近年は不漁が続いている秋の味覚「サンマ」。北海道根室でのことしの初水揚げでは、1キロあたり過去最高値の13万円で取り引きされるなど、手が届かない存在になりつつあります。福島県いわき市にある水族館は、世界で唯一のサンマの飼育技術があり、注目を集めています。福島放送局の須藤健吾アナウンサーが取材しました。
世界唯一! サンマを育てる水族館
須藤:
私もサンマが大好きなんですが、漁獲量は近年、急激な減少が続いています。2008年におよそ35万トンだった漁獲量が、去年はその20分の1ほどの1万8,400トンまで減っています。その背景には、海水温の上昇など海洋環境の変化が指摘されていますが、まだ詳細は分かっていません。
生態に謎が多いサンマ。その卵のふ化から育成・産卵まで、飼育に成功した世界唯一の水族館が福島県にあります。
須藤:
いわき市にある「アクアマリンふくしま」。およそ800種の生き物を扱う、東北有数の水族館です。
いわき沖は親潮と黒潮がぶつかる“潮目”で、さまざまな種類の魚が集まる海域です。展示を通じてその豊かな海の環境を伝えようと2000年に開設されました。
この水族館では開業以来、生きたサンマの展示を行ってきました。展示水槽は5メートル四方で、およそ200匹のサンマが回遊する姿を見ることができます。
須藤アナリポート「多くの子どもたちで賑わっています。子どもたちの視線の先にいるのは…サンマです。」
男の子「赤ちゃんいる!サンマの大群だよ。」
女の子「サンマ、きれい。」
須藤:
子どもたちが見ていたサンマは、5年前に捕獲したものから繁殖させた『5世代目』なんです。これまでの最高記録は8世代。まさにアクアマリンふくしまは、サンマ飼育の世界的トップランナーですが、その道のりは簡単ではありませんでした。20年以上飼育・研究に携わっている山内信弥さんです。
山内信弥さん:
「サンマ自体がかなり神経質でパニックになりやすいんですね。赤ちゃんから成魚までずっと危ない時期があって、目が離せないというのが正直なところです。数日で死んでしまったりとか、そういったことは過去にもあるんで。そこが難しいところです。」
――一筋縄ではいかないんですね…。
須藤:
そうなんですよね、サンマはとても飼育が難しい魚です。今回、特別にバックヤードに案内してもらいました。
例えば卵からふ化させる過程。サンマは海面を漂う海藻に卵を産むんですが、これを単に水槽内に浮かせておくだけだと、卵に酸素が行き渡らず腐ってしまいます。その課題を解決する装置が水槽の上に備え付けられていました。
(♪水の流れ)チョロチョロチョロ…コン!
チョロチョロ…コン!
チョロチョロ…
――何の音ですか?
須藤:
「ししおどし型」の装置の音です。ペットボトルを半分に切った手作りの装置です。水が一定量たまると、その重みで勢いよく水槽に注がれます。これによってさざ波が立ち、海藻全体が揺れます。そうすることで卵に酸素を含んだ水が行き渡り、生存率が上がりました。
ただその後も試練の連続。サンマが水槽の壁に衝突して死んでしまったケースが後を絶ちませんでした。
それを解決する手段が水面のすぐ上に設置されていました。水族館独自に開発した、手のひらサイズの「自動えさやり機」です。
山内信弥さん:
「ここにあるのは配合飼料を自動で給餌するための機械になります。タイマーで回転して、一定量のえさが落ちるようになっています。サンマは胃がない魚なので四六時中食べていないと痩せちゃうので、1時間に1回えさが落ちるように設定して、夜中でもえさが食べられるようにしています。」
須藤:
えさやりの適切な間隔や量なども最初は手探りだったそうで、この方法にたどり着くまでに一つずつ地道に原因をつぶしていきました。
さらに、この装置の位置は水槽の真ん中。えさでサンマを中心に誘導することで、壁にぶつからないようにしたわけです。サンマが育つために必要なえさをやると同時に、水槽にぶつかって死ぬリスクを減らすことができるようになりました。
――20年以上の苦労があって、展示につながっているんですね。ということは…ブリやタイのように“サンマの養殖”も夢ではなさそうですか?
須藤:
ただ、「養殖」となりますと、安定的に繁殖させるためにまだまだ乗り越えなければならない課題がいくつもあって、道は険しいようなんです。山内さんは、いまあるサンマの水産資源を大切にしながらも、ここで培った飼育技術が養殖研究に生かせればと考えています。
未解明の謎に「ゲノム」から迫る
須藤:
そんななか去年、大きな動きがありました。アクアマリンふくしまを中心に日本の3つの研究機関と連携して共同研究が始まったんです。その研究の1つが「ゲノム解析」です。
――「ゲノム」ということは遺伝子を解析するということですか?
須藤:
そうです。遺伝子を解析することで養殖に適した水槽内の環境を知るヒントを得ることができるといいます。共同研究者の国立遺伝学研究所の工樂樹洋教授は、ゲノム解析にアクアマリンふくしまのサンマが欠かせないと語ります。
工樂樹洋さん:
「(サンマの研究に必要な)条件が整っているという面で、水族館は非常に良いんですね。扱いがよくない、つまり高い温度で放置したまま死んでしまって置いといたものだと、DNAをうまく読み取れない。DNA分子がズタズタに切れてしまって。アクアマリンは間違いなく日本の3本の指に入る、すごい施設です」
――どんな発見につながるか、ワクワクしますね。
須藤:
そうですね。山内さんも期待しています。
山内信弥さん:
「ゲノム解析すると、その種の特性なんかも読めますし、かなりのことが分かってきます。そういった情報がまた飼育にフィードバックされて飼育技術向上につながっていく。繁殖技術は確かなものなので、さまざまな研究が進めば良いと思います。」
須藤:
アクアマリンふくしまのサンマを基盤に発展的な研究が始まりました。そして研究の知見が飼育に生かされるという好循環。謎多きサンマの生態の解明と、将来的な養殖技術の確立に期待したいと思います。
福島放送局
須藤健吾アナウンサー
【放送】
2023/09/05 「NHKジャーナル」
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