2021年本屋大賞 町田そのこ著『52ヘルツのクジラたち』 一握りの希望をあなたに

21/05/17まで

著者からの手紙

放送日:2021/04/18

#文学#著者インタビュー

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21/05/17まで

町田そのこさんは、1980年生まれ。2016年、「カメルーンの青い魚」で「女による女のためのR-18文学大賞」を受賞、翌年、同作を含む『夜空に泳ぐチョコレートグラミー』で作家デビューしました。2021年「本屋大賞」大賞を受賞した『52ヘルツのクジラたち』は、主人公の女性が過去に苦しみながら、自分と同じ境遇の少年と出会い、自身の未来を探す物語です。本作品について、町田さんにお話を伺います。(聞き手・畠山智之キャスター)

【出演者】
町田:町田そのこさん(小説家)

教室の隅っこで丸まっていた

――2021年「本屋大賞」大賞受賞、おめでとうございます。この作品はすでにベストセラーになっていると聞きましたが、何が読者の胸を打ったとお考えでしょうか。

町田: 読んだ人が、読み終わったあとに「あしたも頑張ろう」とか「あしたは教室の隅っこで一人でいる友達に声をかけてみよう」とか、そういうほんの一歩を踏み出せるような物語であったらいいなと思っていたんですけれども、もしかしたら、その思いがたくさんの人に伝わって受け取ってくださったから、この反響なのかなと考えております。

――主人公は、東京から大分県の海辺の町に移り住んだ、26歳の三島貴瑚という女性です。虐待されて育って、成長してからは、ののしられながら父親の介護を一手に任され、死のうとしているところを、友人の先輩である岡田安吾に救われるんですが、勤め先の上司と不倫関係になってある事件が起こったあと、田舎に引っ越しました。町田さんはこの貴瑚を、どんな人物と考えて描いたんでしょうか。

町田: たくさんの人の中にいると埋没してしまうような、どこにでもいる女性をイメージしています。ただ彼女は、幼いころの生育環境が特殊で、虐待を受けておりましたので、ちょっとしたほころびがところどころに出てくる、そういう女性をイメージしています。

――モデルにした方はいらっしゃったんですか。

町田: いないです。幸いにも私の周りに虐待を受けたり苦しんだ女性はいないんです。なので強いて言えば、私が想像の中で組み上げた、って言ったらあれですけど、虐待を受けて育った人というのはこうじゃないかな、というのがありました。

――本作では子どもだったころの思い出として、空腹で耐えられなかったクリスマスの夜のシーンがありましたよね。ダストボックスを開けたら弟が食べ残したチキンやおすしがあって、生クリームがついたサンタクロースもあって我慢しきれずなめてみたら生臭かった、という表現があります。あれはやっぱり、体験しないと書けないだろうと思いましたが……。

町田: いえいえ(笑)。私、虐待は実際には受けていないんですけれども、子どものときにいじめに遭っていた時期があるので、自分が虐げられている記憶がないわけではないんです。いじめられて教室の隅っこに丸まっていた時期があって、それがいまだに忘れられないので、どうしても、そういう弱い人たちに心が持っていかれるというか、引っ張っていかれるというのはあります。たぶんそこが創造の源であり、原点なんじゃないかなと考えています。

誰にも届かない52ヘルツの声

――貴瑚はある日、13歳の男の子と出会います。男の子は母親から虐待を受けて、しゃべることができません。貴瑚は男の子を自分の家に住まわせ、いわば避難させようとします。誰とも関わらず、ひっそり一人で暮らそうと決めていた貴瑚の心を動かしたのは、どんなことだったとお考えでしょうか。

町田: 痛みに苦しんでいる、一人で耐えている自分に、気が付いてくれたところが大きいんですけれど、自分と同じ“におい”がした。つまり、貴瑚本人も虐待されて育ってきたので、たぶんそこには、近しいもの、においというようなものがあるのではないかなって思うんです。そのにおいが、引き寄せたと考えています。

――タイトルの『52ヘルツのクジラたち』が、この本の重要なキーワードになっています。貴瑚は苦しいときに、仲間には届かないという「52ヘルツのクジラの鳴き声」を聞いていますが、この鳴き声を、ともに暮らすようになった男の子がせがむようになって、貴瑚は男の子を、「52」と呼ぶようになります。「誰にも届かない声」ということが、物語のテーマということでよろしいですか。

町田: はい、そうです。52ヘルツのクジラの存在を知ってから、孤独というのは何かを考えると、誰にも自分の「助けて」っていう声が届かないのが孤独だろうなと思ったんです。「助けて」も言えない、届かない、という人たちの苦しみを、52ヘルツのクジラになぞらえてと言いますか、テーマにしたいなと思ったのが、作品を書くきっかけでした。

――海原を泳ぐクジラたちは、お互いに声で仲間と連絡を取り合っていますよね。でも特定の周波数を超えてしまうと、聞こえない。それが、52ヘルツのクジラの鳴き声、ということなんですけれども、世の中には、そういった方々もたくさんいるということですよね。いくら思いを発したとしても、聞き取ってもらえない、聞こえない、という。

町田: たぶん、私自身も聞こえなかった。そして、聞くこともできなかったんじゃないかなと、これを書き上げたあとにちょっと思いました。

――ご自身で、そう思われましたか。

町田: はい。想像を膨らませて本作を書いたんですけれども、結局頭の中で想像するだけで、実際に何か行動を起こすことはできていなかったんです。作品の中で、子どもを救う・助けるっていう具体的な方法を書きながら、模索していたように思います。

聞こうとしても聞こえない声

――そしてもう一人、貴瑚の人生に大きく関わることになったのが、岡田安吾です。貴瑚が「アンさん」と呼ぶ彼は、貴瑚の力になろうと奔走しますが、彼には悲しい運命が待っています。アンさんには周囲に隠していることがありますが、町田さんが、アンさんの「誰も気付くことができなかった事情」で表現したかったのは、どんなことだったんですか。

町田: 「声を聞こうと思っても聞こえなかったこと」って、現実にはたくさんあると思うんです。もっと私が早く気付いていたら……とか、実際には取り返しのつかないことが悲しいけれどあるので、アンさんはそういう象徴になってしまったとは思います。
そして虐待児童だけが「52ヘルツの声」を上げているわけではなくて、LGBTやほかのさまざまな事由のある人が、「助けて」の声を上げられない、上げていても届かない。であれば、虐待児童以外にも苦しんでいる人を書くのは当たり前のことではないかなと、彼のこともすんなり書けました。

――この物語は、苦しい日々を過ごす貴瑚の味方たちに、読者も助けられます。貴瑚の世話を焼こうとする地元の若者・村中、東京から貴瑚を心配してやってきた親友の美晴、52の祖母である昌子といった人物たちです。町田さんがサブキャラクターたちに背負わせたのは、どんな役割だったんですか。

町田: 「誰も助けてくれない」と思っていても、改めて周囲を見回したら、手を差し伸べてくれる人はたくさんいるよっていうことを書きたかったのと、美晴に関しては、私が理想とするあり方をのせて書きました。私はああいうふうに、何かあったときにちゃんと行動で示せて「大丈夫だよ」ってことばでも出せる女性に憧れているんです。
村中くんは、最初は頼りないと思ったりなんだか嫌だなって思ったり、でも「助けて」って言ったときには親身になって助けてくれる人もいるよっていう願いをのせています。
昌子さんに関しては、自分だけではどうしようもないときに、知識がある人や自分より先に学んでいる人に教わることも大事じゃないかなと思って出したキャラクターです。

一歩前へ。一握りの希望

――実は私は、あえて最後の章とその一つ前の章をまだ読んでいないんです。読み進むにつれて、登場人物は「そういう生き方をしてきたんだ」と次々分かってきますよね。この先も何かが明らかになると予感しまして、最後とその前の章は大切に読みたいと思っているんですが、町田さんがラストシーンに込めた思いというのを、教えてもらってもよろしいですか。

町田: 最初にお話ししましたけど、読み終わったあとに「一歩進もう。進める気がする」といった、ほんの少しの希望を持ってもらえるような物語にしたかったんです。いろいろつらい話が続きますけど、最後の最後には、ほんの一握りの希望が残るようなものになっていたらなと思って、書いています。

――希望が、ありますか?

町田: 希望は、あります!


【放送】
2021/04/18 マイあさ! 「著者からの手紙」 『52ヘルツのクジラたち』町田そのこさん(小説家)

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21/05/17まで

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