突然ですが、あなたはふだんどんなカバンを使っていますか? 買い物に行くならエコバッグ? 自転車に乗る日はリュックサック? 国内旅行はボストンバッグ? 海外だったらスーツケース? ライフスタイルや用途によって選ぶバッグは変わってきますよね。では、国語辞典はどうでしょう? 同じ辞書をずっと使っていませんか? 国語辞典なんてどれも同じ! と思ってはいないでしょうか?
実は国語辞典には、それぞれ編者のこだわり、編集方針があって、一つ一つ違うんです。また、言葉の意味以外にもたくさんの情報が詰め込まれていて、さまざまな楽しみ方があるのです。さあ、国語辞典を開いて、広くて深~い言葉の海、言葉の波を乗りこなしましょう!
【出演者】
タツオ:サンキュータツオさん
柘植:柘植恵水アナウンサー
タツオ:
ごきげんよう、サンキュータツオです。
柘植:
アナウンサーの柘植恵水です。タツオさんは大学にお勤めですが、いつまで夏休みですか?
タツオ:
9月の中旬くらいまでで、下旬からスタートしますね。僕が大学生の頃なんて10月からでしたけどね。柘植さんはどうでしたか?
柘植:
遠い昔すぎて思い出せない(笑)。
タツオ:
昔は夏といえばテンション上がって、スイカ食べたり、セミやザリガニをとったりしましたけど、今は外に出るだけで痛く、憂うつになるもんね。だから「夏」っていう言葉の意味も、書き換えなきゃいけなくなるかなと僕は思っています。
柘植:
外に出ちゃいけない天気ですからね。みなさん、元気に健やかにお過ごしくださいね。
タツオ:
きょうも国語辞典を開いて言葉の波を楽しみましょう。15分間、マニアックな国語辞典トークにおつきあいください。それでは恒例の街頭インタビューからスタートです。街行く人たちにこんな質問を投げかけてみました。もしもあなたが国語辞典ならこの言葉、何と説明しますか? みなさんがどの言葉について説明しているのか想像しながらお聴きください。きょうは難しいよ!
- 絶対じゃないみたいな感じ。
- 半分合っている、半分正解。見方を変えたら合っている。
- 間違ってはいないけど、合っているか不安。
- 正解よりちょっと遠いようなイメージ。
- 大体みたいな感じ。
タツオ:
ちょっと難しかったと思います。正解は「あながち」。あながち間違ってはいないとか言う「あながち」です。ふだん使っていても、この「あながち」の説明ってけっこう難しいと思います。国語辞典たちが「あながち」をどう説明しているのか見ていきましょう。
岩波国語辞典の第八版、明鏡国語辞典の第三版、新選国語辞典の第十版など、多くの辞書に「必ずしも」という言葉が出てきます。「この天気だと必ずしも雨が降るとは言えないな。」とか、「この天気だとあながち雨が降るとも言えないな。」これどう違う? 実は「必ずしも」と「あながち」ってものすごく意味が近いんですよ。だけど、国語辞典で「あながち」を引いて、そこに「必ずしも」って書いてあったら、「必ずしも」と何が違うのか知りたくなりますよね。以前、「美しい」と「きれい」、「マニア」と「おたく」の違いを番組で取り上げました。似ている言葉の説明をちゃんとしなければいけません。「あながち」と「必ずしも」はどう使い分ければいいのでしょう? もちろん出てくる形も似ていて、必ずしもそうとは言えない。あながちそうとも言えない。どちらも後ろに「――ない」って打ち消しの言葉が出てきます。
柘植:
考えたこともありませんでしたが、たしかに後ろに否定がくるのは共通ですね。
タツオ:
辞書をつくっている人や日本語学者って、ずっとこういうクイズについて考えているんです。どっちが言えるかな? こっちは言えるけど、こっちは言えないのはどんな文なのか? この問題についてずっと考えてるんです。この2つの言葉を比べることで、言葉のおもしろさを知ってください。
新明解国語辞典では、一方的にそうとばかりは言い切れないと判断する様子。あながち君ばかりが悪いわけではない/あながち偶然とは言えない。つまり、一方的に偶然とばかりは言い切れない。これたまたまだよねと思っていたけど、もしかしたら誰かが仕組んでないかこれ? という場合に「あながち」を使うということですね。必ずしも偶然とは言えない。これも言えますよね。じゃあこの説明に何が入っているかというと「一方的」にという言葉が入っているのがポイントなんです。三省堂国語辞典 第八版では、自分の見方がまちがいとは言えないことをあらわす。自分の見方? 一方的に? どういうことだろう? 明鏡国語辞典では、全面的に断定できないという話し手の気持ちを表す。3つの辞書の「あながち」を比べてみると、新明解国語辞典は、一方的にそうとは言えない。三省堂だと、自分の見方。そして明鏡だと、話し手の気持ち。ちょっとずつ分かってきました?「あながち」の方はちょっと主観的なんですね。
柘植:
自分が入っているんですね。
タツオ:
これだけ見てもちょっとわからない部分があると思いますが、そういうときに最後の砦(とりで)になるのが、森田良行先生がつくった『基礎日本語辞典』です。「あながち」の項目に「必ずしも」との比較が書いてあります。「あながち」は、“悪いと決めつけたくなる感情を、単純に認めることはどうか、諸般の事情から推せば、それが悪いということを無条件に認めるわけにはいかない” 。やはり、感情の部分を問題にしているということが書いてあります。「必ずしも」は、“無断で借用することすなわち悪、という因果関係は普遍的なものではない。悪でない場合もある”という客観的判断。と書いてあります。「あながち」と「必ずしも」というのは主観的か客観的かで使い分けられているんですよ。
例えば同じように言える文があるんです。「人の物を無断で借用したからといって、あながち悪いとは言いきれない」これは主観。「人の物を無断で借用したからといって必ずしも悪いとは言いきれない」これ一般論ですよね。主観と客観で「あながち」と「必ずしも」を使い分けているんです。こんな言葉の微妙な違いも、いろいろな用例を示して書いてあるんです。
柘植:
そうなんですね。
タツオ:
すごく近くに似た言葉があるんだけど、両方ともまだ生き残っているのには理由があるんですよ。
柘植:
どちらでもいいわけじゃないのですね。
タツオ:
例えば、基礎日本語辞典の「あながち」の項目に、「必ずしも」と、もうちょっとフォーマルな感じの表現で「一概に」とがあります。街の人も何となく肌感覚で分かってるけど、「あながち」と「必ずしも」の違いを説明できるかというとちょっと難しいんですよ。