『死を生きる 訪問診療医がみた709人の生老病死』小堀鷗一郎著

24/06/10まで

著者からの手紙

放送日:2024/05/12

#著者インタビュー#読書

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『死を生きる 訪問診療医がみた709人の生老病死』は、医師の小堀鷗一郎(こぼり・おういちろう)さんが、死や老いとの向き合い方を提案する啓発書です。小堀さんにお話をうかがいます。(聞き手・田中逸人キャスター)

【出演者】
小堀:小堀鷗一郎さん

命を終えることを前提とした医療がある

――小堀さんは40年にわたって外科医として勤務したあと、定年退職後に訪問診療医になり、さまざまな方のみとりをするようになりました。その中で、「命を永らえる医療」から「命を終える医療」へと方向転換をしたと書かれています。「命を終える医療」とは、安楽死、尊厳死、緩和医療、ホスピス医療のどれでもないともお書きになっていますが、どんな医療なんでしょうか。

小堀:
ひと言で言えば在宅医療です。死を前提とした医療です。特別な治療をやらないでみている。全然食べなくなっても水分だけ皮下にちょっと点滴するとか、それも立派な医療ですから。だけどそれは「命を永らえる医療」ではないですよね。

例えばこれは、僕が「命を終える医療」をやったほうがよかったかなと思う例です。90歳の後半の一人暮らしのハッピーなおじいさんが、あるとき低体温症で、ヘルパーが来て触ったら冷たいというので救急車を呼んで運んだんですが、その方はすぐ回復したんです。ところが、もともと病気もなくて元気な方だったんですが、そういうところに入院すると、たちまちせん妄状態といいますか暴れ出すんですよね。だから拘束されて、手足を縛られたりするんです。

そういう状況になったので、僕が、「元のところに戻って僕が行くようにしたらどうでしょう」と言ったら、病棟の担当医が、「医者の良心が許さない。また同じようになって、今度は冷たくなったまま回復しないようなこともある」と。なるほど、そういう考え方もあるかな、と。結局その人は、何か月も縛られたまま鎮静剤を打って、何もわからないまま亡くなったんです。その人は釣りが好きで、釣りでとったいろいろなトロフィーが棚の上に並んでいたので、そういう話ができたんです。だけど結局6か月間、鎮静剤を打って、そうでないと暴れますからね。それで亡くなったんです。

――その方の場合は、6か月前に在宅医療に切り替えることが、「命を終える医療」になった?

小堀:
そうだと思います。命を終えることを前提とした医療ですね。ただそのような医療は、この場合は医者になって3年目くらいの若い担当医でしたけれども、医者の良心に照らして受け入れられないというのは、一理あるんですよね。ただ結果として、彼は6か月間鎮静剤漬けになって、僕が釣りの話をするときだけ、目をかっと見開いたんですね。僕に言わせれば、彼を家に連れて行っていたら、もしかしたらこういう話を6か月間できたかもしれないなという思いは残ります。

それぞれのカルミネーションを想像する力

――「命を終える医療」を理解する手がかりになるのが、小堀さんがお書きになった、「私の在宅医療の18年間は709人のこの世を去った人々にとってのカルミネーションを実現することであった」という一節ではないかと思います。「カルミネーション」とは、何でしょうか。

小堀:
カルミネーションというのは、辞書を引くと「最高点」とか「絶頂」とかありますが、この小説を書き終えて死にたいとか、この演奏を最後にやって終わりたいとか、そういう崇高なことである必要は全然ないんです。育った家を見たいとか酒が飲みたいとか、何でもいいんですよ。タバコが吸いたいという人もいますしね。

――小堀さんは患者の意思を阻害するものとして、医療だけではなくて社会全体にある、「死に行く患者への想像力の欠如」を本の中で挙げています。どういった状況を指しているのでしょう。

小堀:
これも実例ですけれども、がんの末期で人工肛門をつければ3か月もつ、つけなければ3週間ということで退院した高齢の女性がいました。がん性腹膜炎だからものを食べられなくて、食べるとむせたりして要するに通らないんです。水なんかも飲めない。だから一切禁じられていたわけです。でもどうしても自分で退院すると言って退院しちゃったんです。介護しているのは車椅子の息子さん一人なんだけれども、僕が行ってみたら、自分は塩辛いものを食べたい、水が飲みたい、と。僕は、水はいくら飲んでもいいし塩辛いものもいくら食べてもいいと言ったんです。

人工肛門をつけなければ3週間で死ぬという人が、帰ったあとどういう生活をするのか。そこが想像力の欠如ですよ、それがわからないというのはね。だからもらってきた薬がものすごくたくさんあるわけです、何種類も。息子さんが薬を飲ませるのに1時間半かかるから、なんとか減らせないかと言うわけです。僕は、鎮痛剤を除いて全部捨てろと言ったんですね。それから、塩辛いものでもなんでも食べていい、と。

それから3日後くらいに、枕元にポテトチップスの空袋が落ちていたんです。食べたものは喉を通ったらしいんだけれども、水はおそらく、胸の上にバスタオルが広げてあったのでそこに全部しみこんでいるんですよ。でも彼女は非常にハッピーな顔をして横たわっていました。もちろん、水を飲んじゃいけないという指令は病院からずっと続いていたんです。そういう状態で水を飲めば誤えん性の肺炎になって重篤な状態になって死に至る。だからこれはいけない――これは教科書にある当然の申し渡しですよね、退院するときの。だけども私に言わせれば、その人は何を望んで帰っていくのか。それを、「想像力」というふうに表現したんです。

この社会は死を認めない仕組みだけれど

――小堀さんは、「誰もが老いることを理解し、死ぬことを受け入れ、自分にとって家族にとって社会にとって望ましい死」について考えることが重要だと指摘しています。望ましい死というのは、人それぞれ違いますね。

小堀:
その通りです。

――それを考えるときのヒントとしては、どんなことが挙げられますか。

小堀:
それはやっぱりその人がそれまで送ってきた人生ですよ。それに即した、自分の望ましい最期。葉山の海岸に行って夕日を見て死にたいとか、あるいは、抗がん剤を使ってどこまでも生き残って闘いたいとか、それもいいと思うんですよね。それはその人の考え方ですから。

でもまず、死ぬということを受け入れないと。ほとんどの高齢者は死ぬと思っていない。それは世の中がそういう仕組みになっていますからね。政府だって「人生100年時代」といって、どうやって死ぬかというよりも少しでも長生きしよう、と。学会もそうですよね。アンチエイジングなんていうのはDNAレベルで不老長寿を実現しようと、生きることばっかり考えている。でも実際に人は必ず死にます。だけれども社会は死を認めない。だけれども死は訪れる。

社会の反応はどうかといえば、僕が非常に印象的なのは、この本のまえがきに書きましたけれども僕の知人ですよ。娘さんと奥さまがいらして、自分の死は覚悟しているんだけれども、そういうことを娘や妻に伝えられないんです。よくなったらハワイに行こうねとか、よくなりっこないことがわかっていても、表面ではそうやっている。そうして最期を迎えるというのは、僕はなんとなくふに落ちない。

この人だって、自分が死を恨んだり挫折感を持って死ぬんじゃないということを、一緒に暮らしている奥さまと娘さんに言いたいんだけど言えない。つまり、大部分の方が死を認めない。繰り返しになるけれども、国も認めない、学会も認めない、社会も認めない。でも死は実際に訪れるから、その結末は非常に悲惨なことになる。

だから死について、考えていただきたいと思いますね。老いたらどうしよう、動けなくなったらどうしよう。それから死ぬときは、病院がいいのか自宅がいいのか、だけど自分の家の経済状態はこうだ、とか。この本を読んだ人がそういうことに思いを巡らせる機会になれば、それに勝る喜びはない。考えてくださればいいんです。

――『死を生きる 訪問診療医がみた709人の生老病死』の著者、小堀鷗一郎さんでした。小堀さん、ありがとうございました。

小堀:
ありがとうございました。


【放送】
2024/05/12 「マイあさ!」

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