題の難しさの肝がそこだと思っていて。つまりは「個人」という、言ってみれば、100億人が地球にいたとして100億人のうちの一人でしかない人が、何かをしたときに、そのシステムや社会が大きく変わることは極めて少ないわけです。ところが、極めて少ないがたまにホームランが出る。グレタさんみたいに。すると「グレタさん、いいよね」みたいな感じで、学校とか大人とかが言う。でも大事なことは、グレタさんをほめることだけじゃなくて、小さな変化を起こそうとした人たちに対してフィードバックを与えること。

人は学習性無力感みたいなものに陥るわけです。「私が投票したって変わらないじゃん」「私がこの買い物を変えたところで所詮環境問題は解決しないよね」となって、だんだん「無力な自分」というものを学習してしまう。だけど本当はそうじゃない。小さいけど重要な一歩であって、その小さいけど重要な一歩に、無力感ではなくて適切なフィードバックを与えた結果、「私はここに参加できる。もっとやれることが増えた」と、一つ一つの小さな意思決定がある種その人の成功体験になって、主体性が高まっていくという環境作りをすることが一番大事なことだと思っていて、かつ、それが難しいことなんだね。

松本: 環境問題について、どこまで私たちが主体的に考えることができるか、それがカギだということでした。皆さんはどう考えますか?

③に続く

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2022/01/02 新春トーク 若者たちが語る「アフターコロナ」


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