俳優・迫田孝也さん 人生を変えた“2人の巨匠との出会い”

22/06/27まで

らじるラボ

放送日:2022/06/20

#インタビュー#大河ドラマ#映画・ドラマ

<らじるラボ>は毎週月曜日から金曜日<NHKラジオ第1>8時30分~11時50分放送中♪
放送後1週間は、「らじる★らじる」の聴き逃しサービスでもお楽しみいただけますよ!

らじるラボ

ラジオ第1 毎週月曜~金曜 午前8時30分

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毎週月曜日にお送りしているのは『ラボトーク』。本日のゲストは、迫田孝也さんでした。

“三谷作品”に数多く出演 大きな転機も

吾妻アナ: きょうは、NHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』で源範頼を演じていらっしゃいます、俳優の迫田孝也さんをお迎えいたしました。ようこそお越しくださいました。

迫田さん: おはようございます。よろしくお願いします、迫田孝也です。
吾妻アナ: おじゃったもんせ~。
迫田さん: おぉ!なんで鹿児島弁を(笑)!
吾妻アナ: 迫田さんといえば、鹿児島ということで、まずは「おじゃったもんせ」からいこうかなと。
迫田さん: 吾妻さん、お上手です。
吾妻アナ: ありがとうございます! 『鎌倉殿の13人』では、各地でトークショーが行われていて、きのうも伊豆市であったとか。
迫田さん: 行ってきました。僕が“最期の時”を過ごした修善寺で。
吾妻アナ: 最期の時を過ごしたということで、もういきなりネタバレになっちゃいますけども、「ハッ」という…。
迫田さん: みんな、どう思ったんだろう(笑)。僕自身も気になります。
吾妻アナ: 『鎌倉殿の13人』、これまでも青木崇高さんとかにご出演いただいているのですが、ご出演が、“前の日に最期を迎えて”月曜日のラボトークですから、迫田さんがご出演だと先週予告をしたら、“死亡フラグ”が立ってしまいました。「ということは、やっぱり?」と。
迫田さん: やっぱり、きのうの回で…蒲殿は…。(笑)

鹿児島県のご出身。広島大学を卒業後、役者を志して上京。 劇団「STRAYDOG」に約8年間在籍し、舞台をはじめ、数々のドラマに出演。2006年、映画『ザ・マジックアワー』のオーディションで三谷幸喜さんに出会い、その後、数々の三谷作品に出演。現在放送中の大河ドラマ『鎌倉殿の13人』では、頼朝の弟・範頼役を演じました。これまでに『真田丸』『西郷どん』にもご出演されています。
また、先週まで放送していた民放のドラマ『マイファミリー』では、警察組織の管理官役でご出演されるなど、今、注目の役者さんです。

吾妻アナ: 『鎌倉殿の13人』では、蒲殿を演じられていました。パワーゲームが続いていて、人を信じられなくなっているようなストーリーの中で、すごくいい人として描かれていて、最期までいい人を貫いた役柄でしたが、三谷さん(三谷幸喜さん)から「今回は頼朝の弟だよ」と、オファーがきた時はどんなお気持ちでしたか?
迫田さん: 三谷さんに、「頼朝と義経のように、教科書に載るような有名な人物ではなく、源範頼という人です。僕、好きなんだ。この人を世間にアピールしたい。迫田くんにやらせたい。」と言っていただいたので、これはすごく魅力的な人なんだなと思い、そんな役を受け取って、うれしかったのを覚えています。

吾妻アナ: 三谷作品に本当にたくさんご出演されていて、役者としての大きな転機は三谷さんと共にあるとか?
迫田さん: 本当にそうです。『ザ・マジックアワー』のオーディションの時に初めてお会いしたんですけれども、上京してくる時に、三谷さんと一緒に仕事をするというのが一つの目標であったので、かなり気合を入れてオーディションに行きました。そうしたら、たまたま会場に三谷さんがいらっしゃって、オーディションの芝居を見ていただいて、合格しました。それまで劇団のみの活動だったので受かっただけで一つの自信につながりました。
吾妻アナ: 舞台が多かった中で、映像作品に出たいという思いは強かったんですか?
迫田さん: そうなんです。そもそも、映画やドラマが好きで、出たいと思っていたんです。23歳で上京して、それから目指しましたが、やり方がよく分かりませんでした。事務所の探し方も分からなかったので、とりあえず、お芝居ができる劇団に入ろうかなということで、STRAYDOGに所属させていただいたんです。
吾妻アナ: そこから映像作品にも出たいということで、『ザ・マジックアワー』のオーディションを受けられた。これが2006年ごろですから29歳ぐらいの出来事ですよね? 現場に三谷さんもいらっしゃって、このオーディションというのは、役柄を演じてみるという内容だったんですか?
迫田さん: 監督役と助監督役が登場するシーンのやり取りをするという内容で、僕は助監督役の方でオーディションを受けたのですが、監督役もその中で演じることになりまして、それを僕がすんなり覚えて、どちらもこなしたら、それで印象に残ったと三谷さんもおっしゃってくれて、役をいただきました。
吾妻アナ: 映画作品を撮っているシチュエーションが非常に多い作品の中で、AD役を演じられていましたね。佐藤浩市さんとか、唐沢寿明さんとの絡みもあって。
迫田さん: ありました! 緊張しましたね、やっぱり。
吾妻アナ: 「もうちょっと機敏にできませんかね?」
迫田さん: それ僕のセリフや!(笑)
吾妻アナ: 唐沢寿明さんが佐藤浩市さんにダメ出ししちゃうんですよね? そのダメだよというのを伝えにいくADさんなんだけど、「こちらで待ってもらえますか、お呼びしますんで」みたいな、すごく嫌な顔で言うんですよね。あれが最初に三谷さんの作品で出た時のお芝居なんですね。
迫田さん: 台本には載っていない、現場なりの掛け声みたいなものとかが、新たに付け加えられていきました。唐沢さんと浩市さんが気まずい雰囲気になっているシーンがあるんです。浩市さんが唐沢さんに話しかけるんだけど、唐沢さんはうっとうしいから無視していて、その合間に僕の「まもなくいきます」というセリフがあって、それをどこでいれるのかというのを、撮っている画を見ながら、自分なりに「ここかな」と思うところで入れたんです。そこが、三谷さんに「よかった」と言っていただいて、ちょっと力が抜けた一日でしたね。
吾妻アナ: 間合いというか、三谷さんが欲している呼吸にサッと入ったということだったんですかね。
迫田さん: たまたま、合ったんだと思います。運がよかったですね。
そこから三谷さんが舞台に入れてくださったり、次の映画に呼んでくださったりということで、今でもご縁が続いているなと思います。
吾妻アナ: 本当にそこから先は(三谷作品のご出演が)多いですもんね。最初の出会いのインパクトが強くて、その後も何度も声が掛かるというのは、三谷さんの作風にあるクスっと笑かす何かに、迫田さんの芝居がフィットしているということなんでしょうね。
迫田さん: どうなんでしょうね。毎回いろいろなすばらしい方々が出演していらっしゃるじゃないですか。三谷さんが作りたい世界に合うか合わないかは、もう自分ではどうしようも出来ないところなので。出たい役者さんもいっぱいいるし、今まで出てこられた方もいっぱいいるし。また次も出られるという確約は全然ないので、(三谷作品に)出てない間に、他の作品の中で自分の存在感を出して、何とか三谷さんにアピールしている期間があると感じています。毎回勝負です。

鎌倉殿の13人

日曜日 総合 午後8時/BSP BS4K 午後6時

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役者になることを決意した“山田組”との出会い

吾妻アナ: 東京都の女性から<もしも俳優になっていなかったら、今ごろどのような仕事をされていたのでしょうか>という質問が来ています。学校の先生目指して広島大学に進学されたんだけれども、俳優になりたいと思う大きな出会いがあったとか。
迫田さん: 大学生の夏休みに奄美大島の方に行く事があって、同級生の親戚の所でやっかいになっていたんです。そこでやっかいになるだけでなく、働きながら過ごしていたら、『男はつらいよ 寅次郎ハイビスカス』を撮られた山田組の面々がいらしていて。山田組の方々はその作品以来、奄美を気に入って毎年バカンスに来られていて、その時とちょうど重なったんです。泊まっているホテルが一緒だったので、お昼とか夜とか一緒に遊ばせていただいて、お酒を飲んだりしている中で、この業界のキラキラしたところにすごくひかれました。その来られている方々は山田組のスタッフの皆さんだったんですけれども、僕は出る方でこの業界に入りたいなと、急に芽生えてきたんです。
吾妻アナ: 撮影をしているわけじゃなく、バカンスで来ていたんですね。
迫田さん: そうなんですけど、質問攻めにしちゃったんです。映画とか作品は見ていたんですけれども、今まで全然触れてこなかった業界だったので。あれはどうやって撮ったのかとか、裏側をいっぱい教えていただいて、より興味がかきたてられたんです。
吾妻アナ: 山田組ということは、山田洋次監督。山田洋次さんもいらっしゃったんですか?
迫田さん: いました! 直接はそれほどお話しできなくて、スタッフの方を質問攻めにしたことをちょっと思い出してきました(笑)。

吾妻アナ: 学校の先生になりたいというのも、明確な意思があったんですよね? バレーボールを高校の時にやっていて、「指導者がいたらもっと強くなれたのに」という思いから、「自分が指導者になるぞ」という思いで進学された。そのまま卒業していれば間違いなく教師にはなられていた?
迫田さん: お詳しい。教師になって、たぶんバレー部の顧問になっていたと思います。
吾妻アナ: それが、アルバイト先で山田組の面々に出会い、質問攻めをし、「映画、おもしろそうだ」と。
迫田さん: 芽生えて、もうそこからは、ぶれませんでした。
吾妻アナ: 上京して役者になるんだ、と。
迫田さん: でもやっぱり大学に行かせてもらっている立場だったので、そこでの責任は終えてからかなというふうに思っていて、父に就職せずに上京して、役者を目指そうと思うという話をするタイミングが難しかったです。かなりの覚悟でした。
吾妻アナ: お父さんも先生でいらっしゃるから、自分と同じ教職についてくれるのかと、期待していたんですかね。
迫田さん: 本当に期待していたと思うんです。それを裏切ることにもなるけれども、やっぱりどうしても自分の気持ちを抑えられなくて、電話で伝えたら、意外とあっさりと「分かった」と言ってくれたんです。
吾妻アナ: 息子の決断を尊重したということなんでしょうかね?
迫田さん: 続かないと思っていたんじゃないですかね。のちのち母に聞いたら、ちょっと落ち込んでいたと言っていました。
吾妻アナ: 「孝也は教師にならなかったかぁ…」と。
迫田さん: でも、おかげさまで弟が教師になったんです。
吾妻アナ: そうなんですね! 今のご活躍をどんなふうにみられているんですか?
迫田さん: 今はもうすごいです! 「うちの息子出ているから、見て!」とか「孝也、サイン書いてくれない?」とか(笑)。一度、北川景子さんとイベントに行った時に、珍しく父が来ていて、「なんかモジモジしてんな」と思っていたら、「北川さんと写真撮りたい」と(笑)。「言いやがった!」と思いましたが、お願いして撮ってもらって、次の機会に実家に帰ったら、その写真が引き伸ばされて飾ってあるんです。ちょっと親孝行したかなと思いました。
吾妻アナ: そうですよね。これだけ活躍されていたら。「息子、出てます」って言っちゃいますね。よかったですね。
先生になった自分というのも結構向いていたかなと思いますか?
迫田さん: どうでしょうね。教師になった友人に教育現場の話を聞いたりするんですけれども、もしかしたら続いていなかったかもしれないなと思うところもあります。自分のやり方がとても古いやり方のように感じて、今は役者をやっているからいろいろな感性に出会って、自分も磨かれたので言っていますけれども、もしかしたら自分という殻の中だけの教師をやっていたかもしれないという思いがあるので。うまいこと人と出会って、世界が広がっていれば、いい教師になったんじゃないかなと思います。
吾妻アナ: 冷静な分析ができる方は、どんなところにいっても大丈夫なんじゃないかなという気がしますけれども。その後、山田洋次監督の作品にもご出演されていますね。
迫田さん: やっと出られました。20年後ぐらいじゃないですかね? 『母と暮らせば』という二宮和也さん主演の映画で憲兵役が最初で、去年、『キネマの神様』に出演させていただきました。本当に念願でした。
吾妻アナ: 『キネマの神様』は映画撮影の舞台裏を描いている作品ですから、その時に(大学時代に奄美大島で)聞いていたことをご自身もやるということになったんですね。
迫田さん: そうなんです! 役は出役の方だったんですけどね。やっぱり僕は出役の方なんだなと思って(笑)。ありがたかったです、本当に。
吾妻アナ: 役者を目指したきっかけが山田組と出会ったことだったという話はされたんですか?
迫田さん: しました。実は、『キネマの神様』のプロデューサーが、僕が奄美大島に行った時にお世話になっていた方の息子さんなんです。彼が、僕の話を山田監督に伝えてくれていて。そういった意味では、作品に出るまでには20年間空いていたんですけれども、僕の話を伝えてくれていたみたいで、認識してもらっていたんです。やっぱり人のつながりですね…。
吾妻アナ: すごいバイタリティーだなと本当に思いますね。
迫田さん: 黙っていられないんですよね。内に秘めるということがあまりできなくて。燃えたら出すという性格なんでしょうね。


このほかにも、実はみずから売り込みにいったという『西郷どん』。方言指導として参加することになった経緯など伺いました。

詳しくは、9時・10時台の「聴き逃し」で。

9時台を聴く
22/06/27まで

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22/06/27まで

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22/06/27まで


【放送】
2022/06/20 「らじるラボ」

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