感染症の日本史 ①/日本初の疫病 ~天然痘~

21/11/15まで

健康ライフ

放送日:2021/07/19

#医療・健康#カラダのハナシ#感染症

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【出演者】
早川:早川智さん(日本大学医学部 教授)

――早川さんのご専門は感染症とのことですが、早川さんが歴史にご興味を持たれたのはどうしてですか。

早川: 私は岐阜に生まれました。実家は江戸時代から続く医者の家系だったものですから、蔵に江戸時代の医療器具や古文書がたくさん残っておりました。それを見て医学・病気の歴史に興味を持った次第です。

――早速お聞きしたいと思うのですけれど、日本の歴史において感染症の影響は大きかったのでしょうか。

早川: 歴史の上で大変大きな影響を与えております。
昔の病気の状況は、奈良時代以降には文書や記録で分かるんですけれど、記録に残る前もご遺体やご遺骨で推定できることがあります。私は古文書から昔の人の病気について調べております。

――今回のテーマは「日本で初めての疫病」天然痘なのですが、天然痘というのは聞いたことがあるのですけれど、どんな病気なのですか。

早川: 今ではもうなくなってしまった病気なんですけれど、天然痘ウイルスというウイルスによる感染症です。
これは世界的にも紀元前から存在しまして、非常に感染力が強い、しばしば死に至る疫病として恐れられていました。治ったとしても顔に痕が残りますので、江戸時代には器量が悪くなるとして大変忌み嫌われていたとされております。

その天然痘が仏教伝来のころ、時期としましては飛鳥時代、6世紀ごろですけれど、今から約1500年ほど前になります仏教の伝来とほぼ同じころに、大陸から入ってきて日本で流行しました。

――天然痘は海外から入ってきたということですね。

早川: すでに朝鮮半島や中国大陸と人の往来はあったんですけれど、そのころに病気が持ち込まれたといわれております。朝鮮半島にあった新羅という国から日本に弥勒菩薩(みろくぼさつ)像が贈られまして、敏達天皇が仏教の普及を始めたときとちょうど重なっております。
『日本書紀』で初めて天然痘の症状について記録されています。敏達天皇ご自身が585年に崩御なさっているんですが、その原因も天然痘だったのではないか? といわれております。

――当時は天然痘という病気の認識はあったのですか。

早川: 当時は天然痘ということは分かっていませんでしたから、「日本古来の神々をないがしろにしたための罰ではないか」という見方が広がりました。そして、大陸から仏教を受け入れることを推進しておりました蘇我氏の影響が低下するということがあったんじゃないかと思います。

――「天罰」だと思われていたということですかね。

早川: そういった誤解があったんだと思います。
その200年後、735~738年にかけて西日本から畿内にまた大流行いたしまして、平城京で政権を担当しておりました藤原4兄弟、有名な藤原鎌足の孫の人たちなんですけれど、この人たちが次々に天然痘で亡くなっています。
そのころ日本には天然痘の免疫を持っている人が大変少なかったので、多くの人が感染して命を落としたといわれております。

――天然痘が日本に持ち込まれてから200年たっても、まだその影響が続いていたということなのですね。それにしても、藤原4兄弟も天然痘で命を落としていたとはまったく知りませんでした。

早川: 実は奈良の大仏造営のきっかけも、この天然痘だったんです。聖武天皇の皇后となられた藤原4兄弟の妹・光明皇后が夫である聖武天皇にお願いして、病気平癒のために大仏を建立したといわれております。その大仏に効果があったかどうかは分かりませんけれど、このときの流行はある程度収まってまいりました。
ただ、その後何度もはやっておりまして、戦国時代に有名な伊達政宗が左目を失明したのも天然痘が原因じゃないかといわれています。

――天然痘を予防するワクチン、治療薬のようなものはいつできたのですか。

早川: 天然痘がコントロールできるようになりましたのは江戸時代の末期です。種痘というものが西洋から蘭学とともに入ってまいりまして、コントロールできるようになりました。
最初は佐賀の鍋島藩の医師が取り入れましてそれが藩内に広がり、その後緒方洪庵が種痘所を作ったことで民間に広がりました。さらに、江戸幕府が江戸に種痘所を作りました。それが現在の東京大学医学部の始まりです。

――この種痘が、いわゆるワクチンということですか。

早川: これは歴史の上での初めてのワクチンです。
種痘は、人の天然痘ほど危険ではない、牛がかかる天然痘「牛痘」のうみを、天然痘にかかったことのない人に注射して抗体を作るという方法です。これによって天然痘にかからずに済むようになりました。

――うみを注射するのですか。

早川: うみと申しましても、そのままではなくて、かかった乳搾りの女性からボランティアのお子さんに接種しまして、かさぶたとして保存いたしました。そして、これを水に溶かして皮下接種するのです。
ただ、19世紀当時、わりと現代に近い時代になりましても、「牛の天然痘のワクチンを打つと牛になってしまうのではないか」と信じる方が多くいました。現在、「mRNAワクチンを打つと、遺伝子が変わるのではないか」などと心配する人がいらっしゃいますけれど、人間は同じような心配を繰り返すんだと実感しています。知らないものを怖がるのは当然ではありますが。

【放送】
2021/07/19 マイあさ! 健康ライフ「日本人が乗り越えてきた感染症から学ぶ ①」 早川智さん(日本大学医学部 教授)

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