山林に向き合う「地域林政アドバイザー」(甲府)

NHKジャーナル

放送日:2023/05/23

#ローカル#山梨県#環境

国内では、人工林の半分以上が伐採と植え替えの時期を迎えているものの、その豊富な資源を十分に有効活用できず、なかには荒廃が進んでいる場所も少なくありません。そうした山林ではこれから迎える雨のシーズン、土砂崩れなどの災害リスクも高まります。山梨県内のある自治体の動きについて、甲府放送局の藤原優紀アナウンサーが取材しました。(聞き手:打越裕樹キャスター、結野亜希キャスター)

「山林担当ゼロの村」に助っ人

藤原:
山梨県は面積に占める森林の割合が全国有数で、緑に恵まれた地域です。今回、私は県の東部に位置する小菅村を取材しました。すぐ隣は東京都で多摩川の源流に位置し、面積の95%が森林です。近年は手入れが行き届かず、荒れた山林が広がり問題になっていました。背景には、村内の林業従事者が不足していることに加え、村役場に山林や林業に関わる政策を担当する専門の職員がおらず、対策が後回しになってきたことがあります。そこでおととし、村が頼りにしたのが「地域林政アドバイザー制度」です。

――「地域林政アドバイザー」ですか?

藤原:
全国的に、山林の課題が山積みになっている現状を解消しようと、国が後押ししている制度です。林業の知識や経験を持っている技術者や、林野庁が定める研修を受けた民間人などを自治体がアドバイザーとして雇用し、地域の林業政策をサポートしてもらうものです。小菅村の「地域林政アドバイザー」に就任したのは、県内で森林資源のコンサルティング会社を経営する大野航輔さん(45)です。大野さんは村の山林の課題をこのように話します。

大野航輔さん
「山を継承したくないと、もういりませんと、実際、山林を手放したりとかも売却することも結構進んでるんですよ。山を放棄するというのも1つの選択肢なんですが、それ以外にももしかしたら選択肢はあるんじゃないですか、と提案をしているっていうことですね。」

『まきボイラー』で間伐材活用

――山の活用について、選択肢ですか?

藤原:
そうなんです。早速、大野さんはある場所の改良を手がけました。それは…。

♪温泉施設・風呂おけ「カポーン」

藤原:
村の中心部にある温泉施設です。主に関東近郊から年間およそ8万人が訪れ、山あいの地域を訪れた人々を温める憩いの場です。

♪まきボイラー・燃焼音

藤原:
火が燃える音が聞こえてきました。こちら、木を燃やしてお湯を温める「まきボイラー」です。この温泉施設では以前、湯を沸かしたり、保温するのに電力を利用してきました。そこで、大野さんが燃料として新たに採用したのが、伐採されても使い道がなかった「間伐材」。県内のほかの村でもまきボイラーを取り入れた経験のある大野さんが先導して協議を進め、去年導入しました。

――山林の所有者や温泉施設の双方にはどんなメリットがあるんですか?

藤原:
山林の所有者にとっては、間伐材を60本5000円程度で引き渡すことで、大きな収入にはなりませんが、森林整備のモチベーションにもつながります。また施設側も、エネルギー価格が高騰するなかでまきボイラーに切り替えたところ、燃料費は以前と比べ、およそ30%削減されたといいます。さらに地域にとってもメリットがありまして、まき割りのスタッフとして新たな雇用も生まれています。

――木材の地産地消が、山にとっても地域にとってもよい効果をもたらしているんですね。

自転車専用コース、整備中!

藤原:
地域林政アドバイザーの大野さんは、村内の山の所有者と話し合いを進めるなかで、ある産業を立ち上げる目標を掲げています。それは「レジャー」です。

――レジャーですか!?

藤原:
はい。今年、ある公園のオープンを目指しています。

♪チェーンソーの音

藤原:
山の所有者から3000平方メートルのスペースを借り、大野さんも自ら間伐。半年以上をかけ、仲間と整備を進めてきました。その森の中で生まれているのが…。

♪自転車の走行音

藤原:
マウンテンバイク専用のコースです。整備した森の中に、「8の字」型の全長400mのコースを作っています。自転車競技のだいご味、「バンク」と呼ばれる傾斜のついたコースは、敷地内の間伐材を使って製作しています。加工した板をおわんの内側のようにカーブさせて並べ、その場でつなぎ合わせています。子どもたちが遊べるプレーパークとして、今年度の開業を目指しています。

大野航輔さん

大野航輔さん
「全国的な傾向だと思いますけれども、中山間地には森林資源がたくさんありますが、実際にはなかなか活用されていない状況なので、今まで課題だった森林整備を転換して村の産業に変えていくっていう、ここの部分が少しずつできてきているというのが、最大の成果かなと思います」

――大野さんのような存在、心強いですね。

藤原:
そうですね。林業の知識とノウハウを生かして自治体をサポートする「地域林政アドバイザー」は全国の自治体に導入が広がりつつあり、現在250以上にのぼります。森林行政の現状に詳しい、森林総合研究所の石崎涼子さんの話です。

森林総合研究所 石崎涼子さん
「必ずしも市町村職員っていう肩書がなくとも、ちょっと違う形の関わり方であっても、地域の森林のために考えて動いてくださる。プロの方が行ってうまくこうマッチングされたのであれば、その両者の連携でうまく生かせるかもしれないっていう、そういうのは十分に考えられます」

藤原:
小さな村で眠っていた潤沢な森林資源。知識と経験を生かした大野さんたち「地域林政アドバイザー」の取り組みが、村の森林に新たな価値を生み出そうとしています。

甲府放送局
藤原優紀アナウンサー


【放送】
2023/05/23 「NHKジャーナル」

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