芸術・スポーツは「不要不急」ということばの“被害者”

21/02/11まで

大越健介の現場主義

放送日:2021/02/04

#インタビュー#スポーツ#音楽#コロナウイルス

ざっくりいうと

  • 長谷部誠選手「パンデミックを自分の人生のスパイスに」
  • サカナクション・山口一郎さん「コロナ禍での発明を携えて日常生活に戻りたい」
  • 2021/02/04 「三宅民夫のマイあさ!」 三宅民夫の真剣勝負! 大越健介の現場主義

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21/02/11まで

【出演者】
三宅キャスター:三宅民夫キャスター
大越キャスター:大越健介キャスター

「不要不急」を便利に使いまわし過ぎてはいないか

三宅キャスター: 連日耳にする「不要不急」ということば。きょうは、「時に不急ではあっても、決して不要ではない」という話なんですって?
大越キャスター: そうなんです。
本当に気分が落ち込んだときとか「自分自身も存在が不要不急なんじゃないか」と悩んじゃうぐらい、「不要不急」ということばが使われていますけれども、感染拡大防止のために不要不急の外出を避けましょうという呼びかけを無視するものではもちろんありませんし、否定するものでも毛頭ありません。

ただこの「不要不急」という四字熟語、ちょっと便利に使いまわし過ぎているんじゃないかなということを、日々感じるんです。いろんなことが十把一からげにされてしまうけれども、そもそも「不要」と「不急」は違う意味なわけですし、十把一からげに使われているそのことばの“被害者”が、ある意味「文化」という分野じゃないかと。ここでいう文化は、音楽などの芸術、そしてスポーツも含めて考えたいと思います。
三宅キャスター: 音楽のイベントやスポーツ大会も、中止や無観客などの制限が加えられることが増えましたね。
大越キャスター: イベントというのは、同じ空間・同じ興奮を共有することによって思わぬエネルギーが生まれる。場合によっては、自分の人生すら変えましたという経験を持っている方もいらっしゃると思うんです。確かに命を最優先する局面では「不急」、決して今やらなくてもいいよということで控えざるをえないケースもあると思うんですけれども、だからといって、音楽やスポーツは「不要」のものなのか、不急ではあっても不要なものなのか、いらないものと言えるんだろうか、というのが、きょうの話です。
三宅キャスター: なくなったら、味気ないと思いますよ。
大越キャスター: ですよね。なのになぜ音楽やスポーツが、不要不急ということばでひとくくりにされがちなのか。

この前、社会学者で東京大学大学院の吉見俊哉さんにお話を聞いたんです。コロナ禍でロックダウンされた、例えばイタリアやスペインの都市で、道路をはさんでアパートの住人たちが合唱したり合奏したりする場面が、ニュースなどでも伝えられたことがありましたね。吉見さんは、「それが非常に印象に残っている。それこそまさに文化の本質じゃないか」というような話をされていました。
もちろん日本にも文化の豊かな土壌はあるわけですけれども、日本人の文化の捉え方というのは残念ながらそこまで成熟していない面があるのではないか。すなわち、戦後日本は経済優先で走り続けてきて、その結果として、文化はうしろに追いやられがちだったと。経済発展が先、文化というのは言ってみれば余剰の遊びでしょと、軽んじられてしまう傾向があったのではないか。それが今は不要不急ということばによって、やや乱雑にカテゴライズされているのではないか、という見方をされていました。

吉見さんのその見方、懸念についても共感します。われわれもふだんストレスの多い毎日を送りながら、好きな曲を口ずさんだりすると、コロナ禍だからこそ心にしみることもあると思うんです。人によって程度の差こそあれ、音楽やスポーツっていうのは私たちの人生や生活の一部になっているということを、意味していると思うんです。

長谷部誠選手「パンデミックを自分の人生のスパイスに」

三宅キャスター: 私たちにとって音楽やスポーツとはなんなのか。コロナ禍でのそうした文化の位置づけについて、アスリートやミュージシャンに会って話を聞いたそうですね。
大越キャスター: いろいろ取材させていただきました。中で非常に印象に残ったおふたりの話を紹介したいと思います。

ひとりは、元サッカー日本代表のキャプテン、長谷部誠選手です。ご存じの方も多いと思いますが、誠実な人柄で、今ドイツのブンデスリーガのフランクフルトで大活躍しています。

世界屈指のリーグ、ブンデスリーガは、コロナ禍のロックダウンの中、去年5月に無観客で最も早く試合を再開したところです。その再開の判断にあたっての会長の発言というのが非常に明快で、明快すぎるぐらいで、こんなふうに言ったんです。
「正直なところ、ブンデスリーガは商品なんです。商品を作らなければ、存在自体がなくなるんです」
三宅キャスター: なかなかドライっていうか……。どういうことなんですかね。
大越キャスター: ブンデスリーガぐらいのリーグになりますと、世界中にファンがいて、放映権料収入が非常に大きくて、実際の入場券収入の3倍に上るそうなんです。ですから無観客であっても採算はとれるだろうと、そういう見通しだと思います。ドイツ政府などもこれを後押ししました。しかし、この決断はいろんなきしみをもたらしたんです。

長谷部選手は、国中みんな外出もままならない状況の中で、自分たちが特権的にサッカーを続けていいのかということをやっぱり悩んだそうです。自分たちがプレーをすることでサッカー業界という経済が回るのは承知をしているけれども、一方では、自分がいかにも駒のひとつになったようで、わりきれない思いがあったことを打ち明けていました。

ファンの側も無観客でも試合を見られるメリットは多いのですが、ただ、非常に熱心なファン、サポーターであればあるほど、反発する傾向もあったそうです。ドイツ全土のサポーターのクラブが加盟する団体が、一刻も早く無観客試合をやめるように要望書を提出するという動きもあって、スタジアムの熱狂のないサッカーなどサッカーではないと、そういう思いなんでしょうね。長谷部選手ご自身も「ファンのサッカー離れを感じます」と話していました。
三宅キャスター: 熱狂あってこそのゲームだというファンもいるわけですね。そういう中でモチベーションを保つのは、長谷部選手も難しいものがあったでしょうね。
大越キャスター: 確かに葛藤もあった。だけど長谷部選手、今、絶好調なんですよね。目の肥えた地元の新聞も絶賛をしています。キャプテンマークをつけて頑張っているんです。こんなふうに語っていました。

「自分も37歳です。自分より若い選手たちも引退していっています。しかしその選手たちがオンラインで記者会見を寂しく行う姿を見ると、自分とどうしても重ねてしまうんです。逆に自分が引退するときは、満員のスタジアムの中で最後のプレーをして送り出してもらいたい」

自分の美学もあるでしょうし、気持ちは分かりますよね。さらにこんなふうにインタビューを締めくくっていました。

「試練というのは嫌いじゃないんです。不謹慎かもしれないけれども、パンデミックは、自分が成長する上での“人生のスパイス”なのかなと思っています」

サカナクション・山口さん「コロナ禍での発明を携えて日常生活に戻りたい」

大越キャスター: ミュージシャンの中でも、そうした思いの人と会うことができたんです。サカナクションというロックバンドのボーカルの山口一郎さんです。山口さんの考え方やことばの力にも、うならされるものがありました。TBS系列の<NEWS23>のテーマが彼らの音楽で、日本の音楽シーンのトップランナーといっていい存在だと思います。

その山口さん、大勢の人が密集して熱狂を分かち合う従来のライブが行えなくなった去年の夏、映像に凝りに凝ったオンラインのライブを開催して、2日間の配信で6万人が視聴したということなんです。こんなふうに語っていました。

「足踏みをしてコロナがなくなることをただ待つのではなくて、新しい表現方法を見つけようと葛藤することで、いつかまた元どおりにコンサートができるようになったときに、そこで発明したものを携えて、普通の日常生活に戻れる、そういう気持ちです」
三宅キャスター: コロナ禍を経てより進化した音楽スタイルを届けたいと?
大越キャスター: そういうことなんです。こんなふうにも話していました。

「ミュージシャンの創作活動っていうのは、昼夜逆転になったりしてちょっと普通の人とは違う生活を送っていた。自分はそれにもかかわらず、世の中で生活している人たちの気分を音楽で代弁すること、そういう仕事をしていた。そこに矛盾を、ある種感じるときもあったんです。
ところが、この新型コロナで緊急事態宣言が出たときに自分もまた家にこもって不安にさいなまれて、その点でリスナーの皆さんと同じ気持ちになりました。この感覚を、ちゃんと焼きつけておかなければならないというふうに感じました」


ミュージシャンとしての自分の立ち位置を再確認する機会にもなったということではないかと思います。

山口さんは今インスタグラムを通じて、一人ひとりのファンと対話をする時間を大事にしているそうです。「一種の取材ですよ」と表現していましたけれども、そうすると、この社会には多様な事情を抱えた多様な個性の人たちがいることに気付くんだそうです。そしてその多様な人々を結び付けるのもまた音楽の力である。音楽の力を改めて実感する、と話していました。
三宅キャスター: 苦難を経て文化は新しい花を咲かせる、ということですかねえ。

吉見俊哉さん「今はある種の“ため”を作る期間」

大越キャスター: ただ、今ご紹介した長谷部さん、山口さんのように、パンデミックの先に希望を見いだして前向きに活動できているという人は一握りだと思います。音楽やスポーツに産業として従事する人たち、特に裏方の人たちですよね。仕事が本当に減ってしまって、生活の危機にひんしているという人も少なくありません。

きょう最初に吉見俊哉さんの、日本の文化の捉え方は成熟していない面があるんじゃないかという話をご紹介しましたが、吉見さんはパンデミックの期間について、こんな表現をしています。

「今はある種の“ため”を作っている期間なのではないでしょうか。だからこそ、その期間に苦しい状況にある文化の担い手の皆さんを、国とか自治体といった公共の枠組みが、支えなければならないんじゃないでしょうか」

やはり文化とは人間を人間たらしめているものであって、冒頭申し上げたように、時に不急の存在ではあるかもしれませんが、決して不要なものではないと私は考えます。今回取材したアスリートやミュージシャンも、社会が必要とする“エッセンシャルワーカー”なのだなと思います。

こうした一連の取材は、シリーズでお伝えしているNHKスペシャル<パンデミック激動の世界>で2月14日に放送する予定です。

NHKスペシャル
パンデミック 激動の世界(8)
「音楽&スポーツ 熱狂なき空間(仮)」

2021年2月14日(日)
[総合] 夜9時15分~10時04分

詳しくこちら

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