腰痛は“怖がらずに動け”対策最前線

NHKジャーナル

放送日:2023/05/24

#医療・健康#カラダのハナシ

ジャーナル医療健康。日本人のおよそ8割が一生に1度は経験するという腰痛ですが、今この腰痛に悩む人がさらに増えているといいます。今回は腰痛対策の最前線をお伝えします。
厚生労働省の腰痛に関わる複数の研究事業に携わり、今年1月まで東京大学医学部付属病院で特任教授をつとめた医師の松平浩さんに伺います。(聞き手:緒方英俊ニュースデスク、打越裕樹キャスター、結野亜希キャスター)

【出演者】
松平:松平浩(まつだいら・こう)さん(腰痛専門クリニック院長、元東京大学医学部付属病院 特任教授)

腰痛による経済損失は4兆円!

――松平さん、腰痛で悩む人が増えているというのは、なぜですか。

松平:
そうですね。患者さんと日々接していて感じるのは、テレワークが増えたことで、仕事用ではないイスやデスクに長時間座り続けて腰に負担がかかったというケースが目立ちました。とくに若い方では、床に座ってあぐらをかいてパソコン作業をして腰痛を起こした、というケースも少なくありませんでした。
一方、全国で働く1万人を対象に私たちが行った調査では、仕事のパフォーマンスが落ちている状態の上位が、コロナ前の2019年秋には「メンタル不調」が1位で、「腰痛」は3位だったんですけれども、今年2月にまた同じ調査をwithコロナでやったところ、腰痛がトップになっていて、腰痛によって働く人の生産性が落ちている、日本全体の経済損失が4兆円超という試算結果が出ました。健康寿命にも直結するデータも最近ありまして、腰痛は社会課題の1つともいえるんじゃないかというふうに思っています。

腰痛の原因 “心理的ストレス”も

――大きな問題ですね。そもそもなんですが、腰痛の原因は何ですか?

松平:
腰痛の原因はさまざまあります。がんの転移や感染、化のうですね。あるいは解離性大動脈瘤(かいりせいだいどうみゃくりゅう)といった危険な重篤な病気から、腰椎椎間板ヘルニアって聞いたことがあると思うんですけど、腰の神経が圧迫されて起こるものもありますし、尿路結石などもそうですね。一方、最も多いのは、背骨のうち、腰の部分を腰椎というふうにいうんですけれども、腰椎のまわりの関節とか椎間板とか筋肉が不具合を起こしているもの、さらに近年では心理的なストレスも腰痛の原因になることが分かってきています。ですので、職場の人間関係が悪かったり、ストレスがたまっていて、腰が痛くなるということもあるんですね。

――心理的なストレスが腰痛の原因というのはちょっと意外だったんですが、これはどうしてなんでしょうか?

松平:
ストレスが持続するとですね、痛みに過敏になってしまうというメカニズムが分かってきています。脳内で“幸せホルモン”ともいわれるドーパミンとかセレトニンとか聞いたことはありますかね。こういった神経伝達物質が出にくくなってしまって、自分の力で痛みを抑える機能が落ちてしまって、ちょっとした動きでもイタタタタって痛みを感じてしまいがちになるんです。ですので、腰は治っていて全く問題ないんですが、脳が生み出す痛みということがあるんですね。いわゆるぎっくり腰など急性の腰痛というのは、だいたい1か月以内に自然に7割がた治るんですけれども、一部の人で慢性的になったり、再発を繰り返してしまうようなことがあるんです。そのような場合は、発症当初の強い痛みや腰が痛いことへの不安などからくる脳機能の不具合が起こってしまっている割合が高まっていると考えられています。先ほどのコロナ禍で腰痛が増えたのもですね、単に家でのデスクワークで腰に負担がかかったということだけではなくて、さまざまな不安などから来るストレスも関係していたかもしれません。

治療と予防は“動く”こと

――予防もできるんでしょうか?

松平:
はい。さまざまな研究で、われわれ研究者はエビデンスというものを積み重ねているわけなんですけれども、今のところ腰痛の予防と慢性的な腰痛の治療の両方に有用というエビデンスがあるのは、運動・エクササイズのみなんですね。痛みを減らして慢性化や再発を予防するには、もちろん必要時は適切なお薬を使いながらなんですけれども、怖がらずに動くこと。痛みの範囲内でいいので、活動的であり続けることですね。運動療法、エクササイズが一番のお薬ということが分かっています。

ただ、楽な姿勢や横になってもうずいたりとか、痛み止めのお薬を服用してもすぐに痛みがぶり返してしまったりした場合、特にがんの既往がある方なんかは背骨への転移とか、あるいは糖尿病のコントロールが悪い方は椎間板が化のうしてしまっている場合もあるので、注意が必要です。あとお尻から太ももにかけて、特に膝の下まで痛むとかしびれるという方は神経の障害が大きいかもしれませんので、このような時には1度きちんと検査を受けて、原因の病気がないかを確認をした方がいいので、整形外科をぜひ受診していただきたいと思います。

一方、椎間板ヘルニアは、椎間板が神経を刺激して、ちょっと怖い病気で手術をしなければいけないと思っている方が多いんですけれども、実は大きく飛び出したヘルニアのほうが、自分の免疫細胞がそれを食べてくれて自然に治ってしまう、数か月で痛みがよくなってしまうということがほとんどなので、大きいヘルニアほど、最初痛いヘルニアほど早く治りやすいという、腰痛リテラシーも知っておいていただけたらと思います。

――手術がいらないということなんですね。

松平:
手術する必要がある人は、だいたい10人のうち1人か2人くらいなんですね。

実践してみよう “これだけ体操”

――松平さん、腰痛に効果のある運動を教えていただけますか?

松平:
はい。ちょっとかたい話になるんですが、近年、質の高い分析報告で、運動の種類の中でも特にマッケンジー法という方法があって、そのエッセンスを取り入れて、わたしが長年かけて昇華させた「これだけ体操」というのがあるんですね。

――これだけ体操?

松平:
はい。そのようにネーミングしたんですけれども、介護士の方や看護師の方を対象に、複数の比較研究で、その有用性を証明済みです。猫背や前かがみ姿勢で最も腰に負担がかかるのが、だいたい皆さんのウエストラインあたりなんですけれども、そこの椎間板という組織や腰の骨の並びをリセットして、あと腰回りの筋肉や血流、あるいは疲労を改善するということも実証されている、ぎっくり腰や椎間板ヘルニアの予防に最適な体操と考えてください。私は腰にかかる負担を“腰痛借金”、あるいは猫背姿勢のことを“姿勢借金”と言っているんですけれども、それを返済・リセットできるというふうにみなさんに言っています。

――ぜひ知りたいですね。「これだけ体操」、教えて下さい。

松平:
はい。やってみますか?

――では松平さん、ポイントをお願い致します。

松平:

  •  ① 足は肩幅よりやや広めに開いて下さい。つま先はまっすぐ平行にして、両手をお尻に当ててください。
  •  ② ぐーっと息を吐きながら、手首の付け根部分、手首に近いところでお尻を前に押し出していって下さい。そのときに上体をそらしていくんですけれども、上体をそらしすぎるというよりは骨盤をぐーっと前に押し込むイメージで、膝は曲げない。あごは軽くひいて斜め45度くらい。
  •  ③ かかと重心ではなく、つま先重心で。おっとっとと前にいっちゃうくらい。
  •  ④ そして息をはきながら3秒。痛気持ちいいと腰が感じて、ちょうどぐらいです。

松平:
お尻から太ももにかけて響いたときは止めていただきたいんですけれども、腰が痛気持ちいいと感じて、(上体そらしから姿勢が)元に戻って痛みが引けばちょうどいい。腰痛借金が返済された、というふうに思っていただけたらと思います。

――「これだけ体操」ですが、どのくらいの頻度で行うと効果があるのでしょうか?

松平:
1回3秒を3回、予防だったら、まずは1日1回からでもといっているんですけれども、治療としては3秒3回を3セットくらいを目安にやっていただけたらと思っています。


【放送】
2023/05/24 「NHKジャーナル」

この記事をシェアする

※別ウィンドウで開きます