今年9月1日で関東大震災から100年を迎えました。この地震で課題になったのが「情報伝達」です。電話をはじめ有線の通信網がとだえ、うわさやデマで混乱が広がりました。こうした中、“迅速に正確な情報を得たい”というニーズが高まり、2年後に誕生したのが、「ラジオ」です。
いま、自治体が改めて「災害時のラジオの強さ」に注目しています。関根太朗アナウンサーが取材しました。(聞き手・野村正育キャスター・星川幸キャスター)
北海道胆振東部地震とラジオ
関根:
まず、「災害時のラジオの強さ」を示す、ひとつのデータからご紹介します。2018年9月6日、北海道胆振東部地震が発生しました。最大震度は7。道内全域で電力の供給がストップしました。総務省によりますと、地震発生後およそ11時間、北海道全域で停電が続きました。このとき、私は札幌放送局に所属していました。地震発生は午前3時7分。私は札幌の自宅に1人でいました。なかなか情報が得られず不安になったことを強く覚えています。停電後はテレビが見られなくなりました。スマートフォンの通話、インターネットもつながりにくい状態が続きました。「テレビ、ダメ、スマートフォン、ダメ、インターネット、ダメ。」これは不安です。そんな不安の中すがりついたのが、ラジオでした。ラジオから札幌放送局の先輩アナウンサーのいつもの声が聞こえたとき、ホッとしたことを覚えています。
――この地震では、札幌市東区でも震度6弱を観測しましたね。
関根:
そうなんです。NHKでは、北海道胆振東部地震のあと、北海道の3375人を対象にインターネット調査を行いました。テレビ、インターネット、SNS、新聞など、さまざまなメディアがありますが、“地震発生当日に、どのメディアが最も役に立ったか”をききました。その結果、半数近くの人が「ラジオ」と答えました。1位はラジオ。NHK・民放・コミュニティーラジオを含め、48%の人が「最も役に立った」と答えました。2位はテレビで11%。ラジオは、災害時の主要な情報源になり、テレビやインターネットと比べても、被災者にとって役に立ったことが分かりました。
自治体がラジオを配る動き
関根:
いま、そんなラジオを、自治体が住民に配る動きが全国で広がっています。東京・港区では、1台1000円で住民にラジオを配布しています。ラジオの名前は「港区防災ラジオ」。縦13㎝、横18㎝の白いラジオで、単3乾電池3本で動きます。通常のラジオなんですが、防災行政無線の役割も果たしています。港区から防災情報が流れる時には自動的に電源が入り、クリアな音声で聴くことができます。
――実物がスタジオにあります。お弁当箱のようなサイズでしっかりとした作りです。NHKや民放のボタンが並んでいて使いやすそうです。でも、どうして、こういったラジオを配り始めたんでしょう。
関根:
マンションが建ち並ぶ地域などでは、外のスピーカーから流れる防災行政無線が聴き取りにくい状態でした。それを解消するためにこのラジオを配り始めたんです。この6年間で、のべ8000台以上を配りました。港区役所防災課の鳥居誠之(とりい・まさゆき)課長です。
鳥居誠之課長:
「毎日、4~5件ほど、ラジオを窓口にお求めになる方がいらっしゃいます。今年は5月に能登地方や千葉県南部で震度5強を記録する大きな地震がありました。また、6月には、台風2号の影響による大雨もありました。こうした災害が増えるとラジオが欲しいといったお問い合わせなども増えてくるといった印象があります。」
ラジオを手にした住民の思い
関根:
このラジオを手にした港区の住民の方にも話をききました。柾木俊夫(まさき・としお)さん(45歳)。脚に障害があり、外出する際は車イスで生活しています。最近、水害や地震、熱中症などのニュースが多いと感じています。災害が起きたら、このラジオでみずからいち早く情報を得て、同居している75歳の母親も安心させたいと考えています。
柾木俊夫さん:
「自分の母親が高齢になったのと、今の時代、スマホがあれば大体どの情報にもアクセスできるんですけど、やっぱり年寄りの方にはハードルが高いというところもあるので、ラジオはそのまんま置いておくだけで、何か情報が入ればすぐお知らせしてくれるというところがいいかと思います。」
――お母さんへの思いもあって、ラジオを入手されたんですね。港区のように、自治体が住民にラジオを配る動きは、他にもあるのでしょうか。
関根:
はい。災害に備えて、自治体が住民にラジオを配る動きは、さらに広がっています。中には、自治体が住民に無料でラジオを貸しているケースや、自治体がコミュニティ放送事業者と連携してラジオを配っているケースもあります。「災害時のラジオの強さ」とは何か。港区防災課の鳥居課長はこう考えています。
鳥居課長:
「ラジオは、特別なアンテナ工事などが不要で、 持ち運びができ、電池を使えば停電時にも聴くことができます。災害時にはラジオ放送からさまざまな情報を入手することもでき、情報入手のツールとしてはとても優れているものと考えています。ふだんからラジオに親しんでいただいて、いざ災害が起きた際に、本当にツールとして使える。それが一番うれしいと考えています。」
専門家のラジオへの期待
関根:
自治体が住民にラジオを配る動きについて、専門家はどう見ているのか。地域でメディアが果たす役割などを研究している摂南大学現代社会学部の松本恭幸(まつもと・やすゆき)准教授は、自治体がこうしたラジオの強みを災害時に生かそうとしていることについて、こう評価しています。
松本恭幸 准教授
「緊急時に必要な情報がすぐにリスナーに届けられ、対応ができる。そういう点で、こういう端末を自治体が配布することは大きな意味があると思います。また多くの方がラジオを聴き、災害時に必要な情報を得る、その習慣を身につけていただけたらなと思います。」
関根:
関東大震災から100年。松本准教授は、災害時に噂やデマなどの誤った情報が伝わらないよう、ラジオが果たす役割は大きいと考えています。
松本恭幸 准教授
「ラジオの場合、リスナーとパーソナリティーとの距離感が近いメディアで、リスナーが局にさまざまな情報を伝えることが可能なメディアです。また、インターネットと違って、ラジオの番組のパーソナリティーがさまざまな情報を整理して分かりやすく伝える機能を持っているのが他のメディアにはない点ではないかと思います。大規模災害時に、さまざまな情報が錯そうしますが、その情報の中から“一定の確からしさ”を持ったものを選んでリスナーに伝える。それができるのがラジオというメディアではないかと思います。」
関根:
松本さんは、「ラジオを日常的に聴く習慣を持っていることは大事だ」ともおっしゃっていました。大規模災害が起きたとき、テレビが見られない、電話がつながらない、インターネットが使えないといった状況になったとしても、ラジオを聴く習慣がある人は、まっさきにラジオの電源を入れ、いち早く情報を入手できるからです。今回の取材を通し、自治体、住民、専門家をはじめ、多くの方にラジオは期待されていると感じました。再来年、2025年には放送開始から100年がたちますが、ラジオは決して「古いメディア」ではないと思いました。そして、災害はいつ起こるかわかりません。もしものときにNHKラジオを選んでいただけるよう、私たちも日々準備を進めなければならない。改めてそう強く感じました。
ラジオセンター
関根太朗アナウンサー
【放送】
2023/08/24 「マイあさ!」
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