アルツハイマ―病の新しい治療薬「レカネマブ」。厚生労働省の専門家部会が、先月、国内での承認を了承しました。早ければ年内にも患者に使われる見通しです。そもそも、どんな薬なのか。課題は何か。ラジオセンターの緒方朋恵ディレクターの取材です。(聞き手・緒方英俊デスク、打越裕樹キャスター、結野亜希キャスター)
新薬「レカネマブ」正式承認へ
――アルツハイマー病の治療薬ということで、関心も高いと思います。
緒方:
高齢化にともない、認知症を発症する人は増え続けていて、2年後には、65歳以上の5人に1人の割合に達すると予測されています。その中でも、最も多い原因がアルツハイマー病です。認知症全体の6割以上を占めるということです。実は、これまでにも治療薬はあったんですが、一時的な症状の改善を図るもので、脳の神経細胞が壊れること自体は止められず、症状の進行を抑えることはできませんでした。レカネマブが承認されることについて、認知症の診断や治療を行っている、新潟大学脳研究所教授の池内健さんに聞きました。
池内:
認知症の新薬は、認知症の方や家族にとって長年望まれていました。診療の場面でも何か新しい薬はないでしょうかと、日ごろからたずねられることがしばしばありました。今まで認知症の方に届けられなかった新しいお薬が使えるようになることは大変喜ばしいことだと思います。認知症の治療の幅が広がることを期待しております。
進行を「2年から3年遅らせる」薬 ただし課題も
――新しい治療薬の画期的なところ、改めて説明してもらっていいですか。
緒方:
アルツハイマー病を発症した人の脳には、神経細胞を死滅させる「アミロイドベータ」と呼ばれるたんぱく質がたまっています。レカネマブには、このアミロイドベータを取り除く働きがあり、症状の進行を遅らせることができるということです。池内さんです。
池内:
レカネマブはアミロイドベータを約7割減らすことができます。劇的な減少と言っていいと思います。症状も27%進行を抑制すると示した点で画期的な薬と言えると思います。
――27%進行を抑制、というお話しでしたが、これは症状がどうなるということですか?
緒方:
開発した製薬会社では、「症状の悪化を2年から3年ほど遅らせる可能性がある」としています。ただ、レカネマブを投与しても、すでに壊れている脳神経細胞は修復できません。つまり、進んでしまった認知症を治すことはできないわけです。また、この薬を投与できる人は限られていて、「軽度認知障害」という認知症の疑いのある人と、「軽度の認知症」の人になります。池内さんです。
池内:
この薬が効果を発揮するのは、軽度認知障害という認知症の前段階と、軽度の認知症の方々です。そこで早期の方をどう診断していくかという課題が出てきます。専門の病院だけでこうした早期の方を見つけることは難しく、より身近なかかりつけ医や地域包括センターなどを介して、早期アルツハイマー病にあてはまるような人を専門医療機関につなげるネットワークが大切になります。
――早め、早めと。そのための態勢作りも大切だという指摘でしたね。
緒方:
早期のアルツハイマー病の人を見つけ出し、その人の脳にアミロイドベータが溜まっているかどうか、薬の対象者かどうかを確認する必要があります。検査する医療機関は、専門の医師がいる病院に限られる可能性があり、そのあたりをどう解決していくのかが、課題になりそうです。
――待ち望む人は多いと思いますが、価格はどのくらいになりそうですか?
緒方:
薬がすでに承認されているアメリカでは、1人あたり平均で年間2万6,500ドル、日本円でおよそ385万円に設定されています。日本での価格はまだ決まっていませんが、誰もが気軽に使える薬になるのは、現段階では難しいかもしれません。
当事者の受け止めは
――そうした課題もあるなかで、当事者の人たちは、どんな思いを抱えていらっしゃるんでしょうか?
緒方:
認知症の当事者、鳥取県に住む藤田和子(ふじた・かずこ)さん。藤田さんは16年前、45歳のときにアルツハイマー病と診断されました。症状の進行は緩やかで、今も介護保険を使わずに自宅で暮らしています。藤田さんは、レカネマブを巡る動きについて、次のように話していました。
藤田:
初期の方に対応する新しいお薬ができたということは、もしかしたら自分はアルツハイマー病かもしれないという風に思って、自ら違和感を感じて病院に行ったときに、何も手だてがありませんという風に見放されるのではなくて、ちゃんと治療しましょうねって言う風に言ってもらえるかなっていうのは、その点はよかったなと思いますね。
緒方:
藤田さんは、認知症を発症する前は、看護師として働いていました。
自分自身が当事者になってみると、社会では「認知症になると、本人は何もできなくなる」「家族の人が大変」といった情報があふれていて、違和感を覚えたということです。そこで、藤田さんは自ら認知症の当事者として声を発信していく活動をはじめました。
今では、当事者や支援者などで作る日本認知症本人ワーキングググループなどを立ち上げ、各地で講演したり、認知症の人同士が語り合う「本人ミーティング」を定期的に開いたりしています。
認知症の人が暮らしやすい社会を
――ただ、レカネマブについては、誰もが使える薬では、今のところなさそうですよね。
緒方:
そうですね。藤田さんは、新しい薬ができたからといって薬に頼り切るのではなく、認知症の症状がありながらも、当事者が望む生活を送ることができる、趣味や仕事が続けられる環境を作ることが大切だと話していました。
藤田:
薬ができたから大丈夫ということはないので、アルツハイマー病という病気をもちながら、認知症があるという状況でありながらも、社会の中で、自分らしく生きられるという社会の環境を整えていって、尊厳を持って希望を持って生きるということができるという、そこを整えていくっていう、そっちの方が大事だよね。
そんな感じのいい未来を作るために、新しい薬が助けになればいいね。
今後、新たな薬の登場も
――今後、また新たな治療薬が登場する可能性はありそうですか?
緒方:
認知症の治療薬の開発は、今、世界的に活発になっていて、ことし1月現在、141種類の治験が世界で行われているということです。
新潟大学の池内教授のもとでは、まもなく、レカネマブを使った新たな治験が始まるということです。アミロイドベータだけではなく、タウという別のタンパク質をターゲットにした治療薬で、もしタウを減らすことができれば、症状が進行しないとか、症状が改善するような可能性も出てくるということでした。
【放送】
2023/09/06 「NHKジャーナル」
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