日本の女性は数学が苦手なのか?

23/04/04まで

けさの“聞きたい”

放送日:2023/03/28

#インタビュー#学び

放送を聴く
23/04/04 7:40まで

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世界中の数学が得意な若者が一堂に会して数学の力を競うコンテスト「国際数学オリンピック」が、ことし7月に日本で開催されます。ところが、この日本では数学を専攻する女性が極めて少ないことが指摘され続けています。背景に何があるのか。数学を学ぶ女性が増えて才能を発揮するためにはどうすればいいのか。数学オリンピック財団の理事で東京大学特任教授の石井志保子さんに聞きました。(聞き手・野村正育キャスター)

【出演者】
石井:石井志保子さん(数学オリンピック財団理事/東京大学特任教授)

国際数学オリンピックとは

――国際数学オリンピックが日本で開催されるのは20年ぶりだそうですが、どんな大会なんですか。

石井: 国際数学オリンピックは、64年前の1959年にルーマニアで初めて開催されました。以降、コンテストを通じてその才能を伸ばしていこうという理念に賛同する国が増え、今は毎年100を超える国と地域から数百人の選手たちが参加しています。

国際数学オリンピックに出場するのは高校生以下の若者なんですね。中学生でもかまわない。1つの国や地域から最大6人まで参加できます。学校の試験とは別のもので、公式を使えないというか公式が通用しない問題で、数学の大学教授が頭を抱えるほど難問なんですけど、そういう問題が6問出されて、それぞれの代表選手が2日間にわたって取り組みます。それで成績優秀者には、参加者の上位1/12に金メダル、2/12に銀メダル、3/12に銅メダルがそれぞれ与えられることになっています。

日本は1990年に北京で開催された第31回大会に初めて参加して以降、毎年6人ずつの選手団を送ってきて、毎年良い成績を収めています。

――国際数学オリンピックに出場する日本代表選手のうち、女子の割合はどれくらいなんですか。

石井: 日本は、初参加以降、33年間で約200人の代表選手を出してきたのですが、このうち女子はたった2人なんですね。今、ジャズピアニストで数学教育者として活躍していらっしゃる中島さち子さんと、京都大学助教の山下真由子さんだけです。だから1%になるわけですね。

一方、世界の平均では10%が女子なんですね。これもなかなか少ない数ですが、いろいろな宗教的制約がある国も含めた平均ですから、欧米ではもっと多いんです。世界平均の10%を当てはめると、日本はこれまでに20人ぐらい女子選手が出ていたとしてもおかしくないはずなんですね。ところが2人だけなんです。

女子が数学を専攻しない日本

――日本代表の女子高校生が1%程度しかいないというのは驚きですね。

石井: そうですね。数学オリンピック選手という特別な人たちだけを見ていると思われるかもしれませんが、女性の割合が少ないのは数学オリンピックに限った話ではなくて、大学もそうなんです。私が教えてきた東工大や東大で数学を専攻する女子学生の数というのは、毎年1クラスにだいたい40~45人いるんですけれども、そのうちの1人か、多くて2人、全然いない年もあるんですね。

大学院でも博士課程修了者に占める女子の割合は、数学分野ではこの30年増えていないんですね。2018年時点でだいたい6%で、ほぼ同じ割合で推移してきています。一方、理学分野全体では、この30年で2倍以上に増えて20%になっています。

ですから、数学では全然増えないので、その結果、数学研究者も増えず、調査が行われた(東京大、京都大、東工大など)国立10大学で数学を教えている教授の割合は、わずか1.6%という現状です。

――いわゆる「リケジョ」、理系の女子が増えているのに、数学に限っては増えていないと。でもこれは日本の女性は数学が苦手ということではないですよね。どうしてこんなに少ないんですか。

石井: いろいろな国の数学者に、「あなたの国では、女性は数学に向いていないとか、女性は数学が苦手とか思われていますか?」と聞くと、多くの国の人は「えっ? そんなこと思ってないよ」という答えが返ってきます。実際に、大学の数学科で学ぶ女性は日本に比べて多いんですね。文化的背景が似ているはずの韓国でも、〈半数が女子学生〉という数学科は多いです。イタリアやスペインなどの欧米でもラテン系の国は数学科の〈半数が女子学生〉。そういう大学が多いです。

数学というのは普遍的な学問ですから、民族によって女性の才能に差があるとは思えませんね。それなのに日本では多くの女性が「数学が苦手」と思い込んでいるようです。そのような刷り込みの中で中学生や高校生が育ってくるわけですね。すると、数学で何か困難にぶつかったときに、「自分は女だからわからないんだ」「わからなくていいんだ」と思い、考えることをやめてしまうことが多いのではないかと思っています。

長く続く日本だけの思い込み

――石井さんが高校生のときはどうだったんですか? 先生からはなんと言われましたか?

石井: 公式を当てはめるのは好きじゃなかったんですが、いろんな数学系の本を読んで面白いなと思っていました。それで高校生のときに「将来、理系の研究者になりたい」と言うと、先生は「女の幸せとはそんなものではないよ」と穏やかに言われました。

研究者になってから、この話を国際研究集会の女性の集まりで話したことがあるのですが、会場は爆笑の渦でした。さらに「ここにたくさん女性研究者の皆さんがいらっしゃいますが、皆さんは女の幸せを諦めた惨めな生活をしていますか?」と聞くと、爆笑はいっそう大きくなりました。

ですから日本社会の理解がもしこのままだとすると、本当は好きで才能がありながら、女性がいつまでも数学を学べない国になってしまうんじゃないかと懸念しております。

――石井さんはこれまでおよそ50年、数学の研究を続けてこられましたが、どうやってきたのですか。

石井: やっぱり数学に対する強い好奇心と執着心からなんですが、周りのサポートがなければ続けてこられなかったですね。サポートの中で一番大きいのは夫の精神的支援です。

経験上、私の周りでは数学の道を続けなかった人の中には優れた才能を持っていた人が結構いるんですね。夫の支援を受けられなかったとか、あるいはそれほど執着心がなかったかもしれない。それで、私のような執着心、執着心というのはある意味いびつな性格と言えるかもしれないんですけれども、そういう性格を持っていなければ自分のやりたいことが続けられない社会、あるいは配偶者の支援はないのが普通というのでは、そういう社会はちょっと残念な社会ですよね。才能のある人がその才能を素直に発揮できる社会になってほしいです。

女性が数学を学ぶメリットは

――そうなると数学だけではなくて、日本社会の課題の1つかもしれませんが、女性が数学を学ぶことのメリットや魅力はどんなところにあるんでしょう。

石井: それはけっこうあるんですよ。数学はほかの理系の分野に比べて夜間の実験とか体力が必要な野外活動なども必要がなくて、女性にとって比較的取り組みやすい分野ですね。それがメリットだと思います。でもそれが現実には反映されていなくて、とってももったいない状態になっていると思います。

それが近年では、「男性ばかりの発想では問題解決や商品開発に対応していけない」「職場が多様性を必要としている」、そういう声が企業や研究機関から聞かれ、就職でも数学を専攻した女子学生は引く手あまたで、就職にあまり苦労していないようですね。

統計的なデータはないんですけれども、長年、東工大で指導してきた経験上、「女子学生がいる学年といない学年では、女子学生がいるほうが男子学生の成績も良い」。これは教員の間で共有されていた情報なんです。

数学は苦手と思い込まないで

――数学を専攻した女子学生は就職でも有利だというのは初めて聞きました。女性と数学をめぐり、日本社会には思い込みがあったようですが、どうすれば変えていけると思いますか。

石井: まず「数学に向いていない」という思い込みを改めていただくのが大切だと思います。また、数学科に行くと「就職口がないぞ」と進路指導しておられる高校の先生もいらっしゃるようですので、数学を専攻した女子学生さんのキャリアパスをもう少し知ってほしいですね。例えば数学を専攻して研究者になるとか教師になるとかのほかに、保険会社のアクチュアリーになるとか、金融機関で活躍したり、システムエンジニアになるとか、選択肢がとても多いです。今は特にIT関係の企業などで数学の基盤を持つ人材が求められています。また顧客の半数は女性なのですから、女性の視点を持って数学のできる人材は、企業にとってもとても魅力的な人材です。

数学はもちろんいろいろな顔を持っています。計算が速い人や問題を手際よく処理できる、そういう人だけが数学に向いているわけではありません。じっくりと物事の本質を考えるとか、混とんとした状況を整理して処理できる形の問題設定をするということができるというのも数学の能力です。ですから「自分は数学が苦手」という意識を早計に持たないほうがいいと思います。

――7月に国際数学オリンピックが日本で開かれますから、日本の高校生や中学生、特に女子学生たちに数学の魅力や面白さに興味を持ってもらえるといいですね。ありがとうございました。


【放送】
2023/03/28 「マイあさ!」 けさの“聞きたい”「日本の女性は数学を!」石井志保子さん(数学オリンピック財団理事/東京大学特任教授)

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