飯南町が本を出版、そのわけは…(島根)

NHKジャーナル

放送日:2023/06/27

#ローカル#島根県#カルチャー

島根県飯南町のまちづくり推進課がことし4月、1冊の「本」を出版し、話題になっています。松江放送局の北村紀一郎アナウンサーが取材しました。

町のコンセプトが一冊に

北村:
本のタイトルは「余白の中で。」。
B5サイズで84ページにわたって、飯南町の魅力的な人物や場所が、美しい写真とともに紹介されています。表紙の写真がとても印象的で、山も、家も、田畑も一面雪に覆われるなか、赤、青、緑の服を着た3人の人物がたたずんでいます。本の中で私が、象徴的だなと感じた1ページをご紹介しましょう、例えばこんなイメージ…。

(北村アナが音声収録したイメージ)
♪チリーン、チリーン…
男性「やあ、おかえり。1人? 1人で帰る?」 
児童「はい」
男性「気をつけて帰れよ」 
児童「はい」
男性「熊鈴鳴らして帰らにゃ」
♪チリリーン…

北村:
この音は、小学生になると町から贈られる「熊鈴」です。記事の中では、熊よけと防犯目的で子どもたちがランドセルにつける必須アイテムとして紹介されています。静かな山間にある町でこの熊鈴が朝夕に鳴り響くと、地域の大人たちにとって、子どもたちの見守りの合図になっています。熊鈴をきっかけに気軽にあいさつを交わす光景は、この町の温かい”声かけ文化”を表しています。

――温かな町の息遣いが伝わってくる内容が、この「余白の中で。」に収録されているのですね。ところでどうしてこの本が出版されたのですか?

北村:
去年9月、飯南町は地域の魅力や目指す姿を表す、ブランドメッセージ「余白あります。」を決定しました。

――「余白あります。」が“飯南町のコンセプト”ということですか?

北村:
そうなんです。このブランドメッセージのポイントは、行政が作ったのではなく、住民からなるプロジェクトメンバーの案をもとにアンケート投票で決まったという点です。その結果、町の人口のおよそ半数にあたる2,300票あまりのうち、過半数が「余白あります。」に賛成しました。この言葉には「飯南町には自然や文化などさまざまな魅力があり、これからも進化していく可能性が大いにある」という思いが込められています。中心となって取り組んだ飯南町まちづくり推進課の安部亜裕子さんに、ねらいを聞きました。

安部亜裕子さん
「行政主体ではなくて、町民の皆さんも一緒に町の将来を考えて共通認識を持って活動してもらいたいと思い、このブランドメッセージというものを作りました。それを展開させる取り組みの1つとして、ブランドメッセージを伝える本を今回作りました。」

“余白に生きる”町民ライター

北村:
町の人たちに関わってもらおうと、この本はプロのライターのほか、町の人が取材して書いた記事が一つの“章”を占めています。中学生から70代までの11人が、「町民ライター」として、自らの視点で「余白」と呼ぶ町の魅力を伝えています。その1人を取材しました。

♪「シュッシュッ(わらをより合わせる音)」

北村:
シュッシュッというリズミカルな音。縄を両手でより合わせ、町特産の「しめ縄」をつくっている音です。飯南町は、寒暖の差が大きく、しめ縄の材料となる良質な稲わらがとれます。それをいかして、出雲市にある出雲大社・神楽殿の日本最大級の大しめ縄をはじめ、全国各地の神社に大しめ縄を納める「大しめ縄のまち」なんです。

男性の声
「こっちは細くできるから、できるだけ中央はこっちに持ってきて。」

古賀さん
「ふんふん。」

北村:
先輩にアドバイスしてもらいながらしめ縄をつくっているのは、古賀崇真子さん、「町民ライター」の1人です。
古賀さんは、自らが勤める「大しめなわ創作館」という、町に伝わる大しめ縄づくりの伝統を紹介する施設について記事を書きました。古賀さんは3年前、佐賀県から移住しました。ものづくりと出雲大社が好きで大しめ縄にひかれ、町の地域おこし協力隊としてこの施設で活動した後、ことし4月からは、正式なしめ縄職人として腕を磨いています。古賀さんは今回、町民ライターとして記事を書いたことで、自分を迎えてくれた町の人たちの懐の深さを改めて実感したと言います。

古賀崇真子さん
「全く私みたいな縁もゆかりもない人間でも受け入れてくれるような優しさとか、そういう余裕がある場所だなって。私は『余白の中で。』の余白は、その辺かなと思ってます。」

北村:
本の出版などを通じて発信力を強めようとする飯南町の取り組みについて、指導や助言した東海大学 文化社会学部 教授の河井孝仁さんはこのように話します。

河井孝仁 教授
「単に特産品を訴求するとか、子育てのサービスをしますとかいうだけじゃなくて、『ライフスタイル』をどのように提起していくのかということを考えられている自治体さんは、増えてきているように思っています。そのなかでも、飯南町の取り組みは先進的なものかなと考えます。」

――北村さん、「余白の中で。」の取材を通じて、飯南町の言う「余白」の意味って何だと思いましたか?

北村:
まちの特性や住民の魅力的な生き方、そのものだと思います。それを地域の人が掘り下げて発信していこうとしている町のエネルギーも伝わってきました。これから飯南町の「余白」に描かれる未来には、大きな可能性があると感じました。

松江放送局
北村紀一郎アナウンサー


【放送】
2023/06/27 「NHKジャーナル」

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