『今さらだけど、「和食」をイチから考えてみた。』は、30年以上、日本料理店のちゅう房に立ち続けてきた笠原将弘(かさはら・まさひろ)さんが、和食を見つめ直してつづったエッセー集です。笠原さんにお話をうかがいます。(聞き手・畠山智之キャスター)
【出演者】
笠原:笠原将弘さん
『今さらだけど、「和食」をイチから考えてみた。』は、30年以上、日本料理店のちゅう房に立ち続けてきた笠原将弘(かさはら・まさひろ)さんが、和食を見つめ直してつづったエッセー集です。笠原さんにお話をうかがいます。(聞き手・畠山智之キャスター)
【出演者】
笠原:笠原将弘さん
――笠原さんは和食の料理人ですが、和食の道に入ったきっかけを教えていただけますか。
笠原:
まずシンプルに言うと父親も和食の板前だったということですね。自分でお店をやっていまして、だから和食というのが料理で一番なじみがあったというのが大きいと思います。料理業界に行こうと思ったきっかけは、高校を出て進路をどうしようかなというときに、ちょうど僕が高校生のころ、今から30年以上前ですけれども、サッカーのワールドカップで日本チームが予選で毎回落ちていたような時代です。たまたまテレビでパティシエのワールドカップのドキュメンタリー番組を見て、日本の代表チームがすごくかっこよかったんですよね。みなさん、コックコートに日の丸がついていて、パリかなんかの大会に行くんですけれども、それを見たときに、こういう日本代表っているんだなと思ったんです。それで料理の業界だったら、日本代表になれるんじゃないかと。
手に職をつけて世界と戦える仕事というのは、かっこいいなと思ったわけです。パティシエというお菓子の業界もすばらしいけど、父親をずっと見ていましたから、「料理人=和食、日本料理の板前さん」という勝手なイメージがあったのと、子どものころから和食はおいしいと思っていました。ただ、父親からはさんざん「厳しいぞ」と言われて、入ってみたら本当にそうでした。18歳から始めましたから、ことしで33年ぐらいやっているわけです。
――では、笠原さんがどんなふうに和食について考えたか、うかがっていきます。まず、「和食は作り方がシンプルだが、欧米の料理にはない『うまみ』がある。ただシンプルがゆえの弱点もある」という指摘があります。
笠原:
味付けは本当にあっさりですよね。おだしがきいていれば塩分とか少なくて済む。それに比べて欧米の料理というのは、糖とあぶらのおいしさで勝負している。和食というのはシンプルで味が薄いので、日本に洋食が入ってきて融合してしまった料理がいっぱいあると思うんですね。一番わかりやすいのは、カレーうどんとかカレーそばだと思います。逆に、日本料理を欧米に持っていって融合できるかというと、味が淡いので、たぶん消えちゃうと思うんですよね。シンプルな薄味の料理だから、いろいろな国の料理が混ざっても融合しちゃうんです。そこが、いいところでもあるし、弱点でもあるのかなと思います。
もう1つは、日本は食材に恵まれている。日本料理はまず食材がいい。だから海外に行くと、いい食材が手に入らないと日本料理は作れないんですよね。他の国が悪いと言っているんじゃないんですけど、フランス料理とか中華料理は世界中にあるじゃないですか。なんでだろうと思ったときに、そんなにいい食材じゃなくても、ハーブだ、スパイスだ、油だ、調味料だ……と重ねて重ねて、新しい味を作るからできちゃうんです。これが結構、日本料理の弱点だなと思いましたね。
――そして、「和食は究極の頑張らない料理。もっと自由でいい」というふうにあります。この「シンプル」と「頑張らない」と「自由」、つながっていますか。
笠原:
つながっていると言えばそうとも言えますが、「シンプルだから頑張らなくていい」というのは、また違うかなと思いますね。最近、料理本を見ると、「頑張らない」とか「ほったらかし」とかそういう言葉が目立ちますが、それはあまりいい表現じゃないと思うんです。ただ僕は「シンプル」というのは本当に思っていまして、大根おろしなんて、あれだけでいい料理だと思うんですよ。日本が誇るサラダだと思うんですよね。
今はネットなんかで調べればどんどんレシピを見られるようになっていますから、レシピがないと作れないとなりがちですけど、昔はたぶん、八百屋に行ったら「きょうはこれがおいしいよ」と言われて、「じゃあ、いただこうかしら」とそれで献立が決まっていたと思うんです。分量だって、家に計量カップなんかなかったと思うので、うちのおばあちゃんも例えば5人分のおみそ汁を作るとなったら、おわんに5杯、水を入れていたんですよ。今思うと、理にかなっていますよね。今は「何cc」ってあると「何人分になるんだろう?」と、逆にみんな考えるじゃないですか。そういう考え方は昔のほうがよかったなと思うんですよね。そういうところが、僕が和食はシンプルだと言っているところです。
「頑張らない」というのは、「やりすぎなくていい」という感じですよね。自由に考えていい。例えば肉じゃがを作りましょうとなったら、じゃがいも、にんじん、たまねぎ、しらたき、そのへんでしょうか。肉は関東なら豚、関西だと牛になったりしますけれども、鶏が好きだったらそれでもいいし、手羽を入れてもいいと思うんです。全部そろわなくても、「きょうは、じゃがいもとたまねぎだけで作ろう」とか、「じゃがいもとにんじんだけで作ろう」とか、その日の冷蔵庫の中を見て決めるぐらいがいいと思うんです。
レシピにとらわれるから、「全部買ってこなきゃ」ってなっちゃう。そうではなくて、あるもので作る、と。一汁三菜みたいにしないと和食じゃないみたいに覚えますけれど、みそ汁に具がたくさん入っていたら、それでいいんじゃないかなとは思います。そういう発想にしてほしいなと思いますね。おおらかな考え方で、シンプルに自由にやっていただけたら、和食のハードルも下がるし、家庭の料理ももっとみなさん、苦痛にならないんじゃないかな。それを言いたかったということです。
――でも和食は下ごしらえのときに、面取りしなきゃいけないんじゃないかとか、飾り包丁を入れて見栄えをよくしなきゃとか、考えるでしょう?
笠原:
あれはお店の料理ですよね。いつからかお店の料理が日本料理になっちゃってる気がしますよね。フランス料理だって家庭でお皿にソースで絵なんか描かないですよ、絶対に(笑)。
――笠原さんは日本料理店での修業時代、先輩から「人の役に立て」と教えられたそうです。一見、料理の技と関係なさそうですが、この教えは今にいきていますか。
笠原:
関係なさそうに見えますけれども、すごく料理につながっている言葉だと思います。「なんでこんなに厳しい修業をしているか、わかるか?」とある日言われて、そのときは「自分は将来、料理人になってお店をやりたいからです」と、そんなようなことを答えたと思うんですけど、究極は、自分の技術で人を幸せにするのが料理人だ、人の役に立つんだ、料理人というのはすごくいい仕事で、人の人生、生まれたときから亡くなるときまで全部に関われるんだぞ、と。確かにそう言われるとそうだなと、思いましたね。
――お店で自分で調理をして、それを食べるお客さんの表情を見て、「あぁ、この人の役に立ったな」とか?
笠原:
それは思いますねぇ。僕のお店は、カウンターでオープンキッチンで丸見えのところで料理していますから、当然、お客様が食べている表情も全部見えます。「あっ、きっと初デートだな」とか、「夫婦で来ているけど、ちょっと会話が少ないな」とか、それが料理がきっかけで会話が盛り上がって、「おいしい」とか「いい記念日になった」とか言っていただけると、「役に立てたかな……」と思えます。うちでの食事がきっかけで結婚したカップルもいますしね。その人の人生の、役に立ったのかなと思いますもん。
――そして本には、「世界平和のために、料理ができること」と小見出しがついた箇所があります。笠原さんは、料理に何ができると考えていらっしゃいますか。
笠原:
昔から僕は思っていたし、料理人の仲間と会うと話し合ったりもするんですけど、今で言えば、ロシアとウクライナの問題を何か解決できないかとか。つらいじゃないですか。絶対ごはんは毎日食べるものだし、「おいしい」というのは、言葉が通じなくても世界共通で人が幸せになる瞬間だと思うんです。おいしいものを食べればみんなニヤッと笑いますし、1個のものをみんなで取り分けて食べたりすると、よく同じ釜の飯を食った仲間だとか言いますけれども、距離は縮まると思うんですよね。例えば夏の暑い日に、初対面のおじさん3人ぐらいで、「ちょっと瓶ビール1本、飲んじゃいましょうか」「いいですねぇ」なんて言うと急に距離が縮まったような気がしたり。何かそういうツールというか、それをもっとうまくいかしてみんなでごはんを食べれば、いがみあっている場合じゃないという気持ちになってくれるんじゃないかなと。だからもし、「笠原さん、行って作ってきてくれ」と言われたら、本当に喜んで行きたいです。
去年、50歳になりまして、料理人としては50歳ぐらいが一番いいんじゃないかなと思うんですよね。ある程度の経験も積んできて、まだ体も絶好調で元気に動きますし、ずっと和食と生きてきて、これからも作っていくんだろうなと思ったときに、なんとなくちょっとこういう自分の思いを書いてみるのもおもしろいかなと思ったのと、「まだまだ行くぞ」という、自分へのメッセージというか、そんなものが全部ごちゃまぜになったような感覚の本ですね。
――『今さらだけど、「和食」をイチから考えてみた。』の著者、笠原将弘さんにうかがいました。笠原さん、どうもありがとうございました。
笠原:
ありがとうございました。
【放送】
2023/08/27 「マイあさ!」
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