祖母・いわさきちひろから受け継いだこと、そして新たに描く独自の世界

23/07/31まで
眠れない貴女へ
放送日:2023/07/23
#インタビュー#絵本#戦争
絵本作家の松本春野さんに、いわさきちひろの孫に生まれて世界中の絵本に囲まれて育った幼少期のこと、絵本の世界で生きていこうと考えたきっかけ、そして、トットちゃんの戦争体験を伝える絵本に関わることになった経緯など、興味深いお話を伺いました。
【出演者】
松本:松本春野さん(ゲスト)
村山:村山由佳さん(ご案内)
松本春野さん
【松本春野さんのプロフィール】
1984年、東京都生まれ。画家で絵本作家のいわさきちひろを祖母に持ち、「ちひろ美術館」に隣接した自宅で育つ。幼少期から絵を描くことが好きで、多摩美術大学に進学。在学中にイラストの仕事を始め、2009年に山田洋次監督の映画『おとうと』の題字やポスターイラストを担当したことから、同年、山田監督監修の『絵本おとうと』で絵本作家デビュー。NHKでは、2012年に精神科医、斎藤茂太(しげた)の言葉を、絵本の読み聞かせ形式で伝える番組『モタさんの“言葉”』が人気を呼び、絵本化もされた。また、2012年には、父の松本猛さんと共作で、3.11後の福島を舞台にした絵本『ふくしまからきた子』を出版。そのほか、続刊の『ふくしまからきた子そつぎょう』『まほうのおまめ だいずのたび』『バスが来ましたよ』の作画など、多くの作品を手がけている。
子ども時代、ドアをひとつ開けるとそこは美術館
村山由佳さん
村山:
松本春野さんの絵を拝見すると本当に明るい気持ちになるんですよね、やわらかくて。そして、子どもたちが本当に子どもらしく表情が生き生きしていて、見てるこちらまで笑顔になってしまいます。
まずは、松本春野さんが絵本作家になったきっかけを伺いました。
松本:
祖母が絵本作家のいわさきちひろなので、祖母が他界した時に、長男だった父が母と共に美術館を自宅に併設させる形で作ったのが我が家の始まり。“ドアひとつ開けるとそこは美術館であった”という感じで、そんな環境で育ちました。なので、まあ自分にとってすごく絵本っていうメディアが身近で、高校の時から自分で紙を貼り合わせて絵本を作ったりしていて。で、また絵本の世界観っていうのがすごい好きだったんですね。
美大の中でも、人間の闇を表現するようなタイプの作家さんもいれば、いろんな表現のしかたとか、興味をひかれる社会であったり、人間の部分っていうのがある中で、私はやっぱり晴れた日が好きで、そこでおにぎりをみんなで食べるみたいな時間が好き。そしてやっぱり子どもを見てるのが好きだったし、自分の子ども時代を思い出すのが好きだったんですね。で、子どもにまつわる話とか、そういうものを聞くのも好きだったので、 ああ、今まですごい身近にあった絵本って、まさにそういうものを表現できるメディアだなと思って、大学でも卒業制作は絵本でやりました。やっぱり心地いい場所だったんですね。で、大学の時に出版社に自分のポートフォリオを持って回って、イラストの仕事をひとつふたつもらえるようになって、こういう世界に足を踏み入れました。
村山:
お話を伺っていると、芸術家っていうのは、なんかこう闇の部分を持ってるほうが偉いみたいな、自分を切り売りするみたいにして、何かを描いていくのがすごいっていうふうに言われがちで、私も小説を書いてくる中で、そういうので苦しんだことって結構あるんです。自分がそうじゃないから。だけれど、こうしてご自分の好きなものを「好きだ!」って、まっすぐにおっしゃることができるのってステキだなあって思いました。小さい時から別に絵を描くことを強要はされないけれども、お父さん褒めてくださったんですって。なので、そういう「好き!」っていうものが、まっすぐ伸びていかれたのかもしれませんね。
トットちゃんの戦争体験を描くという挑戦
村山:
そうして2009年に絵本作家デビュー。その後はさまざまな作品を発表されてきていますが、トットちゃんこと黒柳徹子さんの戦争体験が絵本化されることが決まり、出版社から春野さんのもとに依頼が舞い込みます。
松本:
黒柳さんが語った戦争体験の中で、戦時中最後の方は、食べ物が1日に大豆15粒しかなかった時があったっていうお話を編集者が聞いて、これは今の子どもたちにも伝わる題材なんじゃないかって思ったみたいなんですね。大豆15粒って節分の時とかにも握ったことがある、食べたことがある、で、どんな人にも伝わるシンプルなエピソードだ、そういうふうに思って。で、「窓際のトットちゃん」の中に、戦争中にどんどん食べ物がなくなっていくっていう描写の中で、キャラメルの自販機っていうものがあったんですけれど、そこの自販機の中身がなくなっても、トットちゃんはお金をいつも入れて自販機をゆすって「キャラメル出てこい!」って、いつもおなかをすかせながら、あの甘い味を思い出しながら、必死で自販機をゆすっていたっていうエピソードがあって、ピッとこう線がつながったというか。大豆とキャラメルをテーマに、あの戦争が、あの時代が語れるんじゃないかって思ったみたいなんですね。で、その時に、もういわさきちひろは他界しているけれども、私にだったら描けるんじゃないかって思ってくださったようです。
でも、「窓際のトットちゃん」のイメージっていうものは、いわさきちひろ以外では書籍化されたことがなかったんです。黒柳さんが「ちひろじゃなくちゃだめなのよ、ほかの絵描きさんで、この本は出版しません」っていうことを、いつもおっしゃってるのを知っていたので、企画をいただいた時に「この企画は通るのか? 引き受けていいのだろうか?」ってすごい葛藤はありました。で、うれしいけれども、トットちゃんのイメージというものを、私がそのまたもう1つの戦争体験のトットちゃんのイメージを担っていいんだろうかっていうことは、もう本当に最後の最後まで悩んでいたんですけれども、文章を柏葉幸子先生という作家さんが書いてくださったんですけれども、柏葉先生の文章をいただいた時に、あまりにもすばらしくて、ぱっとこう、いろんなシーンが思い浮かんだので、「あ、これは描ける」。そしてやっぱり、トットちゃんで描ききれなかった戦争っていう部分を、今の子どもたちに伝えていくために、やらないといけない仕事なんじゃないかなっていうふうにも感じて。で、悩みましたけれども、やっぱりすごいある意味で大きな意味をもった仕事っていうものとめぐり合えることって、なかなかないなと思って、お引き受けしました。