突然ですが、あなたはふだんどんなカバンを使っていますか? 買い物に行くならエコバッグ? 自転車に乗る日はリュックサック? 国内旅行はボストンバッグ? 海外だったらスーツケース? ライフスタイルや用途によって選ぶバッグは変わってきますよね。では、国語辞典はどうでしょう? 同じ辞書をずっと使っていませんか? 国語辞典なんてどれも同じ! と思ってはいないでしょうか? 実は国語辞典には、それぞれ編者のこだわり、編集方針があって、一つ一つ違うんです。また、言葉の意味以外にもたくさんの情報が詰め込まれていて、さまざまな楽しみ方があるのです。さあ、国語辞典を開いて、広くて深~い言葉の海、言葉の波を乗りこなしましょう!
【出演者】
タツオ:サンキュータツオさん
柘植:柘植恵水アナウンサー
タツオ:
ごきげんよう、サンキュータツオです。
柘植:
アナウンサーの柘植恵水です。タツオさんはこの春から山形の大学で教壇に立っていらっしゃいますけれども、学生のみなさんは夏休みですか?
タツオ:
今もたぶん夏休みですね。
柘植:
大学生は長いんですね。タツオさんも夏休みはあるのですか?
タツオ:
これといってないですね。会社員と違って芸人は仕事あってナンボですからね。皆さんは夏を満喫されましたでしょうか? きょうも国語辞典を開いて、言葉の波をサーフィンして楽しみましょう! ってどういうつながりなんだ(笑)。
まずは街頭インタビューからスタートです。街行く人たちにこんな質問を投げかけてみました。もしもあなたが国語辞典ならこの言葉、何と説明しますか? みなさんがどの言葉について説明しているのか想像しながらお聴きください。
- 言語化、もしくは象形化すること。
- 具体化する中で、文字とかでなく、グラフや図で表すこと。
- 数値やデータとして表現すること。
- 不透明なことを誰にでも分かりやすい状況にすること。
- 可視化すること。
タツオ:
いろんな意見がありましたね。何だと思います?
柘植:
データ化とか具体化とか、ちょっとビジネス用語っぽい感じもしますね。
タツオ:
正解は「見える化」なんです。
柘植:
「見える化」ってここ数年ですよね?
タツオ:
柘植さんは使いますか?
柘植:
「業務の見える化」とか、文章では見るようになりましたが、日常会話では使わないですね。
タツオ:
この「見える化」は、辞書にもちゃんと載っている言葉なんです。そもそも「視覚化(可視化)」という言葉がありますよね。ふつう「〇〇化」という言葉は、「名詞+化」というのが一般的なんです。例えば、明鏡国語辞典で「化」という漢字を調べると<名詞などについて>そのような性質・状態などに変える(変わる)意の名詞を作る。例えば「美化」「機械化」「自由化」「高齢化」「文庫本化」「全額自己負担化」「省エネ化」「グローバル化」と大体が名詞のあとに付くんです。
柘植:
ホントですね!
タツオ:
しかし、「見える化」は「見える」という可能形の動詞に「化」が付いているんです。将来的には「話せる化」とか「歩ける化」もできるようになるかもしれませんが、ここで重要なのは、なぜ「見える化」という言葉が生まれたのかということなんです。「可視化」と「見える化」は違うから残っているんです。
柘植:
「可視化」という言葉をわかりやすくするために「見える化」としたのかしら?
タツオ:
岩波国語辞典の第八版には、動向や問題点、計画などを、常に意識できるように視覚化して表示すること。「業務の見える化」と、ただ見えるようにするだけではなく、動きや問題点、計画などを意識できるようにという目的が示されているんです。また、三省堂国語辞典 第八版には、①情報を、だれにもわかる具体的な形にして示すこと。これは、どんな環境のどんな情報に触れている人でもわかりやすく、具体化するということが大事ということ。そして、②何がおこなわれているかが、だれにもわかるようにすること。これは、どのセクションで、何をやっているかというのを皆にわかるようにすることですね。明鏡国語辞典の第三版では、実態や情報などを客観的に把握できるように視覚化すること。可視化。と客観的な把握のこと。さらに、新明解国語辞典 第八版では、目で見て事態・状況が理解できるようにすること。可視化。特に、企業の業務や生産現場で進行・工程・現況・目標・課題などを視覚的に配置して誰もが見られるようにすること。と書いてあるんです。
柘植:
ずいぶん具体的に書いてあるんですね。
タツオ:
たとえば番組づくりの場合、台本を書く人、出る人、編集する人、録音をする人など、いろいろなセクションの人がいますよね。それを一元管理して、情報にアクセスすれば、誰がどの作業に入っていて、何パーセントまでできているのか知ることができます。
柘植:
見てパッとわかりますね。
タツオ:
コロナ禍のリモートワークで(自宅にいながら)仮想空間で職場を再現して、誰がどの業務に携わっているのかをネット上でわかるようにするのも「見える化」ですよね。このように生産現場の進行・工程・現況・目標・課題などが、一発でわかるというのはけっこう大事なことなんです。
そういう「可視化」と「見える化」のニュアンスの違いをくみ取って、業務、問題点、状況、目標、といったワードを国語辞典では入れているんですね。似たような言葉のちょっとした違いにこだわって、目的にあった言葉を使えたら、あなたも立派な国語辞典サーファーです。