【大竹しのぶ サイコロ回顧録】1981年 宇野重吉さんの細やかな演出

24/05/22まで

大竹しのぶの“スピーカーズコーナー”

放送日:2024/05/15

#ライフスタイル#映画・ドラマ#舞台#演劇

放送を聴く
24/05/22まで

放送を聴く
24/05/22まで

リスナーさんから「(母の日に)大学生の息子が何もしてくれず、ことしは当日の昼ごろに財布を持って外出する支度をしていたので、もしかしたらと期待をしていたら、自分の昼食のカップ麺を買ってきただけでがっくりでした」というおたよりに「買い物に行ったのに、カーネーションは目に入らなかったのか!」としのぶさん。ほかのリスナーさんからも「トホホ同盟の仲間として、毎年笑わせてもらっています」と「うぇーん(涙)じゃなくて、トホホでいいか」と今週も生放送でスタート。


大竹しのぶの“スピーカーズコーナー”
R1・ラジオ第1 毎週水曜日 午後9時05分~9時55分

詳しくはこちら

うまい役者じゃなくて、いい役者になりなさい

私、大竹しのぶは去年(2023年)の秋、デビュー作のドラマ『ボクは女学生』の放送開始から50年を迎え、素直には全然喜べないけれども、芸能生活50周年イヤーに入っています。そんな節目を迎えたのを機にこれまでの活動を振り返りつつ、お世話になったみなさんに感謝を伝えていこう、というのがこのコーナー。
今、スタジオには、年代別に私の出演作などをまとめたリストと、サイコロが2つ用意されています。サイコロは、1つが、私がデビューした1970年代の“197”から2020年代の“202”までの数字が書かれた六面体、もう1つが、0から9までの数字が書かれた十面体。この2つのサイコロを振って、出た目の年代の作品について振り返っていきます。

前回は、今から14年前、2010年、舞台『ヘンリー六世』のお話をしました。

【大竹しのぶ サイコロ回顧録】2010年 蜷川幸雄さん演出の『ヘンリー六世』(2024/04/24放送)

それに続く今回は何年が出るのでしょうか。さっそくサイコロを振って、その年について振り返っていきたいと思います。

ちゃらららら~ん♫ (サイコロを振る)
え? 1981年!

24歳のときですね。前にドラマ『和宮様御留』(かずのみやさまおとめ)のお話をしました。

【大竹しのぶ サイコロ回顧録】1981年 撮影中に金縛りにあった(2024/02/28放送)

宇野重吉さんの舞台『息子の結婚』のお話をしたいと思います。これはですね、宇野重吉さんが民藝という、奈良岡朋子さん、大滝秀治さんがいらっしゃる“劇団民藝”という舞台に私が客演したのですけれども。そのきっかけを作ってくださったのが、朝の連続テレビ小説で米倉斉加年(よねくら・まさかね)さんが私のお父さんの役で、香川京子さんがお母さんで、その香川京子さんの友人役として、奈良岡朋子さんが出ていらしたのですね、大滝秀治さんも出てらっしゃいました。

民藝の方が3人出ていらっしゃって、本当にかわいがっていただいて。何せ高校3年生で、パツパツでまん丸で、「はいっ! はいっ!」ってすごい元気な女の子だったんで、「しのぶ、しのぶ」、「しのぶちゃん、しのぶちゃん」って言って、米倉さんの家にも何度も遊びに行きましたし、奈良岡さんにもかわいがっていただいて、いろんなお話をしてくださって……。

「1回うちの民藝の舞台に出たら?」って言って。私の初舞台は『青春の門』という舞台だったんですけど、その演出をしてくださったのが宇野重吉さんだったんです。だから、「宇野さんの演出をぜひ受けたい」と思って、その初舞台のとき、私の出番は2シーンくらいしかなくて、演出を受ける時間が少ないわけじゃないですか。だけど、稽古場にはもちろんずっといて、人のだめ出しとか聞いていて、本当におもしろくて、細やかで「もう1度受けたい」と思っていたので、その夢がかなったのが、この24歳の『息子の結婚』という舞台。

娘さんが米倉斉加年さん扮するお父さんに気に入られて、「うちの息子の嫁にならないか?」みたいな感じで。まず息子さんが絵を描いているので、武者小路実篤さんの原作だったんですけど、モデルになった会話劇だったんですね。

で、その大正時代だったかな、記憶が、確か、確かであればいいんですけども。大正時代の娘さんの役だったんですね。本当に心が美しい娘の役で。

宇野さんの演出が「もっと高い声で」、「もっとゆっくり」、「もっと、もっと」、「もっと高い声で」で声の高さまで教えてくれるんですよ。本当に楽しかったですね。

「そんなことはございませんわ」っていうのを
「もっと高い音で」

「そんなことはございませんわ」
「もう少し高い音で」

「そんなことはございませんわ」
「もう少しゆっくり」

「そんなことはございませんわ」
「もう少し……」

とか、そうやって1つ1つのせりふを全部教えてくださって、「あっ、ここは低い音で…ここは首を振ってから。目線はまず右の斜め前を見て、目線を動かしてから首を動かして、下を向いて…」とか。それをがんじがらめになるって思ってしまうかもしれませんけど、私にとっては、それがもうほんとにおもしろくて…。宇野さんの言ったとおりにやると、本当にその心になって、「なんて、楽しいんだ」と思って、お稽古中、目をキラキラ輝かせて稽古場にいたことを覚えています。

帰りのタクシーに乗ったときも、そのしゃべり方がしみついて「はい、そこで結構でございます」とかタクシーの運転手さんに言って……(笑)。「よろしゅうございますわ」って言って(笑)。ずっとしゃべり方が「そうでございますね。私はそうは思いませんことよ」とかね、そうやってしゃべっていたのを覚えています(笑)。

「劇団のクリスマス会をやるから、しのぶちゃんもいらっしゃい」って言われて、「宇野さんに、何をプレゼントしよう?」と思って。で、私は、宇野先生にセーターを編んだのですね。母に手伝ってもらいながら深いグリーンのセーターを模様編みで編んで、クリスマス会で、サプライズでプレゼントしたことを覚えています。顔をくしゃくしゃに笑って、すっごい喜んでくれて、そのあともお気に入りのセーターになっていたっていうことをあとから聞きました。

で、宇野先生がご病気になってしまって、病院に入院してらしてって聞いて、がんだったんですけれども。私はちょうどそのとき九州にいたんですね。当時、がんによく効く、湧き出る水みたいなのがあって「これを持っていったら喜ぶかもしれない」って言って…。今みたいにペットボトルがあるわけだけじゃないから、ビニールの何かね、でっかい、すごい、それもしかも2つ持って、何に入れていたのかな? すっごい、重い。重くて2つ下げて、病院に持って行ったんです。

「今考えたら本当に迷惑だっただろうな」って思うんですけども(笑)。そのときもセーターを渡したときと同じように顔をくしゃくしゃにして、「おお、来たのか、そうか、そうか……」って言って、きっと、飲まなかったと思うですけれど……あはははは(笑)。

今思い出しました。本当に懐かしいな。24歳の昭和56年ね、1981年の話でした。

でもやっぱり宇野先生に教えてもらったことや奈良岡朋子さんや米倉さんに教えていただいたこと。大滝秀治さんに教えてもらえたこと「しのぶちゃん、うまい役者にならなくていいんだよ、いい役者になりなさい」って、大滝さんがおっしゃってくださったこと、今思い出しました。皆さんありがとうございました。

大竹しのぶの“スピーカーズコーナー”

ラジオ第1
毎週水曜日 午後9時05分~9時55分

詳しくはこちら


【放送】
2024/05/15 「大竹しのぶの“スピーカーズコーナー”」

放送を聴く
24/05/22まで

放送を聴く
24/05/22まで

この記事をシェアする

※別ウィンドウで開きます