保育施設内でトラブルが相次ぐなか、現場を取材すると保育士をめぐる「ある問題」が見えてきました。水戸放送局の森花子アナウンサーの報告です。
『人材不足』が保育に影響を
森:
子どもたちの健やかな成長に欠かすことのできない保育施設。私自身、子どもを保育所に預けて仕事をしているため、施設の存在意義を常日ごろから実感しています。
そんななか去年7月、茨城県内で痛ましい乳児の死亡事故がありました。土浦市の認可外保育施設。「うつ伏せ」で寝ていた生後7か月の男の子の容体が急変し、その後、搬送先の病院で死亡したというものです。この施設は、∇睡眠中の乳幼児の状態をきめ細かく観察していなかったことや、∇必要な数の職員を配置していないこと、∇保育士や看護師といった資格を持った職員が不足していることなど、以前にも県から指導を受けていたものの改善されていなかったということなんです。実は、県内では2015年以降、保育施設での死亡事故が4件起きていたことがわかりました。保育施設で今、何が起きているのか。私は子どもを預ける親のひとりとして現状を知りたいと思い、実態を取材しました。
――全国的にも、保育をめぐっては近年さまざまな問題がありましたね。
森:
そうなんです。去年4月~12月にかけて子ども家庭庁が行った調査では、全国の保育施設で確認された「園児への暴行」や「虐待」といった「不適切な保育」は、1,300件以上に上りました。神奈川県にある、洗足こども短期大学幼児教育保育科教授で、保育の質を向上させるマネジメントを研究している井上眞理子さんは、この「不適切な保育」の一因として、全国的な「保育士不足」による「過度な働き方や職場環境」が関係しているといいます。
洗足こども短期大学教授 井上眞理子さん
「一人ひとり子どもも違うので、先生方もかなり気をかけているなというところがあります。それに加えて、特別な配慮を必要とするお子さんが多い中で、かなり個別対応的な関わりが求められて、ほとんど神経をゆったりさせてっていう時間帯はないような状況だとは思います。」
人材確保 “し烈な競争”
――心に余裕がなくなれば、そのしわ寄せが「子どもたち」に行くわけですから、余裕のある人員配置を何とか進めてほしいですよね。
森:
そうですね。保育士の労働環境をめぐる厳しい状況は、有効求人倍率にも表れています。去年1月の時点の全国の保育士の有効求人倍率は2.92倍と非常に高く、全国的な保育士不足が深刻化しているうえに、取材を進めると、“し烈な獲得競争”がおきていることがわかったんです。
――「し烈な競争」ですか。
森:
そうなんです。自治体の間で待遇に大きな差が生まれ、地域によっては保育士の募集をかけても集まらない一方で、待遇の良い県外など地域を越えて就職する人も少なくありません。実際に車と電車で1時間ほどかけて、隣の千葉県の保育園に通っている20代の女性保育士が、特別に本音を聞かせてくれました。
20代女性保育士
「いまは茨城ではなくて、県外の方に就職をして、たぶん5~6万円は変わるかなとは思うんですけども。お給与も安くて、かつ、自分の生活というのも難しいような状態だったので、やっぱり都内に近い方がお給料はいいのかなっていう感じがします。地元でまた働こうってなると、“う~ん”っていう感じになると思いますね。」
――自治体によって、給与の額にそんなに差があるものなんですか?
森:
話を伺った女性保育士は、かつて茨城県内の保育所2か所に勤めた経験がありますが、当時の給与は手取りで12~13万円程度。一方で、現在勤めている千葉県ではおよそ25万円と、大幅にアップしたといいます。
――倍も違うんですか。
森:
背景には、自治体の支援策の違いがあります。例えば、子育て支援策に力を入れている千葉県柏市では、私立の認可保育園などで働く保育士を対象に、1人当たり月額4万円を給与に上乗せしていているほか、月額7万2,000円を上限に家賃の補助も行っています。こうした保育士の給与の上乗せ制度は、千葉県内では複数の自治体が導入しています。
――自治体の支援策の違いで、保育士が流出してしまうわけですね。
森:
はい。井上さんによると、勤務の年数やキャリアアップ研修の受講歴などに応じて補助金が支給される国の施策「処遇改善加算制度」によって、全体の保育士の収入は増加傾向にあるとのことです。ただ、この制度によって全国的に底上げが図られたとしても、地域間の待遇格差の解消にはつながらず、人材の流出に歯止めはかかっていないとの声も聞かれます。茨城県小美玉市の保育園の園長・萱場祐友さんの話です。
萱場祐友さん
「求人募集をかけても基本的には本当ゼロに近いですね。他の自治体と大きな差は感じていますし、運営的には相当厳しいです。本当に子どもを思えば思うほど、相当疲弊感がたまってしまうという現状で忙しいですよね。」
――保育士の待遇や労働環境をめぐって、自治体ごとに格差が生まれているんですか。
森:
そうなんです。こうした現状を改善するためには何が必要か、洗足こども短期大学教授の井上さんに聞きました。
井上眞理子さん
「業務のあり方とか働き方などの見直しに関するガイドラインが厚生労働省から出されています。例えば、保育士の資格がないけれども、保育補助という力を活用して少しでも負担を減らしていこうという仕組みや、『ノンコンタクトタイム』といって、子どもから少し離れてちょっと保育士さんも心の余裕を取り戻して保育に入るといった考え方があります。こういういろいろなしくみを園の中で少しずつ取り入れていくっていうことが大切だと思います。」
森:
保育の職場環境を整えることは、未来を担う「子どもたち」の健やかな成長につながるということを忘れずに、社会全体で保育の現場を守っていくという視点や意識が今、求められているのだと感じます。
水戸放送局
森花子アナウンサー
【放送】
2023/08/01 「NHKジャーナル」
この記事をシェアする