認知症になってからも 心豊かに生きていくために

Nらじ
放送日:2023/06/14
#インタビュー#医療・健康#カラダのハナシ#認知症#映画・ドラマ
国内の認知症の人は、2020年時点で推計600万人以上。年々増加傾向にあって、2025年にはおよそ700万人、高齢者の5人に1人が認知症になると予測されています。こうした中、認知症の人が希望を持って暮らしていくために、国や自治体の取り組みを定めた「認知症基本法」が今年6月に成立しました。きょうは、この認知症の人の暮らしを巡って、6月30日に公開された1本の映画を元に考えます。
39歳で若年性認知症と診断された実在の男性をモデルにした映画「オレンジ・ランプ」。この映画は、若年性認知症と診断された夫とその妻が、認知症の人たちとの出会いや、周囲の人たちの支えにより、何事にも“あきらめず”に向き合い、人生を歩んでいく姿が描かれています。
映画の中にもあった言葉、「認知症になっても、私にだって できることがある」。ここには、どんな思いが込められているのでしょうか。認知症の当事者で、この映画のモデルになった丹野智文さんにお話を伺います。(聞き手:眞下貴アナウンサー、菊野理沙キャスター)
【出演者】
丹野:丹野智文さん(認知症当事者ネットワークみやぎ代表、おれんじドア実行委員会代表)
出川:出川展恒 解説委員
39歳で“若年性アルツハイマー型認知症”と診断
――丹野さんが認知症と診断されたのは、10年前の春とのこと。いまも自動車販売会社に勤めながら、認知症の当事者として、全国各地で、また海外でも講演活動を続けています。そして、地元の仙台では、認知症と診断された人の相談に乗る「おれんじドア」という活動もしています。ご自身をモデルにした映画をご覧になって、いかがでしたか?
丹野:
いやー、もう見たときには、本当に私のことが、そのまま映像になっていて、もう涙が止まらなかったですね。主人公を演じた和田正人さんと、妻の役の貫地谷しほりさんと一緒に映画を見たんですけど、もう2人の顔を見た瞬間に号泣してしまって、本当にうれしかったです。
――どのようなところが、一番うれしいと思われました?
丹野:
はい。私がいままでテレビや新聞などに出たときも、やっぱり認知症っていうのは、大変な人っていうことで誇張されることが多いんですよね。それが今回は、私に起きたことをありのままの姿で描いてくれたことに、本当に感謝とうれしさがありました。
――およそ10年前に認知症と診断を受けたとき、最初はどんなお気持ちだったんでしょうか。
丹野:
もう人生が終わったと思いました。娘が2人いるんですけど、その時、まだ中学1年生と小学5年生で、これからどうやったら、この子どもたちを中学校や高校、大学と行かせることができるのだろうか。自分のことよりも、やっぱり家族のことがすごく心配でした。
――そもそも病院で診てもらおうと思ったのは、どうしてなんですか?
丹野:
認知症と診断される5年ぐらい前かな。33歳ぐらいからちょっと物忘れが多くなってきて、最終的に38歳の時に同僚の顔と名前を忘れてしまって、声をかけたくてもかけられなくなってしまいました。それで、まさか病気だとは思っていなかったので、なんかストレスが原因だとかって言われれば、自分でも納得すると思って病院へ行ったんですけど…。そしたら、「大きい病院へ行ってくれ」っていうことで、大きい病院へ行ったら、すぐ検査入院。それで2週間検査入院をしたら、「たぶん認知症だとは思うけど、30代ってのは診断したことがない」ってことで、次に大学病院に行って、また入院して。それで1か月後、若年性アルツハイマー型認知症と診断されました。病院の中で誕生日がきて、39歳になったんですね。
転機となった“認知症の先輩”との出会い
――最初はショックをうけたということでしたが、そういった気持ちから、こうしてご自身のことをお話しになったり、多くの方々の相談に乗ったりされるようないまの状態に変化したのは、何かきっかけがあったのでしょうか?
丹野:
1年半ぐらいは、本当に、毎晩、毎晩泣いてばっかりいました。それは、認知症の情報を私が知るのはインターネットとか本とかなんですけど、ほとんどが介護の話ばっかりで、大変な認知症の話ばっかりでした。見なければいいのにインターネットで認知症のことを見ていたら、もう、ものすごく混乱してしまって。でも、たった1人の、笑顔で元気な認知症の当事者との出会いがあって、数年たっても元気でいられるっていうことに気づいて、この人のように生きてみたいと思ったことが、私が前向きになるきっかけでした。
――明るく元気に暮らしていらっしゃる方との出会いで、丹野さんはどんなことに気づいたのでしょうか?
丹野:
まだまだ何でもできるんじゃないかなって、思ったんです。認知症になったとたんに、何にもできなくなるって、自分で自分を思いこんでたんですよね。その当事者の方がほかの当事者の方のお世話をしていたり、本当に人のために動いていたりしているのを見て、「オレの方が若くて体も動くのに、何やってるんだろう」って思って。オレにもできるんじゃないかって。そう思ったのが、最初でした。
症状が進んでも 自分の力を諦めない
――それから現在の生活では、どのように症状と折り合いをつけて暮らしているのですか?
丹野:
認知症の症状がどんどんどんどん増えているのを、私も気づいております。でもね、道に迷ったら人に聞けばいいし、いまは携帯電話もありますので、携帯電話の地図を使ったりします。きょうみたいな、「ラジオに出るよ」っていうことがあっても、携帯電話にアラームをセットします。で、アラームが鳴っても、何のために鳴ってるのか分からないので、ちゃんと文字も出るようにしています。文字も、出かける時間とか、起きる時間とかって入れていると、自分で入れておきながら、命令されているようでイラっとするので、「起きる時間だよー」って、「出かける時間だよー」って書いています。
――周りの方は、症状が進んでいく丹野さんのことを、心配してしまうのではありませんか?
丹野:
あのー、そうですね、最初のころは、どうしても心配で、先回りをしてたところもありました。でも、それが認知症の当事者にとっては、一番よくないことだと思ってます。先回りをされれば最初は嫌でも、やってもらうことが楽になると、今度は家族や支援者がいないと不安になってしまう。これは、認知症の症状ではないと思います。依存という状況を生み出しているような気もします。
あともう1つ、家族も周りの人も、これはみんな心配や優しさからなんだけど、どうしても1人で出かけるのを禁止してしまったり、財布を持たないように取り上げられてしまう。そうすると本人は、すぐにすべてを諦めてしまいます。諦めたら、うつうつとした気持ちになります。
この、うつの気持ちと依存する気持ち、2つのことを取り除ければ、認知症の進行があったとしても、工夫したりすることで、なんとか元気でいられるんじゃないかなと、私は思ってます。
大切なのは 本人がやりたいこと・できること
――丹野さんは、仙台で認知症と診断された方の相談に乗る活動も続けています。同じ認知症の当事者同士として、どんなふうに声をかけるんですか?
丹野:
はい。よく福祉の人たちはね、「あのー、何をお困りですか?」「調子はどうですか?」って、聞く人が多いんですけど、私たちはそうではなくって、「これから、何やりたい?」って聞くようにしています。
――「これから、何やりたい?」ですか。
丹野:
はい。要は、これまでは認知症の人に「何をやりたいか」なんて聞いたことないと思うんですけど、やりたいことでよくあるのは、「山登りをやりたい」とか「買い物したい」とかって言ってくれるんですよね。「でも、なんでそれが今できないの?」って聞くと、困りごとがちゃんと見えるんですよ。本人たちがやりたいことを実現するだけでも、すごく前向きに、笑顔になります。
――それが本当に、今回の認知症基本法でいうところの、「認知症の人が尊厳を持って、希望を持って暮らせるように」というところに関わることかもしれませんね。
丹野:
はい。
周囲の人は“見守り”と“待つ”姿勢も
出川:
認知症の専門医で、日本で初めて認知症という言葉を導入された精神科医の長谷川和夫さんが、この方はそののち自ら認知症になられたんですけれども、「パーソン・センタード・ケア=個人の尊厳を大切にするケア」を掲げていらっしゃったんですね。その人がどんな生活をしたいのか、どんな希望を持っているのかに焦点を合わせたケアを提供できると、そのケアを受けた方の人生が大きく変わると話しておられたんです。丹野さんは、どう思いますか?
丹野:
そうですね。私も長谷川先生とお会いしたこともあります。
本当に、いま自分が認知症になってみて、なんかやっぱり、これまでのケアの仕方が、本人の自立を奪っているんじゃないかなって思うようになってきたんです。だから、失敗してもいいから、いろいろなことに挑戦してみようかなって思ってます。
出川:
きっと社会の側も変わっていかなくてはなりませんね。
丹野:
そうですね。やっぱり“見守る”っていうことが、すごく大切だと思います。あとは“待つ”。この“待つ”っていうことが、なかなかできなくて、それで先回りをしてしまう福祉の人たちが多いんじゃないかなって思ってます。
――できることをやる。そのことが認知症の当事者の方々にとっても、前向きに暮らしていく上で大事だということがよくわかりました。そうしたことは、今度の映画の中でも描かれているんですって?
丹野:
そうですね。この映画のエンディングなんですけど、たくさんの当事者が、50名を超えるかな、みんなの顔を出した写真が流れてきます。今まではね、数年前だったら、認知症の人が顔を出して映画に出るなんて、あり得なかったと思います。モザイクをかけられたり、顔を隠されたりしてたのが、今回の映画では、たくさんの当事者が顔を出してます。それだけ、みんなが少しづつ認知症に偏見を抱かなくなってきたのではないかと思ってます。
そして、ぜひこの映画を見て、なにか感じてもらえたらうれしいなと思ってます。
――ありがとうございました。
【放送】
2023/06/14 「Nらじ」