井川直子著『シェフたちのコロナ禍 道なき道をゆく三十四人の記録』

21/10/25まで

著者からの手紙

放送日:2021/09/26

#著者インタビュー#読書#ノンフィクション#コロナウイルス

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『シェフたちのコロナ禍 道なき道をゆく三十四人の記録』は、コロナにより営業自粛を余儀なくされたシェフや飲食店店主たちが、それぞれに考え抜いてとった行動を追ったルポルタージュです。著者の井川直子さんにお話を伺います。(聞き手・畠山智之キャスター)

【出演者】
井川:井川直子(文筆家)

自主休業か営業か。それぞれの事情

――井川さんは緊急事態宣言が初めて出された2020年4月、そして10月に、飲食店の店主やシェフたちに話を聞いています。どんなことを心がけて取材をされたのですか。

井川: その当時は、まだ国からも都からも休業要請がないけれども、世の中には自粛を呼びかけていました。休業強制はしないけれども、「自分で考えて」と飲食店側に投げられてしまった時期だったんですね。飲食店の人たちは、自主休業か営業か、自分で選ばないといけなくなり、その中で分断が進んでしまったんです。

営業を続ける店は、「僕らが休業して自粛しているのに……」なんて言われて、休業を選ぶ店も、「あそこは休めるだけの余裕があっていいね……」と言われて、どちらにしても針のむしろにいるような状態でした。みんなが分断してしまったその理由は、相手の背景や事情を知らないことにあるんじゃないか、そんなふうに考えました。

人が人を傷つける元凶っていうのは、だいたい「知らないこと」にある。ですから相手の背景や事情、なぜ営業を続けなければいけないのか、なぜ休もうと思ったのか、それぞれのお店の1個1個の違いを淡々と書いていくことで、相手を知ることができるんじゃないかなと、そんな思いで始めました。

「店主が現れたら喜んでくれるでしょ?」

――コロナで営業自粛を余儀なくされた店主やシェフたちが考え抜いてとった行動について、それぞれ記されています。まず東京都世田谷区でイタリアンレストランを3店舗経営するオーナーシェフの堤亮輔さん。堤さんはすべてのお店で通常の営業を休業して、テイクアウトとデリバリーの専門店に切り替えます。堤さん自身も料理を配達したそうで、その理由について堤さんは「店主が家の玄関口に現れるとお客さんが喜んでくれるでしょ」とおっしゃったと書いてあります。井川さんはこの行動をどう感じましたか。

井川: びっくりしましたよね。この文面では楽しげに見えるんですけれども、状況はそうではなくて、彼はスタッフを全部正社員で雇っておりまして、社員の給料だけで月に600万円ほど出ていく。それに3店舗分の家賃と食材の仕入業者にもお金を払わなければいけませんから、彼の試算では2か月立ち止まったらお店は潰れるだろうと、そういう瀬戸際にいたんです。

お店の営業をなんとか続けなければいけないという選択もあるのですが、自分が生きるためにやらなきゃいけないこと以上の、“その上を行く”というか。具体的に言うと、飲食店の人たちっていうのは、お客さんの喜びを考えちゃうんだなって、そこにすごく感動しました。

「同情で来てもらうのは違う気がする」

――東京の銀座でクラフトビールや日本のワインなどを提供する飲み屋さんの店主・西塚晃久さん。飲食店が次々に閉まっていく銀座で、昼の12時から夜8時までの通し営業を始めます。その中で「コロナの非常事態に教えてもらっていること、気づかされることって多いです」と話していますよね。

井川: 彼の場合は、お客さんを見ていて、お客さんの「違い」に気づいていたようです。例えばあのころのお客さんは、いろいろなお店にテイクアウトを買いに行ったり、好きなお店が潰れないように一生懸命足を運んだり、お客さんなりにも頑張っていらっしゃった時期だと思うんですけれども、彼はそういうお客さんを見ていて、「疲れてるな」と感じたらしいんです。もしも同情票で足を運んでくれているなら、なんか違う気がする、飲食店は疲れている人をそもそも元気にしてあげる場所じゃないか、そんなふうに考えたらしいんです。自分の役割はなんだろうというところから、通し営業であるとか、いろいろと考えていったみたいです。

――コロナの前はお客さんも時間に追われるように飲んでいたのが、通し営業をしてみたら、のんびりと楽しそうに豊かな時間を過ごしていると気づいて、「あれ? これって……」と、また気づかれてましたよね。

井川: 久々の外食でホッとされているような様子を見て、やっぱり飲食店というのはこういう場所なんだな、世の中に必要とされているんだなという思いを強くしたみたいですね。

「見落としていたものを拾い上げる時間」

――東京の二子玉川のすし店の店主・木村康司さんは、店内で食べてもらうのではなくて、ばらちらしのテイクアウトという道を選択しました。そこで木村さんは、それまで絶対に触らせなかった魚の仕事を弟子たちに教えるようになって、「自分が知っていることを伝えなければ技術が途絶えてしまう」と気づいたそうです。この気づきは弟子やお店自体にも大きな影響を与えたでしょうね。

井川: 木村さんはずっと走り続けてこられて、今はミシュランの2つ星を取られているんですけれども、その営業の中で、「見落としていたものを拾い上げる時間だったような気がする」とご本人はおっしゃっていますね。

ばらちらしを選んだのは、あのころテイクアウトが一斉に始まって、若いおすし屋さんや和食料理人が生の魚介をテイクアウトに出してしまって、それを見て食中毒をすごく心配されたそうなんです。日本には古来から、食中毒を防ぐ、日持ちするような保存の技術があって、すし屋はそれを持っているのでちゃんと伝えていかなきゃいけないと考えられたそうです。

――日本に脈々と流れてきた食文化を、若い人たち、そしてお客さまにも伝えていくということだったんでしょうね。

井川: そうですね。

「魂のために必要なものである」

――この本を読んで印象的だったのは、飲食店が苦境に立たされる中で、シェフたちが、社会の中での自分の役割、お店の社会的意義、なぜレストランをやっているのかなど、自分自身のあり方を省みている部分です。シェフたちの話を聞いて井川さんはどんなことをお感じになりましたか。

井川: 私は「利他」ということをすごく感じました。人が生きるための食に携わる仕事を選ぶ人たちというのは、そもそも誰かのため、何かのために動こうとする人たちなんだなという利他を感じました。

――一生懸命お弁当を作って医療関係者に配ったという出来事もありましたね。

井川: 自分たちはクリスマスという書き入れ時を失って、どう乗り切ったらいいのか、年は越せるのかという疲れきっているときだったんですが、それでもなお医療関係者のためにお弁当を作ったというのは、本当にびっくりしました。

――この作品に取り上げられたのは、主に東京の都心で比較的はやっているお店のように思えますが、全国には老夫婦だけで切り盛りしているお店もありますし、お客さんは近所の人たちだけといった小さい飲食店もたくさんあります。そういったお店にも、この本に記された34人の奮闘は活力になるでしょうか。

井川: なぜこの34人だったのかというと、確かに飲食店というのは「今すぐどうしても」という場所ではないんですけれども、「『魂』のためには必要なもの」であるという、これはワイン醸造家が言ったことばですけれども、そういうことを彼らは感じさせてくれたんです。人気店であるかないかにかかわらず、飲食に携わっている人々にとって彼らのことばは勇気になってくれるんじゃないかなと思いますし、世の中のいろいろな職業の人に対して、励ましを与えてくれるんじゃないかなと思います。

【放送】
2021/09/26 マイあさ!「著者からの手紙」 『シェフたちのコロナ禍 道なき道をゆく三十四人の記録』井川直子さん(文筆家)

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