復興プランに住民の思いと参画を~“のと未来トーク”の挑戦~

24/04/30まで

けさの“聞きたい”

放送日:2024/04/23

#インタビュー#能登半島地震

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能登半島地震の被災地では復旧に向けた取り組みが続いていますが、同時に復興に向けた動きも始まっています。石川県は2月、能登半島地震の復興プランを策定するためのアドバイザリーボード、いわゆる諮問委員会を設置して、今月は被災した各地で住民との対話も重ねています。そこから見えてきたものは何か。メンバーの1人、谷内江昭宏(やちえ・あきひろ)さんに聞きます。(聞き手・野村正育キャスター)

【出演者】
谷内江:谷内江 昭宏さん(金沢大学 能登里山里海未来創造センター長 輪島市出身)

過去の教訓を生かすための人選

――谷内江さんは金沢大学の能登里山里海未来創造センターのセンター長をつとめていらっしゃいますね。

谷内江:
はい。今回の地震を受けまして、災害に強い、そして豊かな文化と美しい里山里海に象徴される能登の新しい未来のためにということで、金沢大学が1月に新しく設置したセンターです。

――その地元大学による復旧復興のための新しいセンターのトップをつとめていらっしゃることもあって、アドバイザリーボードのメンバーに選ばれたということでしょうか?

谷内江:
そうですね。それに加えて私自身が今回の被災地、能登の輪島の出身ということもあるかもしれません。

――そうでしたか。そのアドバイザリーボードですが、一般には研究者、学識経験者が多くを占めるという印象がありますけれども、今回は東日本大震災の被災地で農業や水産業などをなりわいにする人を支援する起業家や、あるいは学校や子どもたちの教育をサポートしたりしたNPOの代表なども選ばれているということです。この人選の理由ですが、谷内江さんはどのようにご覧になっていますか。

谷内江:
おっしゃるとおり、メンバー10人のうち、地元石川県からは私を含めて2名しかいなかったわけですけども、またメンバーの方々のお名前も私自身はお会いしたことない方ばかりで最初は戸惑いがたくさんありました。しかし実際に会議が始まりますと、メンバーの方から「まずは地元の人の話を聞かないとうまくいかない」という発言がありましたし、また東日本大震災の復興の教訓としてメンバーの1人からは「多額の予算を使って作られた防潮堤を、必ずしもよくは思っていない住民がいるというのも事実だ」というお話もありました。そういう声が出されるなど、過去の教訓を行政の方々と共有できることができるという取り組みなので、素晴らしくとてもいい試みだと思いました。

――ただ効率の面などからいくとどうなんでしょうか?

谷内江:
そうですね。確かに行政がトップダウンに決めていくとすごく早く進むと思うんですけども、今回のように県外の有識者を招いたり、住民の声を聞いたりする時間を作ることにしたということ、それは時間もかかりますし面倒なことではあるんですけども、行政がそこに踏み切れたということは素晴らしいことだと思いました。

一元的な集約ではなく!

――これまでに知事を交えた会合が3月に2回、そして4月には住民の方たちとの対話が行われています。谷内江さん、その中で最も印象に残っている指摘とか提言は何でしょうか?

谷内江:
メンバーの方でお話しされた方でいくつか印象に残る議論があったんですけど、一番印象的だったのは“集約化”に関するものですね。一部ですでにご存知かもしれませんが、厳しい状態にある集落のインフラ再建のために莫大な税金を投入することについてはきちんと検討すべきであるという、私などからするとやや過激な指摘がありました。それに対してボードメンバーの方からは「コンパクトシティに代表されるような単なる集約化ではなくて、集約化に対して能登で新しい過疎の問題を解決するモデルが作られるのではないか」というポジティブな提案もあったのも事実です。

線でなく“点でまかなうインフラ”

――例えば?

谷内江:
例えば3月末に発表された復興プランの骨子の中にも書かれているんですけども「点でまかなうインフラ」という考え方があります。

――点でまかなうインフラ? 通常、電気や水道などのインフラは「線でつながるインフラ」と言われますが、「点でまかなうインフラ」とはどういうものですか?

谷内江:
都市部など人口の多いところは「線でつなぐ強じんなインフラ」で支えられていると思います。一方で水道がなくてもあるいは山の水を使いながら、食べ物がなくても海や山のものを食べて、昔だったらまきを燃やして生活するという暮らしがありました。今回、それに似たあり方が避難生活を支えて、そのまま人々の情報交換の場になったり、交流の場になったりしていたということもあったようです。そこに新しい価値を見出した方もいるようです。今の高齢者の方、特に過疎地の高齢者の方にとってなじみのある暮らし方が、いざというときのための選択肢の一つとしてあるのではないかということ、それが奥能登ならではの自然に優しい生活を再現することにもつながって、結果として日本各地の災害時でのレジリエンスを高めることになるのではないかという意見もあったような気がします。

――強じんさを高める、その“点でまかなうインフラ”、地元の皆さんの受け止めはどうでしたか。

谷内江:
そうですね。対話の中で実際住民の方々から出てきた考えの中にも、分散型インフラによる自立したコミュニティーという考え方とか、地域ごとに小さな規模の上下水道とか発電設備があれば、震災があっても地域で自立できるという、マイクログリッドですか、そういう考え方のご意見もありましたし、私の育った能登、例えば、輪島のような外浦の海外沿いが大きな被害を受けたわけですけれども、そこには消滅しつつある集落がたくさんあります。そこにばく大な税金を投入して強じんなインフラを再建することが、本当によいかどうかという議論もよく分かることなんですね。美しい里山とか里海の景観を守りながら能登は県南部の都市部を支えてきたという思いもありますので、そういういろんな意見を受け止めながら、新しい道を探るということが大事かと思いました。

“都会と地方の二地域居住”という制度

――他に何か指摘はありましたでしょうか。

谷内江:
メンバーの方で、岩手県花巻市出身で一次産業を後押しする活動に取り組んできた高橋博之さんがいらっしゃるんですけども、彼は「都会と地方の二地域居住」という制度があることをお話しされていました。

――「都会と地方の二地域の居住」、それはどういうものですか?

谷内江:
仕事と生活の拠点を分けて考えるということだと思うんです。例えば、都会で仕事をしながら、生活の拠点は能登に置くとかということだと思います。実際能登では、特に奥能登では、昔から出稼ぎの文化というか習慣がありましたし、小さなレベルでは炭焼きの現場と住居を別にするという、そういう「二地域居住」という考え方自体は違和感のないものとなるのかなと思いました。それを現代的に展開することで、例えば奥能登でシェアハウスとか、シェアオフィス、テレワーク用のコワーキングスペースなどが整備されて、空き家を活用することで奥能登に住みながら仕事をすることもできますし、それが東京一極集中を解消するモデルにもなるといわれていますし、納得できるお考えかと思いました。

――「都会と地方の二地域居住」、それも復興プランに盛り込まれるんですか?

谷内江:
そうですね。実際県の復興プランの骨子の中には記載されていますし、国会でも法律の改正案として提出されていると思います。

――そうですか。ここまでは石川県が設置したアドバイザリーボードとは何か。そして、どのような議論、提言が出されてきたのかを聞いてきました。この後、その後の展開と大学の役割について伺います。

行政とNPO、住民との語り場

――谷内江さん。アドバイザリーボードのメンバーは知事を交えた県庁での議論だけではなくて、今月からは被災した各自治体に出向いて、毎週末、住民の皆さんとの対話「のと未来トーク」というのを行っていますが、このような機会を設けた意義、意味合いについてはどう感じておられますか?

谷内江:
とても素晴らしい取り組みだと思います。当初は多分予定になかったものだと思うんですけれども、ボードメンバーの会議の中で被災地の住民の声を聞くことで、より身近なもの、自分ごととして関われるだろうということで急きょプランに入ったものです。毎週土曜日と日曜日、被災地の自治体を回って計8回実施することが予定されているんですね。この判断も行政が全国規模のNPOの力を借りることにためらいなく行われたことでとてもよいことだと思いました。

――そこに県庁の方も加わっているわけですか?

谷内江:
そうです。県庁の若手とか中堅の職員の方がトークに参加されていることが印象的ですね。まとめられた声とか議事録が県庁の担当者にも届けられますし、復興プランのまとめに参考になると思います。
参加された住民の方々も、遠慮ない議論の場で地震を契機として改めて新しい能登を作らないといけない、未来を考えないといけないという非常に熱い気持ちの発言が聞かれています。

外部とも繋がり、世界的ブランドを

――例えば、どんな声がありましたか。

谷内江:
一つ象徴的な話、印象的だった話は、世界農業遺産で棚田で有名な白米の千枚田というのがあるんですけど、そこから来られた方が、今、景観を復旧するために、あるいは観光客の方に来ていただくために急いで復旧すべきだという動きがあるんですけども、一方でもう少し時間をかけて丁寧に未来図を考えながら地元の方が直接関わって修復する方がいいというご意見もあるように発言されていました。

――谷内江さん、その声をどう受け止めますか。

谷内江:
大切な指摘だと思うんですね。千枚田だけじゃなくて能登には世界に誇れる景観や祭りなどの文化がたくさんあるんですね。それを丁寧に、地元の方が考えながら修復・維持していくということで、都会に出ていた若者や棚田に思いを寄せる外部の方々、外からの方々と対話しながら新しい価値を生み出すという、そして世界に誇れるブランドを作るというようなプロセスになるのではないかということも思いました。

金沢大学の役割~ソフト面での貢献~

――今後ですが、どのような展開を期待されていますか?

谷内江:
私たち金沢大学としては1月末に能登里山里海未来創造センターを立ち上げたんですけども、さまざまな分野が連携して復旧復興をサポートしていくことにしています。特に復興プランというとインフラなどハード面を思い浮かべがちなんですけども、医療や福祉、そして教育など、私たちが特にできるソフトな部分も含めて、教員職員そして学生たちも含めて大学が一体となって、新しい社会、特に能登の未来を創造していくという中長期的な支えを考えています。このプロセスがどうだったかについて、十分に学術的な調査をして提言を発信していくことも研究機関としての責任を果たしていくことになるかなと思っています。

産学官の協働を目指し

――それからそこに住民との対話も加わる?

谷内江:
そうですね。対話の中で出てきたことで、やっぱりハブとなるような、核となるような新しい人材が育っていくとか、プロジェクトが立ち上がっていくことが復興プランに現実性を高めていくのではないかということも言われていますし、6月に県の復興プランが出てきましたら、それに合わせて各市町の復興プランを作ることになるかと思います。その時に向けて各地の住民の方々が自分たちの地域集落をどうしたいのかとか、それを議論する機会を、いわば井戸端会議のような形で作っていけるかどうかという、そういうことが大事じゃないかなと思うんですね。そこに金沢大学が培ってきた研究とか実践、そして人材が関わることができればと期待しています。

――谷内江さんありがとうございました。
今、井戸端会議という表現がありましたけれども、ご紹介しました被災地の住民の方たちと行政、有識者が語る「のと未来トーク」、今週末も28日には志賀町、29日には金沢市で行われる予定です。


【放送】
2024/04/23 「マイあさ!」

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