髙樹のぶ子著『小説小野小町 百夜』

23/06/26まで

著者からの手紙

放送日:2023/05/28

#著者インタビュー#読書

放送を聴く
23/06/26まで

放送を聴く
23/06/26まで

『小説小野小町 百夜(ももよ)』は、平安時代前期を生きた歌人・小野小町の生涯を描いた長編小説です。著者の髙樹のぶ子さんにお話をうかがいます。(聞き手・畠山智之キャスター)

【出演者】
髙樹:髙樹のぶ子さん

非情?零落?とんでもない

――平安時代の前期を生きた歌人・小野小町は、生まれた年も亡くなった年もわからない、どんな人物でどんな生涯を送ったのかもよくわかっていません。そんな中で髙樹さんは、和歌を頼りに小野小町の生涯を描いたそうですが、手がかりがない中での創作は難しかったのではないですか。

髙樹:
小町の歌をじっくり読んでいったら、「古今和歌集」にある18首だけにおいても、幼い、何も経験のない小町から、いろんなことを学んでテクニックも知って……というようなプロセスがあって、そしてまたおそらく最後に初心にかえっているんじゃないかという気がするんです。じっくり味わってみるとそういうことが見えてきて、年代をずっと追っていって、それにあわせて小町の人生を作っていったということです。

――この物語をとおして髙樹さんは、これまで抱かれてきた小野小町のイメージを覆したかったという話を聞いたんですけれども。

髙樹:
一般的にね、小野小町というのは美人で才媛で歌がうまくて、最終的には男に肘鉄を食らわす強い女。そして非情で、男から見たらけしからんという感じがあって、それが観阿弥・世阿弥の能楽の世界では、小町像というのは、美女が零落して物乞いをして、しかも根本のところには自分がふった男の怨念というかそういう思いがたたっちゃって……という、男の言いなりにならなかったから、最後はえらいめにあったというイメージしか残されていない。

それに対して、私はものすごく怒りというか、それはないでしょう、と。悲しみをちゃんと知って、これだけのいい歌を残して、日本の文化の「あわれ」という言葉の本質を歌で詠んだ、ほぼ最初の人ですからね。もののあわれ、それはその後ずっと日本の文化、情緒のメインストリームで、それを作った人ですからね。それをそんなふうにね、零落させていいものかというふうに思っていました。だから小町というのは、そんな非情な女じゃないよということ。あわせて、名誉回復したかったということですね。

母恋い、そして禁忌の恋

――小野小町はどういう人生を歩んでいったのか。髙樹さんが描いた物語の一部を紹介します。東北、出羽国で生まれ育った10歳の小野小町が、ふるさとに母を残して京の都へ向かうところから始まります。以降、小町は都で暮らすことになりますが、生涯を通してふるさとの母を思い続けます。この作品は「母恋い」の物語としても読めると思うのですが、髙樹さんはどうお考えになるでしょうか。

髙樹:
この時代は高貴な人であればあるほど、自分の母親に抱かれて育つことはまずないんですね。乳母(めのと)という、おっぱいをあげて母親代わりをするような存在があって、だからこそ母親への恋慕のような気持ちというのは、今よりはるかに大きかったんじゃないかと思いますね。

――そうした思いが小野小町にあったのではないかという想定から、男性を思って書いたと思われてきた歌を読み替えていますよね。

髙樹:
そうですね。「思ひつつ寝ればや人の見えつらむ夢と知りせば覚めざらましを」という、その人を思いながら眠りにつけばその人があらわれてくるわけで、もし夢だとわかっているなら覚めたくないわという、初期の素直な歌です。一般的には、思いを寄せる男性に向けてと思われているのですが、私は小町が母を恋うる、その気持ちが一番強いときに、引き離されたときに、母に対する思いとしてこれを詠んだというふうにしたんですね。学者の先生方はどう思われるかわかりませんけれども、私はやはり小野小町という人の最初の心の切なさというのは、母親に対するものであっただろうと思ったんですね。

――もう一つ、物語の序盤で、小町は運命の人、仁明天皇(にんみょうてんのう)に仕える良岑宗貞(よしみねのむねさだ)に出会います。宗貞は、天皇が小町を見初めたので受け入れるようにと告げにやってきますが、小町はこれを拒否します。そんな二人が一夜だけ結ばれるのですが、髙樹さんはこの物語のテーマとして「禁忌の恋」、つまり許されざる恋を挙げています。確かに結ばれてはいけない二人ですものね。

髙樹:
この二人は、堂々として会うことはできない。けれどどうしても会いたい。二人きりで逢瀬(おうせ)を遂げたいというときに、お互いに名乗り合わないで、かたや雲、かたや月という、仮の名前をお互いに持って会うということで、ようやく禁忌の恋が成立した、させたということなんですね。そして一度きりの逢瀬であっても、夜ごと空を見上げれば雲があり月があり、そこにある種の永遠の愛のようなものを感じることは可能ですよね。あの月であり雲は私たち自身であるということ、二人は死んでも、まだ雲と月は空に浮かんでいると、そういう意味も込めてあの逢瀬を書きました。こういう恋があの時代にはありました。今、どれくらいあるんでしょうね。

観阿弥・世阿弥に読ませたい

――小野小町の歌で、多くの方がご存じのものがありますよね。「花の色は移りにけりないたづらにわが身世にふるながめせしまに」。

髙樹:
「百人一首」にとられていますね。ちらちらと色あせていくものに自分の身を見て、人の世はそういうふうにうつろっていくけれど……という、そこに深い感慨を覚えるということは、例えば日本人は桜の花を見て、「わぁ、満開できれいだね」と思うけれども、それ以上に、はらはらと散っていくものを見て、「あぁ、美しい。あわれだな……散る桜はもっと心に深く入ってくるな」というような感覚を持っていますよね。それは実はちょっと大げさに言えば、みんなわれわれは小野小町の子孫であるということです。

――日本人の美意識の原点がここにあるということですか。

髙樹:
そう思います。

――たぶん物語を書きながら、髙樹さんの目の前に小野小町がいらっしゃいましたよね。

髙樹:
はい。切ない一生なんですが、彼女は思うにまかせぬことを恨んだりするわけではなくて、思うにまかせぬことを、ある意味では“歌の力”として収れんさせていって、人間としても成長していって、許せぬ人も許すところまで心が大きくなっていく。そして最終的に、母のもとに帰っていけたらいいな、と。「さあ、どうだ! 観阿弥さん、世阿弥さん。小野小町はこんな人でしたよ」って(笑)。観阿弥さん、世阿弥さんがいらしたらね、「読んでくださいよ」って、言いたくなっちゃう……。いい女ですよ。

――『小説小野小町 百夜』の著者、髙樹のぶ子さんにうかがいました。髙樹さん、ありがとうございました。

髙樹:
こちらこそ、ありがとうございました。


【放送】
2023/05/28 「マイあさ!」

放送を聴く
23/06/26まで

放送を聴く
23/06/26まで

この記事をシェアする

※別ウィンドウで開きます