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2020年8月20日(木)放送より

【出演者】
三宅キャスター:三宅民夫キャスター
大越キャスター:大越健介キャスター


戦時を知る世代の証言

三宅キャスター: 「大越健介様宛」で番組にメールが届いています。高知県の60代の方から。
<先日8月9日、テレビ<(NHKスペシャル 渡辺恒雄)戦争と政治>を拝見しました。戦争体験者が語るのは、やはり説得力があります。年々体験者が少なくなってきている中、このような番組は非常に重要だと思います。誰1人戦争で命を落とすことがあってはならないことです。>
大越キャスター: 番組をよく見ていただいて、心から感謝したいと思います。ありがとうございます。
一連の取材の中で、あの時代を生きた人に共通する、人間や社会を見る「まなざしの強さ」を感じました。

私は政治記者をしていたころに、故人ですけれど梶山静六さんという自民党の実力政治家にずいぶん取材してかわいがってもらったんです。渡辺恒雄さんとまさに同年代の方です。
彼がわれわれ若い記者によく言っていた言葉があるんです。当時の野党・(日本)社会党との関係について触れて、「自民党は成長を目指す造山運動だ。社会党は分配を重視する、いわば水平の運動だ。戦争のない平和な日本をつくっていくうえでの役割分担をしていたようなものだ」というようなことをよく話していました。立場や手法は違っても、戦争という皮膚体験を共通の基盤として戦後日本は歩んできたわけです。
その皮膚感覚が遠のいていく中で、私たちの社会を結び直すものとして何を見いだしていくのか。これを問い続けなければいけない。というのが、読売新聞主筆・渡辺恒雄さんの一連のインタビューなどを通じて感じたことでした。

科学自体は価値中立であっても…

大越キャスター: 夏の季節は、戦争と平和について考えを巡らすことが多い。そんな気分の中で見たのが、先日(8月)15日の終戦の日に放送されたNHKのドラマ<太陽の子>。原子爆弾の開発を命じられた科学者たちの苦悩を描いたドラマです。劇中、「原子爆弾の開発に加担していいんだろうか」と悩む研究員たちの姿が描かれていました。
主役の柳楽優弥(やぎら ゆうや)さんが演じる若き研究者が、独白の形で述べていた言葉が印象的でした。
「僕は知らないところに行ってみたい。科学は僕を連れていってくれる」
科学者を志した原点を持って心の中でつぶやいた言葉が、「科学は僕を知らないところに連れていってくれる」という言葉だった。胸に残りましたね。
三宅キャスター: 科学を志す原点は純粋でも、「それをどう使うか」はまた別の問題ですね。
大越キャスター: 私も数年前にそう思った取材経験があります。2011年の福島第一原発の事故後、ノーベル化学賞の受賞者で当時理化学研究所理事長だった野依良治(のより りょうじ)さんにインタビューをしたことがあるんです。
野依さんは、科学研究の成果として生み出された原発が深刻な事故を引き起こしたことについて、こう語っていました。
「『科学』は価値中立なんです。しかし、『科学技術』といって、そこに『技術』という要素が加わったときに、人間の判断が生じる。そこが難しいところです」
科学の目的は純粋でも、それを使う人間の判断が分かれ目になってくる、ということです。
科学の研究成果は、社会に大きな利益をもたらす。だけどその一方で、ときには危険もまた隣り合わせである。広島と長崎での原爆投下を経験したわれわれ日本という国は、それを最も身にしみて知っている国の1つではないか、と思います。
科学をどう生かしていくか。それを今現在の問題に置き換えますと、ケースは違いますけれど、新型コロナウイルス感染拡大の問題に重なるところが大きいと思います。今、第2波ともいえる感染拡大が続いている中で、科学とどう向き合うか。深めていきたいと思います。

専門的な知見とどう向き合うか

三宅キャスター: 終戦の日のドラマ<太陽の子>から「科学と人間」という大きなテーマの話でした。今の新型コロナウイルスの対策にあたっても考えなければならないことがある、ということですか。
大越キャスター: 大きなテーマですけど、今われわれが直面している問題について考えると、より分かるかと思うんです。
おととい、日本の感染症対策の代表的な専門家の1人である尾身茂さんにインタビューする機会がありました。尾身さんは安倍総理大臣の記者会見で何度か陪席もしていらっしゃった方で、ご存じの方も多いと思います。
尾身さんとのインタビューはいずれ特集番組でご紹介したいんですが、ウイルスが猛威を振るった半年余りの経験を語る中で、尾身さんが特に重点的に力を置いて指摘していたことがあります。
「専門家の分析による科学的な知見を、政府が打ち出す対策にどう反映させるか。そしてそのうえで、国民とのリスクコミュニケーションをどう取っていくか。これが大事です」
三宅キャスター: 「リスクコミュニケーションをどう取るか」とは、どういうことですか。
大越キャスター: 専門家たちの一致した認識は、「世界はもう平時ではない。今は危機の状態にある」ということです。「危機の中で人々は不安にさいなまれる。その中でひとりひとりがいかに適切な行動を取るかが今は極めて大事になってくる。その基礎となるのが、危機のもとでの正しい情報の共有。そのためのコミュニケーションがリスクコミュニケーションだ」ということです。

今回の新型ウイルスはやっかいな性質で、一口に「最適なリスクコミュニケーション」といっても、この半年余りの間、発信する側も受け取るわれわれの側も、いろんな試行錯誤がありました。
例えば、数理分析を専門とする西浦博さんという学者さんがいらっしゃいます。4月に緊急事態宣言が出された際に「人との接触を8割減らせば感染を大幅に減らすことができます」と訴えて「8割おじさん」なんていうニックネームのついた人です。この西浦さんが、緊急事態宣言期間中に発信したあるメッセージが大きな波紋を呼びました。
彼は、「最悪のシナリオとして、新型ウイルスの流行を無防備に受けた場合、日本の死者数は最大で42万人に上る可能性があります」と警鐘を鳴らしたんですね。
三宅キャスター: 覚えています。42万人、大変なことになると驚いた…。
大越キャスター: 警鐘という意味では大きかったんですが、一方で教訓も残したんです。
西浦さんの発言それ自体は、「何も対策をとらずに、無防備に流行を受けた最悪のケース」として、あくまでモデルとしてはじき出した数字なんですが、悲しいことに数字というのはひとり歩きしてしまう。西浦さん自身もネットなどで攻撃にさらされることもありました。
リスクコミュニケーションがいかに難しいか、その一例だと思います。
西浦さんのように、新型ウイルス対策に責任のある立場で関わった研究者たちは、早くから強い危機感を持っていて、自ら積極的に発信する姿勢が一時目立ちました。「ひとりひとりの国民の皆さんに行動変容を求めたい」というメッセージが私は胸に響いたんですけれど、一方で当の専門家からも、後になって「思いが募って、やや前のめりになってしまいました」と反省の弁を述べる一幕もありました。
三宅キャスター: 専門家の情報は大切だと思いますが、リスクコミュニケーションを専門家頼みにするのはどうなのか。行政の役割もありますよね。
大越キャスター: おっしゃるとおりだと思います。最終的な責任を持つのは行政。さらに言えば、政治の役割だと思います。
これまでの新型ウイルス対策の中で、専門家たちも科学的知見からさまざまな発信をするし、政府からも地方自治体からも、さまざまな発信が行われる。「一体どれを見たらいいの?」「足並みがそろっていないんじゃないか?」と思った方も多いと思うんです。
ただ、ここに来て少し改善はされてきているとも感じます。
国の政府レベルで見ますと、政府の責任者としては西村経済再生担当大臣が3月から新型ウイルスの担当大臣にも指名されて、きょうに至るまで連日記者会見を行って国民向けに発信をしています。専門家たちの間でぎくしゃくした場面が必ずしもなかったわけではないんですけれど、科学的知見を責任ある閣僚が受け止め、そしてその閣僚が発信をするという責任体制の基本的な姿勢は少しずつ確立してきているかと思います。

もちろん課題がまったくないわけではないですよね。
西村大臣は経済再生担当大臣です。同時に、新型ウイルスの感染拡大を担当する大臣。言ってみれば、2足のわらじを履いているわけです。「それが本当にいいの?」という声は野党の間などにもあります。
あるいは、省庁の縦割りを超えた協力体制を強化する必要があります。これは西村さん1人でできるものではない。内閣・政府全体が意識を1つにして取り組んでいかなければならない。
そういったところは検証しながら改善していく姿勢が大事だと思います。
三宅キャスター: 情報は大事だと思いますが、それがもとで混乱したり不安になったりすることもある。最終的には、受け取る私たちひとりひとりも問われていますよね。
大越キャスター: 専門家任せ・行政任せであってはいけないと思うんです。
この問題が明らかになってきたのは1月、年明けのころからです。コロナの事態でのいろんなことを、われわれひとりひとりがすでに半年以上にわたって経験をして、一定の経験値を持っているわけです。
例えば、感染の拡大防止と経済の回復。「アクセルとブレーキのどちらを踏むんだ? はっきりしてほしい」という愚痴を周りでよく聞くと思うんですけれど、考えてみれば、アクセルもブレーキも両方必要なのは十分われわれは分かっているはずです。科学的な知見とともに発信されるメッセージを冷静に受け止めて、結局われわれひとりひとりの自覚に基づく行動が求められているんだと改めて思います。

さらに言えば、新型コロナウイルスの問題は、これから世界が直面するさまざまなリスクの試金石じゃないかと私は思うんです。
気候変動の問題や森林破壊、海洋や土壌の汚染といった問題は、今後数十年というレベルでわれわれ人類に深刻な危機をもたらす可能性が強いですよね。だからこそ、今経験している教訓は貴重になってくると思います。そのことはとりもなおさず、持続可能な社会を子や孫の世代にどう引き継いでいくか、実践しなければならないことです。新型コロナウイルスが与えた試練はそのことに気付く、よい機会だと私は思います。

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2020年8月20日(木)放送より