特別企画「鎌倉の地理学」なぜ鎌倉に幕府を開いたの?

らじるラボ

放送日:2022/01/18

#学び#大河ドラマ#映画・ドラマ

<らじるラボ>は毎週月曜日から金曜日<NHKラジオ第1>8時30分~11時50分放送中♪
放送後1週間は、「らじる★らじる」の聴き逃しサービスでもお楽しみいただけますよ!

らじるラボ

ラジオ第1 毎週月曜~金曜 午前8時30分

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2022年度から、高校の社会科の授業で「地理総合」として必修科目になる“地理”。
『あれこれ地理』では、そんな今大注目の分野の魅力を幅広くお伝えしていきます。
今回は、1月より放送開始の大河ドラマ『鎌倉殿の13人』特別企画!
「鎌倉の地理」について、予備校講師・村瀬哲史先生と吾妻謙アナウンサーがお届けしました。

鎌倉は理想のロケーション「天然の要塞」

伊豆へ流されていた源頼朝は、なぜ幕府を開いたのでしょうか?
大きな理由は、鎌倉が源氏の祖先ゆかりの地であったこと。さらに、地理的にも多くの利点がありました。武家政権の根拠地にとって最適なロケーションであったと考えられます。
南側は相模湾に面し、北側、東側、西側の三方が山に囲まれていて、防御に優れている、まさに「天然の要塞」とも言える鎌倉の地。
さらに前が海であるということは、海上交通にも便利で、いろいろな物資の物流にも都合がよかったのです。


三方を山に囲まれていると、人や物の行き来も不便ではないの?
それを解消したのが「切通し(きりどおし)」
山を人工的に切り開いて、細い道をつくり、そこを通って鎌倉に入れるようにしました。


「切通し」をつくったら、敵も攻めやすくなるのでは…?
場所によっては、大人ひとりが通れる程度に道が狭められています。そのため、敵が攻めてきても、大勢で通り抜けることは難しい。
さらに、「切通し」を抜けて鎌倉側に入ってきたところに幕府側の兵士を待機させておけば、戦いを有利に進めることができるのです。
鎌倉へと通じる七つの「切通し」は「鎌倉七口」として有名。今もハイキングコースとなっている場所もあるので、当時の面影をしのばせる風景を見ることができますよ!

鎌倉の町の発展は“石のやわらかさ”が理由!?

鎌倉幕府が開かれ、鎌倉の町は大きく発展していきました。鎌倉時代は現在の神奈川県鎌倉市と比べると、範囲は1/3ほど。当時は「鎌倉中(かまくらちゅう)」と呼ばれていたこの狭い範囲に、最大10万人もの人が住んでいたと言われています。(現在、同じ範囲の人口は5万人くらい。)
人々は、「谷(やつ)」や「谷戸(やと)」と呼ばれる、尾根が複雑に入り込み、ひだのように谷をいくつも抱え込む地形を有効的に活用することができました。

理由は、地層が柔らかく加工しやすかったからです!
鎌倉の地層の中心は「凝灰質砂岩」という種類でできており、砂岩に火山灰や軽石が混ざって固まったもので、水をよく含み、比較的やわらかいため、細工が簡単なのです。そのうえ、耐火性もあり大層すぐれものの石。
これを通称「鎌倉石(かまくらいし)」と呼び、人々は特性を活かしながら人力で山を削り、使える土地を増やしたり、切り出した石を石段や塀、敷石などに使いました。

ところどころで岩肌が露出している鎌倉では、今でも数百年前の地層を見ることができます。
次に鎌倉に足を運ぶ際は、こういったポイントにも注目してみてくださいね!

大河ドラマのセットにも注目! 地理的なポイントは?

鎌倉殿の13人

日曜日 総合 午後8時/BSP BS4K 午後6時

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放送中の大河ドラマ『鎌倉殿の13人』では、静岡県伊豆の国市に大規模なセットを建てて撮影したんだそう。
なんとそのセットにも当時の地理的な特徴が隠されているそうです!

静岡県伊豆の国市に建てられた大規模なセット

北条家の館があったとされる、現在の伊豆の国市近くを流れる「狩野川(かのがわ)」。下流部に狭窄部(きょうさくぶ)を持つという地形的特徴と、多雨地帯を流域に抱えることから、古くから多くの洪水が発生。当時は、毎年のように水害が起こっていたそうです。そのため、当時の人々が生き残る知恵として、民家には“船”が常備されていたんだそうです。細かい部分まで当時の様子を忠実に再現しているんですね。

船が備えられている様子が再現されている民家のセット

村瀬先生の「あれこれ地理」は毎月・第3火曜日に放送中! ぜひ、お聴きくださいね♪


【放送】
2022/01/18 「らじるラボ」

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