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「サッチャーにもグローバル資本主義にも負けたくねえ」。イギリス労働者階級の“おっさん”たちのありようを描いたエッセイ集『ワイルドサイドをほっつき歩け ハマータウンのおっさんたち』。著者のブレイディみかこさんに、愛すべき“おっさん”たちについて伺います。


“おっさん”の箱からひとりひとり取り出してみた

――「労働者階級のおっさん」について書こうと思ったきっかけを教えていただけますか。

ブレイディさん: うちの連れ合い、また彼の友人たちも含めて、おっさんのサンプルが身近にたくさんあるんですよね。「おっさん」と呼べる労働者階級のおじさんたちがたくさんいるんです。

近年、彼らがイギリスでどういうふうに見られてきたかというと、セクハラやパワハラが多いのもおじさんたちのせいだし、彼らが過去の古い価値観に拘泥して新しい時代の流れについていけないせいで若者たちが非常に生きづらくなっているとか、悪いイメージで捉えられてきたんです。でも彼らが「労働者階級のおじさん」という一つの箱に入れられて悪魔を見るように見られているの、ちょっとおかしいというか、異議を唱えたい感じがあったんですね。彼らをひとりひとり箱の中から取り出して、人間として描いてみたかったという気がするんです。

――ブレイディさんのプロフィールを紹介します。
ライター・コラムニストのブレイディみかこさんは1965年、福岡県生まれ。1996年からイギリス在住です。ロンドンの日系企業で数年間勤務した後、ライターとして活動を開始しました。2017年『子どもたちの階級闘争』で新潮ドキュメント賞を受賞。2019年『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』で毎日出版文化賞特別賞、Yahoo!ニュース/本屋大賞ノンフィクション本大賞などを受賞。著書に『ヨーロッパ・コーリング 地べたからのポリティカル・レポート』など多数あります。

しぶとく立ち上がるおっさん レイ

――ブレイディさんの周囲にいる、愛すべき60代のおっさんたちについて伺います。
まず冒頭に登場するのが、ブレイディさんの夫の幼なじみであるレイです。元自動車修理工のレイには、若く美しいやり手のレイチェルというパートナーがいますが、2人はEU離脱について意見が割れ、険悪になってしまいました。そこでレイが関係を修復しようと彫った刺青(いれずみ)が、日本語の「中和」だったそうです。「平和」と入れたかったようなんですが……。レイはどんな人物なんでしょうか。

ブレイディさん: 彼は「国家の主権を取り戻せ」みたいなことを言って、EU離脱の投票のときに「離脱」に入れちゃったんです。でもレイチェルはバリバリの残留派。けんかが絶えないから仲直りをするために、なんでか分からないんだけどタトゥーを入れるんです。イギリスでは漢字のタトゥーがはやっていて、「PEACEという意味の『平和』を入れてもらったんだ」って言うから見せてもらったら、「平和」にしては真ん中の出ちゃいけないところが出ていて「中和」にしか見えないんだけど……、みたいな(笑)。でも本人は一生懸命入れたんだから言わないほうがいいのかなって、黙ってたんですけど。

結局、2人は別れちゃったんですけど、それでもレイは立ち上がっていますし、なんというか、打たれ強い。彼は依存症の問題を昔抱えていて、一度それで家族を失ったりもしているんです。いろいろあるんですけど、しぶとく立ち上がっていく人ですよね。
彼の口癖が「絶望なんてロマンチックなことは、上の階級のやつらがすること」で、いろいろ起きてもわりと淡々と受け止めて、一時的に落ち込んだり荒れたりするんですけどまた立ち上がっていくところに、非常にしぶとさというか、力を感じます。

“コワデレ”おっさん スティーヴ

――大型スーパーで働くコワモテのスティーヴは、「政治には任せられん」とばかりに街をパトロールし、緊縮財政のあおりを受けサービスがままならない公立図書館の業務を無償で手伝っています。スティーヴが面倒を見ていた高齢の彼のお母さんが亡くなったときは、図書館の利用者親子、スーパーで働く同僚、おっさん友達など、本当にいろいろな人が集まったそうです。ブレイディさんは、スティーヴの“おっさん力”をどう考えますか。

ブレイディさん: 実はこの本が出版されてから、スティーヴ人気が高くて……。
彼は図書館をずっと使っていたんです。図書館に本を読みに行ってたんですけど、緊縮財政で地方自治体が予算削減をしたので、係の人がひとりでやってるから忙しいわけです。お母さんたちが「この絵本ありますか」とか聞いても係の人は別の仕事をしていたりするので、そういうときにスティーヴは人がいいもんだからちょっと手伝ったりし始めて、「この絵本がいいよ」とか薦めたりするようになってすごい信頼されてて。

私がそこへ様子を見に行ったときに、小さな女の子がスティーヴに大きな箱を持ってきてて、そこにイースターカードも付いていたんですね。イギリスにはイースターのときに大きなイースターエッグの形をしたチョコレートを家族や友人、恋人に贈る習慣があるんです。彼がそのカードをパッと開くと、「みんなのおじいちゃん、スティーヴへ」みたいなことが書いてあって、お母さんたち一同がくれたみたいで、それを見て彼は「誰がじいちゃんだ」って毒づくんですけど顔をグジュグジュにして泣いてる、っていう。

ビジュアルを分かっていただかないとおもしろさが分かってもらえないと思うんですけど、スティーヴってすごいコワモテなんですよ。私も最初は怖かったくらい、見た目がものすごく怖くて。「ツンデレ」という言葉がありますよね。彼の場合は「ツンデレ」じゃなくて、“コワデレ”(笑)。顔が怖くて見た目が怖いんですけど、困っている人がいると知らない人でも助けちゃう優しいところがある人で、結構そこが魅力ですかね。人は見かけによらないっていうお手本みたいな人です。

夫はNHS愛の強いおっさん

――最後に伺いたいおっさんは、ブレイディさんの夫です。ブレイディさんの夫は頭痛に悩まされていますが、病院に行こうとしません。イギリスの医療制度には無料と有料があり、無料で治療を受けるには大変な時間と労力が必要になるということで、ブレイディさんは夫に有料を勧めますが、夫は「それじゃ負けた気がする」と言って抵抗します。ブレイディさんの夫の矜持(きょうじ)について、ご解説いただけますか。

ブレイディさん: 無料の医療制度はNHS(国民保健サービス)と呼ばれるんですけど、1945年に政権をとった労働党が、全く無料の医療制度を立ち上げたんです。「ゆりかごから墓場まで」と言われた時代の最後の名残みたいにイギリスの人たちは今でもすごく誇りに思っていて、中には「イギリスは王室を廃止してもNHSだけは廃止するべきじゃない」と言う人がいるぐらい、イギリスの人のNHS愛って強いんです。

その反面、緊縮財政で国がNHSにお金を入れなくなったりしてきて、今は予約を入れるのもすごく大変。専門のお医者さんに診てもらうまでに何か月も待っている人もいて、機能していない状態なんです。それでも新自由主義に対するものとして、イギリスが福祉国家だった時代の最後のとりでみたいなNHSだけは失っちゃいけないと思っている人がイギリスにはたくさんいて、うちの連れ合いもそのひとりなんです。

イギリスは本当に極端で、NHSを使えば無料ですけど、プライベート(民間医療施設)のお医者さんに行けば100%支払うことになるわけです。日本みたいに何割負担という形の保険ではないので。
「そんなに頭が痛いんだったら、全額払ってでもプライベートで診てもらったほうがいいんじゃない?」って言うと、「健康とお金だけの問題じゃない。もっと大きなものだ」とか「サッチャーにもグローバル資本主義にも負けない」とか言うんですけど、最終的には私と息子が説得したというのもあって有料で診てもらいましたけどね。

いぶし銀のようなサバイバル魂

――あとがきでブレイディさんは、イギリスのおっさんたちのありようを表して「いぶし銀のようなサバイバル魂」と書いています。ワイルドサイドをほっつき歩けるのは彼らしかいない、ということでよろしいですか。

ブレイディさん: 彼らはイギリスのいろんなことを見てきているわけですよね。それこそ、スウィンギング・ロンドンの時代も福祉国家の崩壊もパンク時代も、サッチャリズム、イラク戦争、金融危機、大緊縮時代といろんなことがあって、時代が変わるたびに労働者階級に苦しいしわ寄せがくるけれど、時代にもまれながらたくましく立ち上がって生きてきたわけです。
「EU離脱になっても死ぬこたあねえだろ。俺ら、サッチャーの時代も生きてたし」とか、うちの連れ合いも言うんです。どれだけ政情が変わっても労働者階級の人間は生きてやる、みたいな。愚痴を言いながらでも、やけくそになったり時々無謀なことをしたりしながらでも、何があっても、たたかれてもたたかれても生き延びる、みたいな。
逆境にあるからこその「何クソ」を持っている人たちだと思います。そのしぶとさ、強さがあるからこそ、ワイルドサイドをいつまでもほっつき歩けるんでしょうけどね。それは本当に、時に私は感銘を受けることがあります。

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