ロシアによるウクライナ侵攻が始まって1年4か月。隣国のポーランドからウクライナへの支援を続けているワルシャワ日本語学校の教頭・坂本龍太朗さんに、ダム決壊で洪水被害が続くヘルソン州の様子と今後の課題を聞きました。(聞き手・野村正育キャスター)
【出演者】
坂本:坂本龍太朗さん(ワルシャワ日本語学校・教頭)
ロシアによるウクライナ侵攻が始まって1年4か月。隣国のポーランドからウクライナへの支援を続けているワルシャワ日本語学校の教頭・坂本龍太朗さんに、ダム決壊で洪水被害が続くヘルソン州の様子と今後の課題を聞きました。(聞き手・野村正育キャスター)
【出演者】
坂本:坂本龍太朗さん(ワルシャワ日本語学校・教頭)
「今日は空襲アラートが随分多いだけでなく、ウクライナ全土に発せられている。
今晩、ウクライナの人々は眠れぬ夜を過ごすことになりそうで悲しくなる。」
(6月15日の坂本さんのツイート)
――坂本さんは、ウクライナとの国境まで車で2時間半ほどのワルシャワ近郊の町にお住まいですが、そちらポーランドでは、ワグネルの武装反乱のニュースはどのように伝えられていますか?
坂本:
こちらではプリゴジン氏がベラルーシへ行くなどといったニュースが淡々と伝えられています。
その一方、私はロシアのニュースもチェックしているんですが、一番驚いたのが、今まではメディアがプロパガンダ、たとえば「ロシア軍がしっかり守っていて、ウクライナ軍は全然前進してきていない」などというニュースが多かったのに、現在は「休戦交渉」つまり「戦争をやめる」という話も出てきていて、それが一番気になっています。
――それではウクライナの状況についてお伺いします。前回2月1日にお話を聞いた時、ウクライナは厳冬期で、気温が氷点下20度まで下がるという季節でしたが、今はどういう状況なんでしょうか?
「ロシアのミサイル攻撃で約30枚の窓が割れた学校。
子どもたちは冬の間寒い思いをし、割れたままの窓はとても危険でした。
この度、東京渋谷ライオンズクラブの協力で、全ての窓を復旧できました。
決して負けない意思を、直った窓を通して子どもたちに伝えていきます。」
坂本:
前回お話しした時から4か月たちましたが、現在は全く変わっていまして、たとえばオデーサですとかヘルソンなどでは、日中の気温が30度を超える日というのもあるんですね。
そういった中、今月(6月)ウクライナの反転攻勢が始まると、ロシアやベラルーシ、黒海などからミサイル攻撃が活発化して、いまウクライナは深夜1時半なんですけど、キーウ州、スーミ州、ドニプロ州などウクライナ東部のほうでは現在でも空襲アラートが鳴っています。
――今月6日に、ウクライナの南部ヘルソン州にある水力発電所のダムが決壊して、洪水被害が出ています。現地からどんな声が届いていますか?
坂本:
そうですね。ヘルソンと言うと、ウクライナの中では温暖な気候でスイカの産地としてとても知られていて、大規模な農家が多いんですね。ただ、そこがダムの決壊によって、地域住民1万7千人が避難しなければならなくなった。そしてまた、70万人もの人が飲み水が不足する状況に陥ったわけですね。そんな中、洪水被害を受けた地域などからたくさんの支援要請が届いています。
たとえば給水ポンプや発電機、浄水剤、浄水器。そのほか、家が浸かってしまって避難所に行かなければならない人に届けるマットなどが必要だという支援要請が届いていて、予定していた支援計画をとりあえず棚上げして、いまはヘルソン支援に切り替えて対応しています。
――最初に送ったのは何でしょうか?
坂本:
最初に送ったのは、やはり給水ポンプですね。給水ポンプというのもいくつかの種類がありまして、たとえばガソリンで動くものだと1台が約2万5千円。電気で動くものであれば、1台が約1万2千円するんですけど、日本の皆さんからいただいた支援金で、今まで15台購入してヘルソンに送りました。
そういったものがなければ、家屋などにたまった泥水を取り除いて作業を進めていくことができないわけです。
「皆さんからいただいた支援を活用し、まずはガソリン吸水ポンプを5台、へルソンへ。
1台約2万5千円。泥水などを大量に迅速に取り除くことができます。
復興のためにまずは家屋などにたまった水を取り除かなければなりません。」
「こちらは電気で動く吸水ポンプ。1台約1万2千円で、計10台購入しました。
軽そうに見えますが、1台20キロ。肥だめなどの吸水にも使われる強力なものです。」
「飲み水がないと服などを使って泥水をろ過し飲まなければいけないケースも報告される。
生きていくために水は不可欠で、時にはこんな浄水剤が命を救うことがある。」
「今でもベラルーシ国境沿いでは夜でも森の中などに身を隠し、国境の監視をしている人達がいる。
彼らと同様、家を失ったヘルソンの人々にとって必需品となるのが虫除けスプレー。」
坂本:
生きていくために必要な「水」も本当に大切で、飲み水が足りないという話を先ほどしましたが、何もないところでは、たとえば服などを使って泥水をろ過して飲まなければいけない。こうした状況もあり、今まで浄水剤も4千個送っていますし、また「食べ物」も常に必要ですけど、インフラ施設の破壊などで電気が使えないので、冷蔵庫の中の食料が腐ってしまう。そうしたところには発電機も搬入していますし、衛生面に関しては特に子どもたちへの虫よけスプレーや虫刺され薬が、優先順位の高い支援要請リストに入っています。
――支援要請を受けて、きめ細かな生活支援をなさっているわけですね?
坂本:
そうですね。ただそれも、すべての人に送れるというわけではないんです。
なぜかと言うと、去年11月にウクライナが「ヘルソンを奪還した」と言っていますが、奪還したといっても結局「ヘルソン市の奪還」であって、ヘルソン州の3割しか奪還できていないので、残念ながらその地域にしか支援物資を入れることができないんですね。
そもそもロシアが支配するドニプロ側の東岸がヘルソン州の7割を占めていて、そこには水1本さえ入れることができない状況です。川の東側で避難している人たちに対しては、私たちだけではなく、国連の人道支援などもまったく入れることができない状況です。
――そのロシアが実効支配しているヘルソン州の7割の地域の人々は、どうやって暮らしているんですか?
坂本:
一応、外部と連絡は取れるので、その地域にいる人にも情報は入ってくるんですけど、ロシアのパスポートを持っていない人が多いんですね。その人々に対しては支援が全然行き届いていません。そしてまた、避難したいと言っても「ロシアのパスポートがなければだめだ」という状況にあるため、洪水被害が出てから約3週間、私たちからは支援も入れられない。ロシアからの支援も受け取れない。国連の支援もない。いわば見捨てられた状況で、自分の家にとどまっているしかないという人が多いです。
――坂本さんは去年2月24日の侵攻直後からずっと支援活動を続けていらっしゃいますが、事態が長期化する中で支援を要請する声はどうなっていますか?
坂本:
日本からいただく支援金は、関心がだんだん薄れて1/2、1/3と減っていく中で、逆に必要な支援や助けを求める人の数というのは2倍、3倍と増えているのが現状なんですね。
当初、支援を要請してくる人々は知り合いとか学校の先生とか、そういった人たちでしたけど、避難生活が長期化してくると、たとえばリビウ市議会の議員本人とか、あと自治体関係者から、直接支援要請が来るようになっています。
「自宅を直接訪ねてきたウクライナのリビウ州にあるグリニャニ市のアンドリー副市長。」
「リビウ州グリニャニ市より感謝状をいただきました。私の名前こそ書いてはありますが、
日本のみなさんの支援に対していただいたものであることに疑いの余地はありません。
日本から支援してくださるみなさんに、ウクライナの声も代表して感謝申し上げます。」
坂本:
たとえば先週の土曜日には、ウクライナにある市の40歳の副市長が直接私の家に訪ねてきて、必要なドローン2台を引き渡しました。このように行政からの支援要請も増えています。そのドローンは、救急車などの車が走行する際に周囲の安全を確保したり、あとは負傷者を発見したりするのに使われます。いま話題になっているヘルソンで、洪水で車両が入れないところでも、ドローンであれば救助や支援が必要な人を発見できるわけです。
――4か月前に坂本さんにお話をうかがった時には、「侵攻開始から1年弱の間に、6台の車両を購入してウクライナに送った」と話されていましたが、必要な救急車も足りていないという状況はその後どうなっていますか?
坂本:
状況はまったく変わっていません。送った車両は、物資を搬入したり、避難民の強制避難の際に使われたり、犠牲者の亡骸(なきがら)を運んだりするのに日々活動していて、まだまだ台数が足りていません。
「今までに購入して送った車両10台のうちの3台は救急車。でもまだまだ車両が足りない。
へルソンが落ち着いたら後回しにしている次の車両を購入し、ウクライナに入れたい。」
坂本:
それで最近10台目を購入したところなんですけど、今までに購入した車両10台のうちの3台は救急車なんですね。救急車であれば、負傷者や寝たきりの高齢者、車いす、障害がある人を避難させるのに適しているんです。
また、支援物資として送るのは車両だけではなくて、これからは夏タイヤも必要ですし、そのほかにも安全に連絡をとるためのトランシーバーとかドローンとかバッテリー、そういったものも必要です。
――戦闘が1年4か月と長引く中、前回2月に伺った時には「これからが本当の支援」だとおっしゃっていましたが、今後の課題はいま何であるとお考えですか?
坂本:
本当にこの1年4か月というのは、命を助ける救命支援が主でした。
ただ、ウクライナは目に見えないところにも大きなダメージを受けています。こういった目に見える支援だけではなく、これからは子どもたちの心のケアというのが本当に大切になっています。
「毎日、写真と共に複数回伝えられる私より若いウクライナ兵死亡のニュース。
先日はロシア軍が公開した動画の中に捕虜になった知り合いの姿が。
胸がはち切れそうになっても、支援をしなければ、この子たちの将来に大人として無責任だと感じる。」
坂本:
こうした中、たとえば子どもには、おもちゃやお菓子、遊具、道化師が行う見せ物、そういったものが必要だっていう声が届いています。
ウクライナは現在、夜中の1時半。この時間も避難所にいて、地下で過ごしている子どもたちがたくさんいます。そこで何時間も過ごさなければならない子どもたちへの支援が必要になっています。
「ウクライナの小学校に運動用マットやトランポリン、おもちゃなどを送った。
先生たちからは、今こういった物資が子どもたちに『とてもとても』必要だと聞く。」
坂本:
ウクライナの小学校などでは、今月6月の初めから夏休みに入っているんですね。それで小学校の支援は一時休止という形なんですけど、このほかにもウクライナには孤児院とか避難所があり、もう夏休みも関係なく、常に子どもたちがいて継続的な支援が必要になっています。
避難する子どもたちは家からおもちゃを持ってきていないので、そんな避難所にもおもちゃをたくさん持っていっています。
「ウクライナの小学校に『平和と友情』の桜並木を作ります。
ウクライナの未来、子どもたちの将来が桜の花のように満開になることを願っています。」
坂本:
ほかにも希望を目に見える形にしようと、日本の桜を小学校などに植える活動もしていますが、そうした活動も本当に喜ばれています。
――そうした子どもたちを見て、どんなことを感じていますか?
坂本:
子どもたちと長く付き合いながら、その子どもたちの成長の速さをこちらで感じているんです。
たとえば、開戦直後にウクライナからポーランドへ避難してきて出会った子どもたち。そのうちの1人、たとえば13歳の女の子は、学校が夏休みなので0時半を過ぎた今もまだ起きているんですけど、こちらで過ごした15か月の間に身長が15㎝も伸びました。これはうれしい反面、成長を見ている私は悲しくもなるんです。
なぜかというと、この子の成長をウクライナに残してきた先生やお友達、お父さんやお兄さんは見ることができないからです。
「誕生日はふだんならすてきな日です。
でもこの子は祖国から離れた避難先で、2度目の誕生日を迎えてしまいました。
私が去年の開戦直後に出会ってから、身長は15か月で15cmも伸びました。」
坂本:
そうした子どもたちの成長を見るにつけて、「この子の青春はあとどれぐらいこの戦争で失われてしまうのか?」とか「戦争が長引いてまったく別人になって家族のもとに帰ることになってしまわないか?」とか。
そのほかにも言葉の問題があり、ポーランドで迎える受験がどうなるのか、本当に心配しています。
――いま坂本さんから日本の人たちに伝えたいことは何でしょうか?
坂本:
ぜひこのウクライナに関心を寄せてほしいということなんですね。それもいろんな関心の寄せ方があると思います。
募金だけでなくて、募金がどう使われたのか。誰に使われてどういった感謝が届いているのか。また、このウクライナに対して自分から直接情報を取りにいってほしいという思いもありますし、そのほかにも出来る支援はたくさんあるんですね。
ロシアによる侵攻が始まって1年となる今年2月、坂本さんはこの間の体験や思いを本にまとめた。
坂本:
たとえば読むウクライナ支援として、ことしの2月に『ウクライナとともに』という本を日本で出版しました。それを読んで現実を知ってほしいです。この印税もすべてウクライナ支援に充てて救急車購入などに使います。
そのほかにもチャリティーコンサートなどのイベントがいろいろあります。ただ、そう言われてもお金がないってこともあると思うんですけど、そういったお金がない、機会がないという特に若者や子どもたちには、将来どんな支援ができるのかということを今から考えてみてほしいですし、新しいものでは、「love and peace project」として行われている"着る支援"で、ウクライナの子どもたちが描いた絵がプリントされたTシャツを買ってウクライナを支援する。そうした支援活動もあります。
――坂本さん、夜遅い時間のポーランドからありがとうございました。
【放送】
2023/06/26 「マイあさ!」
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