突然ですが、あなたはふだんどんなカバンを使っていますか? 買い物に行くならエコバッグ? 自転車に乗る日はリュックサック? 国内旅行はボストンバッグ? 海外だったらスーツケース? ライフスタイルや用途によって選ぶバッグは変わってきますよね。では、国語辞典はどうでしょう? 同じ辞書をずっと使っていませんか? 国語辞典なんてどれも同じ! と思ってはいないでしょうか? 実は国語辞典には、それぞれ編者のこだわり、編集方針があって、一つ一つ違うんです。また、言葉の意味以外にもたくさんの情報が詰め込まれていて、さまざまな楽しみ方があるのです。さあ、国語辞典を開いて、広くて深~い言葉の海、言葉の波を乗りこなしましょう!
【出演者】
タツオ:サンキュータツオさん
柘植:柘植恵水アナウンサー
タツオ:
ごきげんよう、サンキュータツオです。
柘植:
アナウンサーの柘植恵水です。
タツオ:
きょうも国語辞典を開いて言葉の波を楽しみましょう。15分間おつきあいください。それでは街頭インタビューからスタートです。街行く人たちにこんな質問を投げかけてみました。
もしもあなたが国語辞典なら、この言葉、何と説明しますか?
みなさんがどの言葉について説明しているのか、想像しながらお聴きください。
- 年老いてる男性。
- いろんな経験を積み重ねてきた男性。
- 白髪が生えている人。
- 中年くらいの人。
- 60歳ぐらいの人。
- 30代から50代くらいの男の人。
- 歳をとってなくて若くない人。
- お兄さんとおじいさんの間。
- 働いている年配の男性。
- 年配で、仕事では中堅ポジションぐらいの方。
タツオ:
これはおもしろい! 本音がすごい!
柘植:
お兄さんとおじいさんの間とか(笑)。
タツオ:
正解は「おじさん」。親戚の伯父(叔父)さんではなく、小父さんと書く「おじさん」です。
柘植:
身内じゃないということですね。この「おじさん」ってよく使いますけど、難しいですよね。
タツオ:
60代って言っている人もいれば、30代から50代くらいって言っている人もいるし、白髪が生えてるとか、歳をとってなくて若くないとか(笑)。
柘植:
言葉を選んでいるのか選んでいないのか、わからない感じですね。そのくらい世間の人が思っている「おじさん」は違うということですね。
タツオ:
最近よく聞くのは「〇〇おじさん」で、例えば、鉄道好きの「鉄道おじさん」とか、サウナ大好き「サウナおじさん」とか。自分で「僕サウナおじさんだから」とか言ったりするんですよ。自己言及しないのが「おじさん」なのに、なんか自己防衛で「僕も20代後半になったからサウナおじさんだな!」みたいなことを言うんですよ。
柘植さんは「〇〇おじさん」って聞かないですか?
柘植:
おじさんっぽい文章の「おじさん構文」は聞きますね。
タツオ:
僕が働いている大学に、“おじさん構文ポーカー”を作っている先生がいるんですよ。「〇〇なのかナ?」の「ナ」だけがカタカナになってるとか。
柘植:
それ見てみたい! でも「おじさん」って付くと揶揄(やゆ)されがちですね。
タツオ:
基本的に自己認識が甘いんですよ。散々言われてるけど。
柘植:
おじさんとおばさんが語ってますけど(苦笑)。
タツオ:
おばさんに「おばさん」って言うのはためらいがありますが、おじさんに「おじさん」って言うのは全然ためらいがない! これってよくないかもしれないね。
柘植:
そうですね。
タツオ:
そんなときは国語辞典さんたちにちょっと聞いてみましょう。岩波国語辞典第八版では、よその大人の男。よその大人の男って言い方すごくない? これはついていっちゃいけないよね。
柘植:
ついていっちゃいけない!(笑)
タツオ:
集英社国語辞典 第三版には、他家の中年の男性をいう語。明鏡国語辞典 第三版も同様に、他人である中年の男性を呼ぶ語。とシンプルに説明していますが、新選国語辞典 第十版では、こどもが中年のよその男性を親しんで呼ぶ語。とすこし説明が丁寧になりましたね。
大人の男性同士では「ちょっとそこのおじさん!」とは言わないですよね。「おまえもおじさんだよ!」って怒られるからね。
柘植:
子どもだと「おじさん!」とか「あのおじさんがさ」と言っても許されますよね。
タツオ:
新選国語辞典では、誰が使う言葉なのかということにちゃんとフォーカスしているのと、親しんで呼ぶ語。親しみを込めて「おじさん」と言っているんです。こうやって説明が丁寧になると、本来、子どもが親しんで呼ぶ言葉なんだということがわかりますね。
柘植:
そうですね。
タツオ:
三省堂国語辞典 第八版では、中年ぐらいの男性(を親しんで、また、かろんじて呼ぶ言い方)。おじさま。おっさん。用例としては、近所のおじさん。そろそろおじさんになってきた。〔よその子どもに対し、自分自身をさしても言う〕。俗に「オジサン」とも。
けっこう詳しく書いてありますね。よその子どもに対しては、自分自身でも「おじさん」と言うことがあるよと。使用者が子どもだけじゃなく、自分にも及んでいるということを、三省堂国語辞典は書いているんですよね。
柘植:
わかりやすいですね。
タツオ:
新明解国語辞典 第八版では、親族関係にない中年の男性に呼びかける(を指して言う)語。〔より丁寧な形は「おじさま」。口頭語系は「おじちゃん」。侮蔑(ブベツ)の気持ちをこめて「おじん」とも〕。
最近「おじん」って聞かないなあ! 電車がガタンゴトンガタンゴトンというときに「おじんおばん、おじんおばん」って聞こえるって子どものころ言ってたわ(笑)。
新明解国語辞典の運用の欄では、もう若くはない、という、相手に対する皮肉や自嘲(ジチョウ)を込めて用いることもある。と書いてありまして、例、「若ぶっててももうおじさんだ/おじさんじみた服装」などと載っています。
柘植:
ずいぶん具体的ですね。
タツオ:
誰が「おじさん」を使うのか? どんなニュアンスなのか? 親しみなのか? 侮蔑なのか? その辺に関しての言及も大事ですよね。
柘植:
おもしろいなあ~。
タツオ:
柘植さんの中で、しっくりくる「おじさん」とは?
柘植:
自分が思う「おじさん」って、人それぞれかもしれませんね。
タツオ:
何歳くらいの幅だと思います? 30歳はまだお兄さん?
柘植:
若造ですよ(笑)。
タツオ:
僕は30歳になって、さすがに自分のことを「お兄さん」とは子どもに言えないですね。
柘植:
自分に置き換えるとそうですね。
タツオ:
人間は「おじさん」「おばさん」である時期が長いんですよ。
柘植:
いつまで「おじさん」と言ってんでしょう?
タツオ:
「おじいさん」と「おばあさん」へのグラデーションが明確じゃないんですよ。
柘植:
50代はまだ「おばさん」でいいですかね?
タツオ:
ひざが痛くなってからじゃないですかね。僕、そろそろひざが痛いんですけど、ちょっと「おじいさん」に入ってきてるのかな? 皆さんも「おじさん」という言葉、自分ならどう説明するかと考えながら国語辞典を読んでいくと楽しいと思います。