『わたしたちに翼はいらない』寺地はるな著

23/11/07まで

著者からの手紙

放送日:2023/10/08

#著者インタビュー#読書

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『わたしたちに翼はいらない』は、架空の地方都市に住むアラサーの男女3人が、関わり合ったことからそれぞれに困難に直面し、もがいていく様を描いた長編小説です。著者の寺地はるなさんにお話をうかがいます。(聞き手・畠山智之キャスター)

【出演者】
寺地:寺地はるなさん

許せないことってやっぱりあるよね

――『わたしたちに翼はいらない』は、「昔されて嫌だったことを、なぜ許さなければならないのか」という、寺地さんの疑問をきっかけに生まれたそうですが、その疑問はどんなところから湧いてきたんですか。

寺地:
何かトラブルがあって、謝罪されたら許さなきゃいけないという空気が社会にはあると思うんです。でも、嫌だったら嫌なままでいいんじゃないのかなと思ったり、嫌なものは嫌なものとしてちゃんとあるよということを、大事にしたいと思いました。だから、許せないことってやっぱりあるよねということを、まず明らかにしたかったというのがあります。

――それは何か実体験があったんですか。

寺地:
そうですね。具体的には言いにくいですけれども、はい。

――世の中では、「許しなさい」と簡単に言いますよね。そうではないでしょ、ということですか。

寺地:
そうですね。私、怒りとか悲しみとかを、喜びと同じ場所に置いておきたいんですね。それを、感じちゃいけないことだとは思いたくないんです。同じぐらい大事にしたいと思っているので、そういう気持ちがあって、この作品になったのではないかなと自分では思っています。

――物語についてうかがっていきます。作品の舞台は架空の地方都市です。主人公はそこに暮らすアラサーの男女、3人。この3人にどんな背景があって、どんなキャラクターなのかが重要になってきますが、まず、会社員の独身男性、園田律(そのだ・りつ)です。律は自分をいじめていた中学校の同級生、中原大樹(なかはら・だいき)と再会したときから、大樹に殺意を覚えます。ただ、自分のことを「人を殺せるような度胸はない」とも言っていますね。寺地さんは園田律をどんな人物として描こうとしたんですか。

寺地:
園田の場合は、たくさん傷ついてきて、作中では傷ついたことについてたくさん語るんですけれど、自分が傷つけたかもしれない誰かについては一切語らないんですね。ある意味、未熟な人間でもあることを、念頭に置いて書いています。

――2人目は、中学生のときから律をいじめていた大樹とつきあっていて、今は大樹の妻になっている莉子(りこ)です。専業主婦の莉子は、スクールカーストでいうと一軍にいて、今も上昇志向が強い女性です。莉子はどんな人物でしょうか。

寺地:
この人は、野心もあるんですけど努力はしないという人です。自信があるようで、ない。母親から、「女の子は、かわいければいい」とか、そういう言葉をずっと子どものころから聞かされてきて、それが正しいことと思い込んで生きてきたという、とても素直な人なんですね。ただ、そういう素直さというのは、私はある意味でとっても怖いことだなと思いました。

――怖いこと?

寺地:
世の中で当たり前のように言われていることをそのまま信じてしまうのは、すごく怖いことでもあると思うんです。時間がたつと、あれは実は間違っていたとか効果がなかったとか言われてしまうようなことを疑いもしないというのは、とても怖いことなのかもしれないなと、私はよく考えるんです。

――でも、そういう状況の中でも、日々生きているときには自分の人生を楽しんでいるわけですよね。

寺地:
そうですね。

――3人目は、娘が、莉子の娘と同じ保育園に通っている、シングルマザーの朱音(あかね)です。化粧っ気がなく、町の小さな会社に勤めている朱音は、人と深く関わろうとしません。朱音のキャラクターを形作っているのが、朱音が小学生のときに先生から言われた、「雲に届くように高く飛びなさい。きみには翼があるんです」という言葉です。朱音はどんなことを心に決めて生きてきたと言えますか。

寺地:
「きみには翼がある」というのはとても美しい言葉なんですけれども、これは同じクラスの男子から嫌がらせのようなことをされたあとに言われた言葉なんですね。先生がなんとかする、助けてくれるというのではなくて、あなたが強くなって乗り越えなきゃいけないよというメッセージだと思うんです。先生は励ますつもりで言ったかもしれないけれども、そのとき朱音は、励まされたわけではなく突き放されたようにも感じたと思うんですよね。失望しているんです。

――失望?

寺地:
はい。でもそこで先生をうらむのではなく、なるほどそういうものなのかと納得した、というイメージでしょうか。

――あぁ、自分自身が。

寺地:
はい。実感みたいなものが生まれているんです。人間はどこまでも独りぼっちなんだということを、小学生にして理解したということなんですよね。その事実は、朱音自身を傷つけて孤独にすると同時に、大きな救いでもあったと思うんです。他人と関わるうえで、適切な距離感というのは一番難しいものだと思います。関わってもあまり心を許さないというか境界線みたいなものがあって、そこを踏み越えないようにしようと、いつも気をつけて生きてきた女の人です。

“うつくしい物語”でごまかさない

――3人がそれぞれに出会い、関わり合っていく中で、莉子は園田律に、園田律は朱音に心を許していきます。ただ、それぞれが助け合ったり連帯するわけではないんですね。むしろそれぞれが関わり合ったことで、事態は不穏な方向に向かっていきます。ここには寺地さんのどんな意図が込められていますか。

寺地:
誰かを都合よく救ったり救われたりするのではなくて、自分で生きる道を見つけなければいけないと思ったんです、この3人は。それで私、以前、結婚するときに、「1人でも歩ける人どうしじゃないと、2人になっても、うまくいかないよ」と言われたことがあるんですけど、それは結婚じゃなくてすべての人間関係に言えることだと思ったんですね。この3人は、まずそこかなと思ったんです。1人で歩けるところから始めないといけないかなと思ったんです。この3人が接触したら、当然こうなるだろうと思って書いたんですよね。

――いろいろなことを引き起こしてしまうだろう、と。

寺地:
そうですね。

――物語のクライマックスで朱音の気持ちに変化が生まれます。小学生のころに先生に言われた、「高く飛べ。きみには翼がある」に対し、「私に翼はいらない」と、この言葉と決別します。寺地さんは朱音にどんな決意をさせたのでしょうか。

寺地:
過去につらいことを経験した人が、「あのころがあったから今の私がある」と言うことがよくあると思うんですけれども、私はそれは、物事の乗り越え方として1つの正解ではあると思うのですが、つらいことはやっぱりつらいことだと思うんですね。それを糧にして、という考え方ができない人は、弱いとか間違っているというふうに扱われるのは、とても悲しいことだなと思ったんです。朱音は、つらいことをつらいことのまま抱えて生きると決めたんです。「翼がある」という、うつくしい言葉でごまかさずに歩いていく覚悟を決めたということだと思います。

いじめられていた子が、「いじめを乗り越えて幸せになりました」という言葉があると思うんですけれど、その筋書きは誰のために用意されたものなのかということを、朱音は疑問に思っているわけです。誰を安心させるためのものなのか、本当に被害者のためのものなのかという疑問を持っている。どんな答えを出したかは読んで確かめてほしいんですけれど、「翼」というのは、きれいな言葉で言いくるめられてしまうようなことの総称みたいなものだと思っていただければいいかなと思います。美しい言葉とか物語を与えられたときは要注意というか、そこに従うのが正しいことのような気がして自分の感情をなかったことにしてしまうことが、生きているとわりとよくあると思うんです。そうじゃなくていいよ、違和感を持ったのなら違うと言ってもいいんじゃないかな、という気持ちはあります。

――この3人、今後こういうふうに生きていってほしいなという思いは、何かありましたか。

寺地:
物語は結末を迎えますが、人生は続くと思うんですね。これからも何かはあると思うんですけれど、書いている私も読んでいる人たちも含めて、なんとかやっていくしかないと思うんです。「やっていくしかない」という気持ちを持つところまでは、この3人を連れて行けたと思うんです。だから私としては満足しています。

――『わたしたちに翼はいらない』の著者・寺地はるなさんでした。寺地さん、ありがとうございました。

寺地:
ありがとうございました。


【放送】
2023/10/08 「マイあさ!」

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