『体験格差』今井悠介著

24/05/28まで

著者からの手紙

放送日:2024/04/28

#著者インタビュー#読書#学び

放送を聴く
24/05/28まで

放送を聴く
24/05/28まで

『体験格差』は、習い事などの「体験」ができる子どもとできない子どもの現状をふまえて、その格差の解決策を提案する社会論です。著者の今井悠介(いまい・ゆうすけ)さんにお話をうかがいます。(聞き手・田中逸人キャスター)

【出演者】
今井:今井悠介さん

――この本は、今井さんが代表理事を務める公益社団法人チャンス・フォー・チルドレンの活動が基になっています。今井さんはどんなきっかけから、困窮家庭で育つ子どもの支援を始めたのでしょうか。

今井:
私は小学生のときに阪神・淡路大震災を経験していまして、その縁で大学時代にNPOの活動に参加をして、不登校の子どもたちの支援に携わりました。これが活動の原点になっています。そして東日本大震災をきっかけに自分も何かやらなければいけないという衝動で、当時会社を辞めて、学生時代の仲間たちと一緒にチャンス・フォー・チルドレンを立ち上げて、被災した子どもたちだったり、経済的な困難を抱え込んだ人たちと関わり始めました。

そこで、いろいろなことを体験する機会がない、そういう子どもたちに出会ったんですね。一緒にキャンプに行ったり、地域でいろいろなボランティアの仕事をしたり、そういう経験を通じて少しずつ子どもたちが顔の表情を取り戻していく、そういう場面にたくさん出会って、私自身、体験を積み重ねることで子どもたちが自分の人生を切り開いていくシーンに出会ってきたことがきっかけで、子どもたちに体験を届けながら選択肢を広げていくような活動をしたいなということを思っていました。

――この本は、今井さんがあるシングルマザーから向けられた発言で始まります。「息子が突然正座になって、泣きながら『サッカーがしたいです』と言ったんです」。これを聞いたとき、どんなことをお感じになりましたか。

今井:
やりたいことを自由に選べてできる子どもたちがこの社会にいる一方で、自分がやりたいことを言い出すのにこんなふうに勇気を振り絞らなければならない子どもたちがいる。ここに、体験格差という問題が凝縮されていると感じたんです。同時に、私たちの社会はこういう体験格差の問題に正面から向き合ってきたのだろうかということもすごく感じて、ずっと見過ごしてきたのではないか、とも思いました。子どもの貧困問題に社会でもスポットが当たってきましたけれども、特に支援が充実してきたのは子どもの食事や生活の部分と、もう1つは学習と進学の部分です。子どもの体験には光が当たってこなかった、そういうことも感じていたんです。

この方も含めて、親御さんのインタビューをさせていただく中で、子どもに申し訳ない、自分の責任だと感じている方もいました。本当にこの体験は、家族とか親だけの責任に押し付けていいのだろうか。子どもたちがいろいろな体験をするのを、社会の中で考えていくことをしなければいけないんじゃないか。そういうことを、お話を聞きながら感じました。

――各家庭の責任ではなくて、社会全体として向き合っていくものだということですね。

今井:
はい。

――今井さんは、「体験は必需品である」として、その重要性を強調しています。子どものころの体験はどんな点で重要だと言えますか。

今井:
まず、体験は楽しいものですね。スポーツをするとか音楽とか芸術に触れるとか、旅行に行くとかキャンプに行くとか、こういうことって純粋に楽しい時間で、子どもたち自身がその瞬間を充実して過ごせる。これ自体がまずすごく大事だと思うんです。

体験の機会が多いか少ないかで、子どもたちの将来に長期的に影響があるというのがすごく重要な点だと思っています。例えばスポーツとか音楽を継続的に頑張ることによって目標を達成する力がついたり、あるいは学び方そのものを学んだり、あるいはキャンプで集団生活をする中で自分の気持ちをコントロールしたり、コミュニケーションとかそういう力がついていく。こういったことがすごく大事な点で、将来にも影響すると思うんです。

ただこれだけじゃなくて、私は今回、体験の意味って何だろうということも探求しながら、いろいろな方にお話を聞いてきたんです。その中で、沖縄で子どもの貧困の問題に向き合っておられるNPOの「ちゅらゆい」という団体の代表の方からお話を聞いたのが印象的でした。そこで支援している子たちを北海道に旅行に連れて行ったそうなんです。子どもたちにとって初めての北海道だったんですけれども、沖縄でも行けるアニメショップとかゲーセンに行ったり、食事も全国チェーンの飲食店に行きたがったそうです。いろいろな体験をしてこなかったので、北海道に来たらこれをしてみたいとか、そういうことがそもそも思い浮かばないと、こういうことをおっしゃっていたんです。想像の幅とか選択の幅というのは、子どもたちが積み上げてきた体験によって変わってくるということなんですね。

――現在、どんな「体験格差」が存在するのか。本には、チャンス・フォー・チルドレンが行った「子どもの体験格差に特化した全国調査」の結果が細かく載っています。その中に、「低所得家庭の小学生の約3人に1人が体験ゼロ」とあります。つまり経済的な理由から、習い事、クラブ活動、キャンプや旅行、スポーツや芸術鑑賞といったものが、まったくできない子どもたちがいるということですね。

今井:
われわれが活動していく中で実感していたことが、全国調査を行なってデータで示されたという感触があります。今回、体験をなかなかできない理由を尋ねたんですね。一番大きな理由が、経済的な理由だったんです。つまり、お金がなくてできない。今回、お話をうかがったご家庭ですと、日々の数百円単位でのお金を切り詰めて生活しているから、そういう中では体験にお金を回すことがなかなかできないというのがありました。

――中でも危機的と感じるのが、地域の行事やお祭りへの参加率でも、世帯年収が低いほど低くなるという調査結果です。地域の行事やお祭りへの参加はお金がかからないと思いますが、ここにも経済的な理由が潜んでいるようですね。

今井:
困窮家庭ですと、体力的・精神的な余裕がないですとか、特にひとり親家庭ですと、親の時間的な余裕、これは送迎ができないとかつきそいができないとか、こういった理由もありますし、お祭りに行って何か子どもに買い与えるということも負担になるんです。周りの子たちはいろいろなものを食べたり出店で遊んだりしている中で、できることがない。そういう思いをするくらいなら、連れて行くのをやめておこうかなということになるわけですね。あるシングルマザーの親御さんは、地域のお祭りに参加できるのは、やっぱり経済的にも余裕のある人が多い気がするとおっしゃっているんです。仕事をしながら子どもを育てている、しかもひとりで育てているとなると、なかなかそういうことができないんですと、そういうお話もうかがいました。

――“子どもに体験をさせてあげられない親たち”へのインタビューもあります。ここで共通しているのは、子どもたちが家庭のことを察して体験を我慢している状況です。今井さんはこうした現状をどう捉えていますか。

今井:
本当に心が苦しいと言いますか……。私がお話をうかがった中に、体を動かすのが好きだという子がいるんです。その子が、学校でのスポーツクラブのちらしをもらってきた。少しお金がかかることが書いてあった。親御さんが、「やってみたい?」と聞くと、「僕、見るのが好きだから」と。そういう子どももいるんです。こういう状況が続くと、子どもたち自身、我慢することが当たり前になっちゃうんですね。そうなってくると、こんなことをやってみたいとか、そういう欲求そのものを出すことがすごく難しくなってしまう。今回のインタビューの中でも、子どもが「こんなことをやってみたい」というふうに言わなくなった、それが悲しいという話もあったんです。

――最終章のタイトルは「体験格差に抗(あらが)う」です。体験格差を解消していくためには、これからどんなことが大切になるでしょうか。

今井:
体験格差という問題は、まだ社会全体で議論すらされていないと思うんです。1つ、この問題を考えていく上で大事なのは、体験は、社会で支えていくものじゃないのか、あるいは親や家族が支えるままでいいのか、これがそもそも議論されていないので、こういったことを話題にしていくのが第一歩だと思うんです。社会の中で子どもたちの体験を保証していくという合意が得られれば、政策が動いていったり、いろいろなしくみができてくると思います。私は、体験を社会で支える必要があると思っています。そこにはいろいろな意見がたぶんあると思うんです。そういったことをもっともっと議論を深めていくことが、今のフェーズではすごく大事なことなのかなと思っています。

――『体験格差』の著者、今井悠介さんでした。今井さん、ありがとうございました。

今井:
ありがとうございました。


【放送】
2024/04/28 「マイあさ!」

放送を聴く
24/05/28まで

放送を聴く
24/05/28まで

この記事をシェアする

※別ウィンドウで開きます