直木賞受賞! 垣根涼介著『極楽征夷大将軍』

23/09/04まで

著者からの手紙

放送日:2023/08/06

#著者インタビュー#読書#直木賞

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第169回直木賞受賞作『極楽征夷大将軍』、この作品の主人公は、室町幕府初代将軍・足利尊氏。最新の研究結果を元にその人物像を新たに描き直し、そういった人物がなぜ天下を取れたのか、という謎に挑んだ歴史小説です。著者の垣根涼介(かきね・りょうすけ)さんにお話をうかがいます。(聞き手・畠山智之キャスター)

【出演者】
垣根:垣根涼介さん

足利尊氏の人物像 “やる気なし、使命感なし、執着なし”

――垣根さん、直木賞受賞、おめでとうございます。

垣根:
ありがとうございます。

――受賞作の主人公・足利尊氏は私たちが学校で習った頃は“文武に秀でた室町幕府初代将軍”というイメージだったのですが、「やる気なし、使命感なし、執着なし」という人物として描かれています。尊氏の人物像というのは最近の研究で変わってきているんですね?

垣根:
そうですね、けっこうダメ人間という感じですね(笑)。

――例えば、どういうところがダメ人間と感じました?

垣根:
まず、武士として生きていくためには、欲がないといけないんですよね。出世したいとか、もっと所領をもらいたいとか、自分の名誉を高めたいとか、この人ってそういう"現世欲"というのがほとんどないんですよね。特になりたいものも欲しいものもないから、努力もなにもしないんです。現状にふわふわ浮いているだけで満足しているんで、まあ、本当、ダメ人間です(笑)。ていうのが、少なくとも僕がごく最近出た資料を全部読んだ上での感想です。

――そのダメ人間になぜ心をほだされて書こうと思ったんですか?

垣根:
心ほだされた理由は、このダメ人間が、今までの朝廷史上最強のキャラを持つ後醍醐天皇を下したりとか、恐らく武将として、日本一有名で優秀で精錬であった、楠木正成を破ったりとか、鎌倉武士の典型である新田義貞も打ちのめしてしまう。「なんでできちゃったの?」ってことですよね。個人としてみれば、まったくの能無しなんです。「なぜ?」という感じです。

――なぜその人物が天下をとれたのか?

垣根:
そうです。

――垣根さんがその謎に挑んだ物語について伺っていきます。物語は鎌倉で幼少期を過ごしている足利尊氏と弟の直義(ただよし)兄弟のやりとりから始まります。何も考えていない兄と理論派の弟というまったく違ったキャラクターの2人ですが、大詰めでたもとを分ける場面でさえも、物語を通じて尊氏と直義は大の仲良しとして描かれています。これはどんな意図があったんですか?

垣根:
いや、僕の意図はないんです。資料を読んだらそう書いてあります(笑)。

――仲が良い?

垣根:
ちゃんと書いてあります。

――垣根さん自身が、二人の兄弟が「本当に仲がいいな」という風に思われたエピソードはありますか?

垣根:
尊氏は基本的に面倒くさがり屋なんで、戦争もしたくないんですよ。ただ直義の危機が3回ぐらいあるんですね。もう直義が死ぬっていう瞬間があるんですけれども、そのときに必ずこの人が、今までのだらしなさが嘘のようにきぜんとして立ち上がりまして…。

――尊氏が、兄ちゃんが…

垣根:
そうです。後醍醐天皇が止めるのも聞かずに、京都から鎌倉まで助けに行っちゃたりするっていう。で弟の直義が決定的に死ぬっていう危機っていうのは、結局足利家の存亡が懸かっているから、決定的な危機に見舞われているわけですよね。尊氏にとっては、足利家も朝廷も幕府もどうでもよかったりするんですけれど、大好きな直義をひたすら救いたいがためにありとあらゆる困難を排除して助けに向かうんですね。結果的にそれが足利家の危機を救うことになる。

――なるほど。最初にこう、政治的な意図があって、動いているわけではなくて…。

垣根:
全くないです。

――本当に自分の本心の中で弟が好きだから。

垣根:
政治的意図を持って動いているのは、直義なんです。

存在が軽くて人気者

――足利家は鎌倉幕府で執権を取った北条家と関係が深い家柄なんですけども、尊氏は15歳で元服したあと、天皇の命によって編さんされる勅撰和歌集にみずからの和歌を応募して採用され大喜びしていますよね。ここからも分かるように尊氏は初めから家督を継ぐつもりはなくて、武士としての意識もなかったように感じるんですけど、どうでしょうか?

垣根:
まさしくそのとおりです。勅撰和歌集にのった、尊氏の歌を見たんですけど、これは僕が言っていいのか分からないんですけれど、お世辞にもどうみてもうまいとは言えないんですよね。

――ということは、なぜそれが採用されたかということですよね?

垣根:
そういうところです。

――そこに謎があると…

垣根:
そこに多少「あれ?」っていう感じですよね。「何でこんな下手な和歌を後醍醐天皇はのっけたんだろう」みたいな感じはありますよね。で、尊氏は基本的にいつも何も考えてないんで、ただ単純にすごい喜ぶだけなんですよ。そこまで見越して、たぶんやったんだろうなと…。

――そうした姿勢をはたから見ているとね、尊氏ってどっちの味方なんですか?

垣根:
尊氏の中では、どっちの味方って発想は多分ないと思うんですよ。

――ないんですか?

垣根:
「家臣、大事よ」って、「足利家も大事よ」、でも「俺が家督を継ぐ必要はないでしょう」的な感じなんですよ。で「後醍醐天皇好きよ、俺の歌を勅撰和歌集にのせてくれたから尊敬しています」だから幕府をおこそうなんて考えるわけないじゃないですかね。野心も何もないんだから、とにかく周りに引っ張られたと思うんですよ。とにかく彼っていうのは、その根本をいうと、足利尊氏って自分の事すらどうだってよかった人なんですよ。自分の事すらどうだっていいって人は、他人の事なんかどうだっていいんですよ。ということは、他人に対してめちゃめちゃ愛想よく振る舞うことができるんですよ。みんながどうだっていいから…。

――うん。

垣根:
怒ったり反論したりするのは、その相手に対して、ないしは、その物事に対してどうだってよくないからですよ。

――なるほど。

垣根:
でも自分の事すらどうでもいい人間って、人に対して怒らないんですよ、好き嫌いもないし。そういう人間ってちょっと間違うと、めちゃめちゃ人気者になっちゃうんですよね。

――ということで、尊氏はみんなから人気を得るということですか?

垣根:
得ますね、優しいし。

――で、階段を少しずつ上っていくと…

垣根:
結果としてですね。尊氏が意図しない形で・・・(笑)。尊氏は全くそんなことなんか、望んでないのに…。

――なるほどね。

垣根:
そこで例えば、弟の足利直義とか「来た、来た、来た、来た、たこが舞い上がってきたぞ! よーし! もっと上げたれ~!」っていうみたいな感じです。

――なるほどね。この物語はですね、垣根さんの“足利尊氏論”ともいえるんではないかと思ったのが、この本の中には、“尊氏は世間である”っていう表現が何度もでてきますよね。

垣根:
結局、尊氏ほどの自我の薄さだと、人の上に立つと、次第に"世間"になっていかざるをえない。彼に意見はない、でも彼は意見を吸い上げることができるし、「何々すべき」とか「これは絶対悪だ」っていう判断を一切しない人なんで、彼自体は無色透明の人なんですよね。存在がすごく軽い、後醍醐天皇とかすごい重いですよね。新田義貞も重いですよ。恐らく存在が重い人より、軽い人の方が、時代の流れが速い時はその水面(みなも)に浮いてくるんでしょうね。だからそれが”世間”に見えるんだと思います。

――ああ、そうですか…。

尊氏のエピソードにゲラゲラ笑いながら書いた

――この本のしめくくりは、「なぜ“やる気なし、使命感なし、執着なし”の足利尊氏が天下を取れたのか」の謎解きがされています。垣根さんがたどりついた答えのヒントを教えていただけますか?

垣根:
ブルース・リーっていう人がいて、昔言った言葉に『Don't think, feel!』っていう言葉があるんですね。「考えるな、感じろ!」そのあとに『Be water』「水になれ」で、その言葉が香港の民主化運動のスローガンになっていたりもします。そのブルース・リーの言葉を僕はこの小説の一番最初の枕ことばに引いています。それがヒントっちゃ、ヒントです。

――表紙を開いてすぐに書いてあります、「Don't think, feel!」、「Be water」。

垣根:
そういう人は生き残っていくと思います。

――最後に伺ってもいいですか? この長編を書いている中で、垣根さん自身が最もワクワクして書いた文ってどこですか?

垣根:
どこだろ・・・、それ、言っちゃうとネタばれになりませんかね?

――なるかもしれません(笑)。

垣根:
ただ正直いって、僕、小説でこんなに笑いながら書いたのは初めてです。

――笑いながら書いた?

垣根:
ゲラゲラ笑いながら書いていました(笑)。

――ええ? どういう事ですか?

垣根:
あまりにも尊氏が「本当にバカだな~」っていうことばっかりやっていて。本当そのエピソードを書くたびに、思い出して、おかしくなっちゃうんですよ。実際史実なんで、それがよけいおかしいんですよ。700年近く前にこんなバカな人がいたのか、しかもバカなんだけど基本的にはすごいんだ、この人って、バカなんだけどすごいんですよ。何も考えてないからすごいんですよ。何も考えてないから人気者なんですよ。

――筆をすすめているあいだに笑いながらっていうのが…

垣根:
笑いながらって、ゲラゲラ笑いながら書いていました。

――すごいですね!

垣根:
「なんて、バカなんだろう~!」いや、僕も人の事は言えないんですよ。相当バカなんで、だからね、バカさ加減が僕の中の何かに共感するんですよ。

――ああ~

垣根:
「俺もこいつもバカだなー、良かった」みたいな感じで、「こんなバカでもここまでいけるんだ」って感じ。だから、この本を読んでゲラゲラ笑ってもらって、それでたぶん何かが残ると思います。そういう印象を楽しんでもらえればと思います。


【放送】
2023/08/06 「マイあさ!」

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