突然ですが、あなたは今どんな靴を履いていますか? デートの日だからハイヒール? 山登りに行くので登山靴? 休日はやっぱりスニーカー? ライフスタイルや用途によって選ぶ靴は変わってきますよね。では、国語辞典はどうでしょう? 同じ辞書をずっと使っていませんか? 国語辞典なんてどれも同じ! とは思っていないでしょうか?
実は国語辞典には、それぞれ編者のこだわり、編集方針があって、一つ一つ違うんです。また、言葉の意味以外にもたくさんの情報が詰め込まれていて、さまざまな楽しみ方があるのです。さあ、国語辞典を開いて、広くて深~い言葉の海、言葉の波を乗りこなしましょう!
【出演者】
タツオ:サンキュータツオさん
柘植:柘植恵水アナウンサー
タツオ:
ごきげんようサンキュータツオです。
柘植:
NHKアナウンサーの柘植恵水です。
タツオ:
きょうも国語辞典を開いて、言葉の波を楽しみたいと思います。7月も中盤でございますから、サーフィンしながら国語辞典サーフィンを聴いてもいいかもしれませんね。
柘植:
難しい~(笑)。
タツオ:
15分間、マニアックでニッチな国語辞典トークにつきあっていただきます。それでは恒例の街頭インタビューです。国語辞典サーファーの中でも、このインタビューに答えたい人が続出しています。街行く人たちにこんな質問を投げかけてみました。もしもあなたが国語辞典ならこの言葉、何と説明しますか? 皆さんが何について説明しているのか想像しながらきいてみてください。
- 照れ隠しのために素直になれない行為。
- 嫌い嫌いも好きのうちという感じ。
- 二面性がある人。
- ふだんは冷たい感じだけど、二人きりになったら急にやさしくなる。
- 性格のタイプの一種で、反発をするツンツンという態度と、好意を素直にあらわすデレデレという態度を両立させる性格。
タツオ:
最後の方すごかったですね。
柘植:
ほぼ答えを言ってくれていましたね。
タツオ:
街行く人たちが説明していた言葉は「ツンデレ」でございました。お年を召した方は??? となっているかもしれませんが、柘植さんはきいたことあります?
柘植:
お年は召していますが(笑)。「ツンデレ」は分かりますけど、国語辞典に載っているんですか?
タツオ:
実は今まで国語辞典を読み比べてみましょうと言っていましたが、国語辞典は、世の中にある多くの言葉の中から、まず何を掲載するかを選ぶ作業が半分、あるいはそれ以上の作業なんです。で、「ツンデレ」という言葉が浸透したのは20年ぐらいですかね。
柘植:
もう20年ですか?
タツオ:
僕はアニメとかマンガが好きないわゆるオタクなので、90年代後半ぐらいからもう出てきた言葉だと認識しているんですけども、まあ、一般の人が使いはじめて20年ぐらいという感じですかね。今回ここにある辞書の中では『岩波国語辞典』『新明解国語辞典』『集英社国語辞典』『新選国語辞典』の最新版には「ツンデレ」はまだ掲載されておりません。いまのところ載ってるのが『三省堂国語辞典 第八版』と『明鏡国語辞典 第三版』です。
『三省堂国語辞典』には俗語として、ふだんはつんつんしているのに、二人きりになるとでれでれする性格。2005年ごろから広まったことば。もとは女性に言ったと書いてあるんです。いわゆるアニメオタクとかはもっと前から使っていましたけど、一般の人までが使うようになったの2005年くらいからと書いてあるんです。『明鏡国語辞典』には、普段(ふだん)はつんつんと取り澄ましているのに、何かのきっかけででれでれと親しげな態度をとること。また、そのような人。ツンデレキャラ。多く「ツンデレ」とカタカナで書く。とまで書いてあります。
最初は「ツン」、そのあと「デレ」。「ツン」の部分がけっこうインパクトがあるので、その落差を「ツンデレ」と言っていたわけなんです。そのあと、ちょっと病んでいる感じの「ヤンデレ」や、クールなデレで「クーデレ」とか、細分化した言葉もたくさん出てきているんですよ。その始祖は「ツンデレ」なんです。「フリ」と「オチ」のような感じで「ツン」と「デレ」があるという、時間の感覚があるというのが僕の認識だったのですが、どちらの辞典にも時間の感覚は載っていないんですよ。
柘植:
「普段は」くらいですね。
タツオ:
だから「ツンデレ」は僕がどこかで書き直したいと思います。ただ『三省堂国語辞典』はさすがだなと思うところは、もとは女性に言ったと書いてあります。確かに当時、アニメーションやマンガを消費していたのは男性が多かったんです。でも今では男性アイドルに対して「あの人ツンデレなんだよ」とか、2次元3次元、ジェンダー問わず、キャラクターに「ツンデレ」と使われるようになったのは慧眼(けいがん)ですよね。
柘植:
なるほど。
タツオ:
どういう基準で辞書に入る言葉が選ばれているのかは、辞書の編集方針なんです。
もちろん、岩波くんも新明解くんも集英社くんもみんな「ツンデレ」は認識しています。認識はしているが、あと10年くらいしたらみんな言わなくなる言葉かも? 今だけの言葉は載せなくてもいいかな? という判断でもあるし、あと10年あったら載せるか、ということですね。辞書に入れる言葉はそれ相応に認知されている言葉ということなので、30年くらいの期間で使われたら載せてもいいかという基準があるのかもしれないですね。
その一方で『三省堂』や『新明解』は新語にも目を光らせているし、いまぐらいの浸透度だったら入れてしかるべきでしょ、という判断でこの2冊には入っているということなんです。『岩波』は100年前の日本語まで載っている一方で、最近の言葉にはちょっと慎重になっています。『明鏡』とか『三省堂』は、ふつうの人たちが使っているスラングに近い新語も載せています。だから『三省堂』には死語と呼ばれる「ナウい」も載っています。
柘植:
ナウいって久しぶりに聞きました。
タツオ:
久しぶりということは? 「ナウい」を使っていましたね!(笑)
柘植:
タツオさんだって使っていませんでした? ナウいファッションとか(笑)。
タツオ:
『三省堂』には「ナウ」を形容詞化した語。〔俗〕ナウな様子である。用例に「ナウいセーター」〔1979年から流行したことば〕と書いてあるんです。
柘植:
そんな前でしたっけ?(笑)
タツオ:
例えば、昔の雑誌を読んで「ナウい」て何だ?と大学生が思ったとして、それがここに載っているということが大事なんです。何年ぐらいから何年間使われていたという情報も、そのうち国語辞典に入るので、仮に「ツンデレ」が一切使われなくなったとしても、たぶん「2005年ぐらいから20年間ぐらいは使われた言葉」みたいな感じで入る可能性はありますね。
柘植:
そう書いていただけると「ああ、あの時代か!」ってより分かりやすいですね。ちなみに「ナウい」は10年前くらいの言葉だと思っていましたが、けっこう前だと知って衝撃をうけています(笑)。
タツオ:
新語や用例をどれくらい入れるのか? 辞書によってもだいぶ違うので、この違いを楽しめて個性を味わえるようになれば、立派な国語辞典サーファーでございます。