みんなのために起こす裁判 田中まさおさんの場合

マイあさ!/三宅民夫のマイあさ!

放送日:2021/06/29

#インタビュー

「裁判」とは、無罪・有罪や勝ち負けだけではなく、「社会を変えていく。みんなのためになる」という議論もあります。実際裁判となると、お金がかかる、時間もかかる、そういう声がなかなか生かせないところがあったのを、「公共訴訟」と定義をすることで、そういう面を伸ばしていこうという動きです。実際にそうした裁判を行っている人を通じて、公共訴訟とはなんなのか、課題は何かを見ていきます。

【出演者】
三宅:三宅民夫キャスター
大久保:大久保彰絵キャスター
荒木:荒木美和アナウンサー

公共訴訟が、次の世代に希望をつなげる

荒木: 「公共訴訟」の原告とはいったいどんな人なのか。埼玉県に対して時間外労働の手当の支払いを求める裁判を起こした、公立小学校の先生を取材しました。ご本人の希望で、本名は出さずに田中まさおさんとします。田中さんは現在、1年生のクラス担任をしています。


田中さん: 小学校の場合は全部の教科を教えるんで、音楽も教えますよ。
荒木: あ、そうなんですか?
田中さん: 今、1年生なんで、ピアノも。オルガン弾きながら。


荒木: 大学卒業後22歳で教員になって、40年以上教壇に立ち、定年を迎えた63歳の今も、田中さんは再雇用で働いています。

どうして裁判を起こしたの?

大久保: 田中さんはどんなことを訴えているんでしょうか。
荒木: 田中さんは「教員の働き方を変えたい」と今回の裁判を起こしました。教員の給与については、一律に基本給の4%分が支給される代わりに時間外労働などの手当がありません。その上乗せされた金額に見合わない時間外労働が、常態化していると田中さんは言うんです。

ベテラン教員の田中さんの時間外労働を勤務時間記録から見ていくと、田中さんの時間外労働は月平均でおよそ60時間にのぼると言います。しかし田中さんは、自分より若い先生たちはさらにもっと多くの時間働いていると言います。

田中さん: 今若い子たちは21時くらいまで学校にいますよ。20時~21時くらいのあいだに帰る。家に帰って、それから食事の用意をして、寝たらもう次の学校。若い子たちは早い子は6時半に出勤。それを毎日毎日繰り返しているから。
自分の若いころと全く違います。与えられる仕事が多くなりました。


荒木: 今回の裁判について、埼玉県にも取材をしましたが「係争中につきコメントできません」との回答でした。田中さんは、裁判を起こした理由は次の世代のためだと言います。

田中さん: これは、おかしいと。でももうその流れを自分の力では止めることができないんですよ。だけれども、今の若い人たちに残しちゃいけない。この不合理っていうのは、引き継ぎたくない。それでこれはどうにかしなきゃいけないって思ったんです。


荒木: 裁判を1人で戦い抜こうと決意した田中さん。特に現場で教員を続けながら組織に声をあげ続けることは、相当な覚悟が必要だったと言います。

一方で、もっと多くの教員にこの問題を一緒に考えて欲しいと、いくつか労働組合にも相談しましたが、協力は得られなかったと言います。自分と妻の退職金や貯金を切りくずして、すべての裁判費用をまかなうつもりでいたんです。
大久保: 自分たちのお金でっていうのは、本当に大変ですね……。
荒木: そうなんですよ。ただですね、希望が見えてきたんです。

思わぬ仲間があらわれた

荒木: 裁判を続ける中で、自分の教育への思いを語るうちに思わぬところから心強い仲間が増えていったと言います。

教師を志していた現役の学生たちです。田中さんの法廷での姿に心を打たれて、有志で支えてくれるようになりました。
東京大学大学院1年生の佐野良介さんは、以前在籍した大学時代の教授に教えられて田中さんの裁判に通うようになりました。佐野さんは、先に先生になった同級生たちが忙しさの中で心を病んでしまったり、時間に余裕がなくなって子どもたちとちゃんと向き合えなくなったりしている姿を数多く見てきました。

佐野さん: まずは、教育だったり、社会とか子ども、未来という、そういった視点に対してのものすごい共感。それに対して、自分の身の危険をおかしてまで裁判をする姿に心を動かされ、一緒に変えていこうという気持ちになっているのかなと思います。


荒木: 佐野さんたちは事務局を立ち上げ、裁判の経緯や動きをSNSなどで広く共有して、署名を募ったり、若い人たちにもわかりやすいように漫画にして拡散したりと、新たな試みを始めました。

さらに「CALL4」(公共訴訟を支援するために立ち上げられた、裁判に特化したクラウドファンディングのサイト)を通じて、クラウドファンディングで一部の裁判費用を集めようと動き出したんです。次第に田中さんのもとには、同じ境遇で声をあげられなかった教育現場からの声も届くようになったんです。

裁判が勇気を与えてくれる

三宅: そういう裁判をめぐる新しい動き、専門家はどういうふうにとらえていますか。
荒木: 教育社会学が専門の、名古屋大学大学院准教授、内田良さんは、ここ4~5年、Twitterなど「匿名」のネット空間で、ようやく先生たちが働き方についての本音を話せるようになってきたと言います。


内田さん: 教員の働き方の、今、非常に大きな問題というのは、先生たちが声をあげられないような世の中になっている。本当は堂々と声をあげるべき。ところが、やっぱりそういった声をあげると外部から叩かれる。もうみんな、あきらめかけてたところなんですね。
ところが、田中さんが「いやいや、それはちゃんと残業代が支払われるべき労働だ」ということで声をあげた。そういった意味でも、非常に画期的な裁判だと思います。


大久保: 若い先生ですと、おかしいなと思っていても、今後もこの組織で自分は働いていきたいっていうふうに考えると、目立ったことがしづらかったり言えないという思いもあると思うんですけど、やっぱり声をあげることが大事なんですね。
荒木: そうですね。今までずっと我慢して声をあげられなかった人たちに、裁判が勇気を与えることができたということですね。

公共訴訟にくわしい同志社大学教授の川嶋四郎さんは、公共訴訟がインターネットと結びつくことで、より広がりを持つようになったと分析しています。


川嶋さん: 新たなフェーズだと思います。おそらくネットがない社会を考えてみましたら、それぞれが多分、分断されていた可能性が高いんです。泣き寝入りしてしまう人は少なからずいるかと思います。
ところが、やっぱりそれがネットのいい点であると思うんですけども、そういう人々を結びつける、と。しかも場所を問わず、あるいは世代であるとか立場を問わず結びつける力というのが、大きいのではないかと思いますね。


訴訟が、次の世代に希望をつなげる

荒木: 取材を通じて、公共訴訟の場が声なき声を代弁し、特に、未来を担う次の世代によりよい社会を残そうと希望をつなぐ場になっているのだと感じました。
三宅: 1人1人が「とても大変だな。これはみんなでちゃんと議論したほうがいい」と思うことがあっても、なかなか、つながれないしね。それから「裁判やろう」と思っても、これまでは大変な状況があったと。そういう声をくみ上げて、大事なことを議論して、社会に反映していこうという取り組みだということですね。
荒木: そうです。一方で国は、教員の働き方改革として、これまで明確な基準がなかった残業時間の上限を月45時間とする指針を定めるなど、教員の負担軽減に取り組んでいますが、まだ厳しい状況が続いています。
今年3月、文部科学省が企画した「#教師のバトン」プロジェクトがありましたよね。長時間労働の改善などを訴える投稿が相次ぎました。

しかし、徐々にではありますが、市井の声が社会を動かし始めています。裁判が、先人たちの思いを次の世代や同じ立場の人につなげていく場になっていると感じました。

【放送】
2021/06/29 マイあさ!/三宅民夫のマイあさ! 「公共訴訟の現状と課題 ~田中まさおさんのケース~」


<裁判で社会を変えられるか? 弁護士たちの新たな挑戦(2021/06/29放送)>へ

この記事をシェアする