兵庫県西宮市で、水害を防ぐための大規模な工事が行われています。地元の伝統産業の「酒造り」を守るために細心の注意を払いながら進める様子を、神戸放送局の坂本聡アナウンサーが取材しました。
市の中心部に川の水のリザーブ施設
――坂本さん、どんな工事なんでしょうか。
坂本:
工事が行われているのは、西宮市の中心部を南北に流れる津門川(つとがわ)。全長3.5㎞ほど、ほかの川と合流して大阪湾に注ぐ、県が管理する二級河川です。この川の真下にトンネル状の貯留管を作る、大規模な工事が進められています。津門川の水位が基準を超えたら、一時的に川の水をためる貯留管の中に流し込んで、水害を防ごうというものです。完成すれば、川に沿って長さはおよそ1.7km。一時的に25mプール56杯分の雨水をためることができます。
――工事では、伝統の酒造りを守るための注意を払っているそうですね。
坂本:
貯留管の工事現場で、こんなものを見つけました。
坂本(リポート)
「西宮市内、JRの線路とマンションに囲まれたこの町なかで、津門川の地下貯留管の工事が行われています。工事現場の一角にやってきたんですけれども、青色のポールが立っています。『宮水調査用ハンドホール』と書いてあります。これは、この地域の地下に存在する『宮水』に影響を与えないように、水質・水位を観測するための井戸ですね。」
――その「宮水」が、酒造りに欠かせない原料ということですか。
坂本:
そうなんです。宮水は、津門川のすぐ下を流れる地下水で、カリウムやリンなどミネラル分が豊富な“恵みの水”です。その水質調査用の井戸が、工事現場の6か所に設けられています。
兵庫県は、日本で1番の生産量を誇る酒どころ。なかでも西宮の名が全国に知られるようになったのは、江戸時代に始まった、この宮水を原料にした酒造りです。宮水を保全する市の条例を5年前に施行するなど、地元では水の恵みを大切に守ってきました。工事の現場監督・三野章生さんの話です。
三野章生さん
「工事は、宮水への影響を最小限に食い止めるため、時間をかけて方法を検討して施工を進めております。」
宮水を守りながらの掘削現場
坂本:
宮水を守るために、工事ではさまざまな配慮がなされていました。まず、巨大なトンネル状の貯留管を地下深くに作るにあたって、重機を搬入するための大きな穴を掘る必要がありました。直径17m、深さ41m。「立坑」と呼ばれる、さながら「巨大なマンホールのような穴」です。この立坑を掘る際に宮水が浸透している層を貫通するため、水質への影響が懸念されたんです。三野さんに、立坑の中を案内していただきました。
(「立坑」地上部分)
三野さん
「こちら、下をのぞいていただくと、放流部の立坑となっております。」
坂本
「うわ~、深い! 足がすくみますね。」
三野さん
「それでは工事用エレベーターで立坑の下に降りたいと思います。」
♪ ガシャン(工事用エレベーターの音)
坂本
「おー、スリルがありますね~。ひんやりしてきました……湿気も感じます。」
坂本:
立坑の、地上から深さ2~6mのところに、宮水の通り道となる層があります。掘削工事では、地層に空気を送って宮水がしみ出すのを極力抑える、特殊な工法が使われました。また、立坑のコンクリートの外側の地下水に触れる部分には、成分が溶け出しにくい特別な素材を採用。宮水の水質に影響が出ないよう、徹底的に配慮しました。
そして、津門川の地下で掘り進められている貯留管の掘削工事も、宮水を守るため、慎重に行われていました。三野さんに、トンネルの掘削現場まで案内してもらいました。
(写真上:貯留管本体、写真下:掘削現場)
坂本
「ずーっと続いていますが、これ、何mくらい?」
三野さん
「現在860m、全長は1780mで……」
♪ ウィーーン(掘削最前線の音)
坂本:
直径5mのトンネルを掘り進めるのは、シールドマシンと呼ばれる大型の掘削機です。刃物がついた円盤がドリルのように回転しながら、津門川の下を流れる宮水の層のさらに下を、ほぼ平行に掘り進めます。
坂本
「(掘り進める能力は)1日10m。かなり地道な作業ですね。」
三野さん
「そうですね。毎日同じ作業の繰り返しですが、少しずつ進んでいるという状況です。」
最後の切り札、待ったなしの水害対策
坂本:
宮水の流れる地層に影響が出ないよう、地下のより深い部分を掘削。トンネルにかかる圧力管理に、細心の注意を払います。おととしから始まった工事の進捗は、現在5割ほど。貯留管を含めた浸水対策工事の完了は、2年後の2025年を目指しています。
――完成までには、もう少し時間がかかるんですね。
坂本:
そうですね。全長3.5kmほどで、市内中心部を貫く津門川は、ほとんど海抜10m以下の低い土地を流れています。そのため、この地域ではたびたび浸水被害が発生してきました。雨水の逃げ場のない都市部で川幅を拡げる工事もできず、地下に一時的な貯水施設を作るのは、水害対策の最後の切り札です。現場監督の三野さんは、もちろん宮水を守りつつも、全国的に豪雨のリスクが高まるなか、「待ったなし」の気持ちで貯留管工事を進めていく決意です。
三野さん
「地域の皆さまと何度か見学会を重ねるなかで、早く工事を完了してほしいという声が非常に多くあるので、工事が完成して一日も早く水害リスクが減ることを期待しています。」
坂本:
伝統的な兵庫県の一大産業を支える“恵みの水”を守りながら、時として生活を揺るがす、水害の脅威に備える。工事の現場から、水と人とがつきあっていくための課題と、水の持つ大きな力を考えさせられる取材になりました。
神戸放送局
坂本聡アナウンサー
【放送】
2023/07/11 「NHKジャーナル」
この記事をシェアする