『虎の血 阪神タイガース、謎の老人監督』村瀬秀信著

24/05/20まで

著者からの手紙

放送日:2024/04/21

#著者インタビュー#読書#スポーツ#ノンフィクション

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『虎の血 阪神タイガース、謎の老人監督』は、昭和30年にプロ野球未経験でタイガースの監督になった岸一郎にせまったノンフィクションです。著者の村瀬秀信(むらせ・ひでのぶ)さんにお話をうかがいます。(聞き手・田中逸人キャスター)

【出演者】
村瀬:村瀬秀信さん

素人のおじいさんがなぜプロ野球の監督に

――まず誰もが、「なぜ素人のおじさんがプロ野球の監督になれたのか」という疑問を抱くと思います。村瀬さんは冒頭で、「タイガースというチームの『肝』がここにある」と書いていますが、この「肝」とは何でしょうか。

村瀬:
「虎の肝」ですよね。タイガースは一種異様なところがあるんですよね。例えば、熱いファンがいて甲子園があれだけ盛り上がっているのに、なかなか勝つことができない。巨人と同じくらいの歴史はあるんです。1934年が巨人、1935年が阪神でありながら、巨人は22回、日本一というのがありますけれど、タイガースは去年優勝するまで1回だけだったんです。そしてところどころで、お家騒動と言われるものが起こるわけです。なんとなくおかしいなと思いながらも、こんなに阪神ファンが熱いのは何なんだろうというのは、うっすらと、ずっと思っていたことではありました。

――その肝があるからこそ、素人のおじさんが監督になってしまったということなんですね。

村瀬:
そうなんです。

――この本に描かれている、プロ野球・阪神タイガース第8代監督の岸一郎は、福井県敦賀市で農業に従事していましたが、球団オーナーに「タイガース再建論」の手紙を送るとオーナーが感激し、オーナーに監督就任を打診されます。そして昭和30年、60歳のときに、プロ野球経験ゼロで監督に就任しました。素人のおじさんがプロ野球の監督になった経緯について、解説をお願いしていいでしょうか。

村瀬:
はい。その前に、素人の“おじさん”ではなくて“おじいさん”なんですよ。昭和30年の(男性の)平均寿命は64歳ぐらいなんです。それで60歳となると、今の60歳とは全然違いますよね。

なぜそんな方が監督になったのかというと、結局これはいろいろなことが考えられるんですけれども、当時、藤村富美男さんという方を中心としたダイナマイト打線は、メンバーがみんな年をとって衰えてきていたんです。若手に入れ替えていかなければならないんだけれども、ミスタータイガースと言われていた藤村富美男を使わないというのは誰もできなかったわけです。そこに対して岸一郎は、自分であれば、動脈硬化を起こしそうなタイガースの血を入れ替えてみせるというようなことを、どうも書いたらしいんですね。それに乗っかった、そして起用された、というところがあるんだと思います。

ただ、実際どうなのかはわからないです。誰かが送り込んだスパイなんじゃないかとかいろいろな可能性が出てくるので、その謎がどれも確証にはたどりつけないみたいな感じではあるんですけれども。

――プロ野球の経験がない、しがらみがないからこそ、チームの再建を託す適任者だったのかもしれない、ということでしょうか。

村瀬:
そうですね。

地元・敦賀で聞いた“虎の血”濃き素顔

――その岸監督ですが、開幕後に対巨人戦で9連敗します。そして33試合を消化した5月21日に、「痔(じ)の悪化による病気療養」の名目で休養に入り、その後、二度と現場に戻ることはありませんでした。この退任劇は、戦績というより選手たちからの反発があっての休養だったようですね。

村瀬:
そういうことですよね。タイガースは、タイガースがやってきた伝統だとか自分たちの誇りみたいなものがある選手ばかりなんです。その人たち、ベテランを使わないとなれば、やっぱり反発しますよね。その反発を最終的には抑えきれなくなってしまった。例えばランナーに藤村富美男が出て岸一郎が代走を送るんですけど、「代走なんかいらんわ」と藤村富美男が言って追い返すとか、そういった采配拒否みたいなところから岸さんが孤立しちゃったんです。それで休養に追い込まれてしまったんですね。

――村瀬さんは岸の地元である福井県の敦賀で岸の家族に、また、岸に仕えた選手たちにもつぶさに聞き取りをしています。中でも吉田義男、小山正明といった名選手たちが、岸監督のことを口をそろえて「温厚」と評しています。これを聞いてどんなことを感じましたか。

村瀬:
実際のところは、ほぼ覚えていないんだと思います。ただ、すごく好々爺(こうこうや)だった、いいおじいさんだった、優しいおじいさんだったというようなイメージだけが残っている。実際、絡みはたぶんなかったと思うんですよね。小山さんもまだ出始めのときで、この年5月に離脱するんです。帰ってきたら岸さんはいなくなっていたという状況だったので、本当に幻みたいな、「あの人、なんだったんだろう」というくらいしか覚えていないと思います。ですから温厚だった、いい人だったという、タイガースの監督をやる人の中では極めて異例で異色の存在だったのが、今でも記憶に残っているところではあると思うんです。

――ところが村瀬さんは、さまざまなゆかりのある人たちへ聞き取りを続けていく中で、岸監督のことを「おしゃべりで、勝負師で、破天荒、そして何よりも濃かったのは“虎の血”だった」と書いています。“虎の血”とは、タイガースに対する愛と言ってもいいでしょうか。そして、選手たちの印象と正反対の人物像にたどりついたのはなぜなんでしょうか。

村瀬:
敦賀でびっくりしたのが、それまで見聞きしたタイガース時代の岸一郎という人物とは真逆の像が出てきたことです。好々爺のイメージとは真逆の、豪快で熱血で、引っ張っていくような豪放らいらくさを持っていておしゃべりもすごいみたいな話が、ガンガン出てくるんです。

“虎の血”が濃かったというのは、まず60歳で「タイガースの監督になりたい」と自分を売り込むこと自体がすごいですよね。でもタイガースの監督になって失敗をしてしまって、その後、敦賀に戻ってからはタイガースのことに対して全く口を開いていないんです。愚痴みたいなことも1つも言わなかったらしいです。たとえ33試合であっても「俺はタイガースの監督だったんだ」という矜持(きょうじ)が見てとれるようなかけらが、いくつかあるわけです。

――口をそろえて「温厚で無口で好々爺で」と言われた中に秘められていたものが、どんどん出てきた?

村瀬:
そうですね。

――故郷に帰ってからはタイガース時代のことを何も語らなかった。それが、“虎の血”ということでしょうか。

村瀬:
そういうことですよね。

「やっぱりタイガース、好きなんだよな」

――阪神ファンというと、弱くても嫌いにならないメンタリティーがことあるごとに話題になります。タイガースには、素人を監督に起用してしまうような、他の球団にはない懐の深さ、ひいては魅力があるということでしょうか。

村瀬:
そうですね。弱くても憎めないというような、「やっぱりタイガース、好きなんだよな」って、みんな言うんですよね。関西は、全体でタイガースというものを文化にまでなしえてしまったという独特すぎる空気を持っているなと、改めて思いました。

――タイガースの持つ特徴が、この本を読んでいると見えてくるような気もしました。

村瀬:
タイガースって、あまりにも生活に根ざしすぎている感じがありますよね。ゆえに一朝一夕には入り込めない壁みたいなものも感じるんです。この岸一郎を中心としたタイガースというものを書く上で、だからこういうかたちになったというのもあるんですけれども、まだ書ききれない要素が山ほどあるんですよ……。

――とてもスリリングで、野球を知らなくても楽しめると思いました。『虎の血 阪神タイガース、謎の老人監督』の著者、村瀬秀信さんでした。村瀬さん、ありがとうございました。

村瀬:
ありがとうございました。


【放送】
2024/04/21 「マイあさ!」

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