がん患者の“ロコモ” 早期に防ぐには

NHKジャーナル

放送日:2023/08/23

#医療・健康#カラダのハナシ

骨や関節、筋肉などの機能が低下して寝たきりなどの大きな要因になる「ロコモティブシンドローム」。高齢者などで課題になっていますが、実は「がん」治療を行っている人たちが、「ロコモ」の状態になる「がんロコモ」が、患者の生活の質・QOLなどに大きな影響を与えてしまうことがわかってきました。
今回は、埼玉県立がんセンター整形外科科長の五木田茶舞(ごきた・たぶ)さんに、「がんロコモ」の課題について聞きます。(聞き手:緒方英俊ニュースデスク、上岡亮キャスター、結野亜希キャスター)

【出演者】
五木田:五木田茶舞(ごきた・たぶ)(埼玉県立がんセンター整形外科科長)

――がん患者の方のロコモ。どのくらいいらっしゃるんでしょうか?

五木田:
はい。ロコモティブシンドロームは高齢者で注目されていますが、最近では、若年者でもコロナなどで外出する機会が減って筋力が落ちているということが伝えられています。

一方で、がん医療の現場で今、非常に深刻に受け止められている「がんロコモ」という現象があります。これはがんになった患者さんが治療を受けていく過程で、筋力が落ちてきたり、動けなくなっていったりという状況をいうんですが、がんを治療している患者さんは、ある研究によると95%が、ロコモの状態であるということがわかっています。

――そんなに多いんですね。

五木田:
はい。比較的若い50代などのがん患者さんでも、治療によって体力筋力の衰えが著しく生じてしまうケースがあるというふうに言われています。

――日本人の2人に1人ががんになるといわれています。決してひと事ではありません。一方で、「がんロコモ」については、わたしもそうなんですが、はじめて聞いたという方も多いのではないかと思います。

五木田:
そうですね。がんにおいては、主治医の先生も患者さん本人も、がんの治療をするということが最優先され、がん治療を行っていくにしたがって、だんだんと患者さんが動けなくなっていく、QOLが低下する「がんロコモ」については、これまで見落とされてきたという背景があります。
ただせっかくがん治療によってがんが治ったり良くなったりしたとしても、治ったときに体力や筋力が落ちていて、転んだり骨折して寝たきりになってしまったりすると起き上がることも難しくなり、介護状態になってしまうということが考えられるので、がん治療を受ける患者さんも、この「がんロコモ」の対策が重要で、とくに、運動ができなくなることを防ぐ必要があるというふうに考えます。

実は、運動するということは「がんロコモ」を予防するのみならず、最近の欧米の研究では、多くのがんの進行を抑えたり、抗がん剤によるだるさが取れたり、不安感やうつなどの気持ちの面や、QOLの改善効果があることが明らかになっています。
例えば、アメリカスポーツ医学会においては、10年以上前から、がん患者さんにおけるエクササイズが効果があるということで、「Exercise is Medicine」すなわちがん患者さんにとって“運動は医療である”というふうにいっています。もちろんこれは、医師の指導のもとで正しい運動をするということが求められているわけですが、がんになっても動き続けなさいというふうに指導されていて、比較的きつい有酸素運動と筋力トレーニング、ストレッチなどを行うことが推奨されています。そして、がんの種類ごとに各運動の効果というのがホームページ上でも紹介されています。

――がんの治療中は安静が大事なのかなと漠然と思っていたのですが、動いた方がいいということで、驚いたんですが。

五木田:
そうですね。医療者の指導のもと、という必要はあると思います。ただ誰しもが抗がん剤治療中や手術後などは、運動はやっちゃいけないと思ってしまうと思うのですが、運動を行うことによって、がんが広がってしまったりとか、転移したりとか、そういうような悪いイメージの研究結果というのは、私が調べた限りでは見当たりません。運動はがんに悪さをしないというふうに、大きく言えば考えていただいていいと思います。また、そのがんの進行度合い、どのようなステージの方でも、動くことが非常に有効であるというような研究が出てきています。
とくに乳がんにおいては、化学療法や放射線治療、手術があるんですが、そういう治療をしていながらも、ちょっと汗をかいてきつく感じるほどの運動をすることによって、例えば抗がん剤ですと、治療の副作用を軽減したり、体力の低下を防いだり、治療を全うすることができたりする。
一方で手術後の患者さんでは、運動することによって、傷やリンパのむくみが悪化することがないということが示されていまして、手術後1日、2日目くらいから順次運動していくことで、肩の動きの改善がよりよくなることがわかっています。

――五木田さんが勤務する埼玉県立がんセンターでは「がんロコモ」について、どのような取り組みをおこなっているのですか?

五木田:
私どもの施設では、がん患者さんが陥るロコモという状態に着目して、5年前から整形外科医やリハビリの理学療法士、看護師がチームとなって、入院してがん治療を行っている患者さんに対して「がんロコモ回診」というのを行っています。
がん治療が長くなってくると、患者さんはベッドで寝ている時間が長くなり、かつ抗がん剤などの治療で副作用がそれにプラスされてくるわけですよね。それによって、帰るころにはふらふらになっちゃって、いざ退院となったときに体力が戻っていないということが散見されるんですね。
それを避けるために、我々は「がんロコモ」を早期発見してリハビリにつなげようという目的で、そのような回診を始めています。その結果、がんを治療する主治医の先生が気づいていない「がんロコモ」を拾い上げることができ、そのような患者さんについては、自転車をこいでもらって、動けない状態を予防しようとか、適切なリハビリを行っていただいています。その結果、リハビリを受けた患者さんを調査してみますと、患者さんの9割が、もともとの動ける状態を維持できたり、あるいは動けなくなっていた状態が動けるように改善できたりという結果が出ています。
また、治療の面で今後の取り組みの話をさせてもらいますと、がんに効果的な、正しい運動方法を処方できるように、今年、院内において、エクササイズのワーキンググループというのを起ち上げておりまして、患者さんに適切なエクササイズのプログラムを紹介するというようなことをこれから取り組んでいく予定です。

――しかし、がんと診断されると、運動する気力がわかないなど、精神的にきついことがあると思うんですが、そうした面についてはどのようにお考えでしょうか?

五木田:
全くその通りだと思います。
がん治療では、抗がん剤や大きな手術など、つらい治療で体力、気力が奪われるだけではなくて、命に関わる病気を患ったという精神面のつらさも大いに患者さんというのは感じられていると思います。元気なときに普通に感じていた何かが楽しいですとか、充実していたという感覚というのは、おそらく消えうせてしまって、真っ暗な状態になってしまっているのではないかなというふうに思われます。
そんな中で我々整形外科では、しんどいイメージのがん治療を少しでも明るくしたいという思いもあります。
さらに、エクササイズというものが、がんに対してポジティブな効果が証明されているのであれば、これは一石二鳥であり、そこを医療者あるいは患者さんみなさんに理解していただけるように、取り組んでいきたいと考えています。

――がんの治療というのは、ロコモにならないような運動とあわせて、と知っておくことが大事なんですね。

五木田:
はい、そう思います。現在、さまざまながんで5年、10年と生存率が上がってきている。それはすなわち、がんであっても長く生きられる方が増えていることを示しています。がんになっても運動することによって、がんの進行を抑えたり、抗がん剤などの治療によるけん怠感などの副作用をやわらげたり、または精神面にも良い影響を与える、こういうことをぜひ知っておいていただければというふうに思います。
「がんになっても運動していく」。これが新しいがん治療の常識というふうに考えております。


【放送】
2023/08/23 「NHKジャーナル」

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