突然ですが、あなたは今どんな靴を履いていますか? デートの日だからハイヒール? 山登りに行くので登山靴? 休日はやっぱりスニーカー? ライフスタイルや用途によって選ぶ靴は変わってきますよね。では、国語辞典はどうでしょう? 同じ辞書をずっと使っていませんか? 国語辞典なんてどれも同じ! とは思っていないでしょうか?
実は国語辞典には、それぞれ編者のこだわり、編集方針があって、一つ一つ違うんです。また、言葉の意味以外にもたくさんの情報が詰め込まれていて、さまざまな楽しみ方があるのです。さあ、国語辞典を開いて、広くて深~い言葉の海、言葉の波を乗りこなしましょう!
【出演者】
タツオ:サンキュータツオさん
柘植:柘植恵水アナウンサー
タツオ:
ごきげんようサンキュータツオです。
柘植:
NHKアナウンサーの柘植恵水です。
タツオ:
これから15分間、マニアックでニッチな国語辞典トークにおつきあいいただきます。きょうも恒例の街頭インタビューからスタートしましょう。今回はいつもと違うお願いをしました。街行く人に紙に書かれたある言葉を読んでもらっています。イントネーションに注意しながらよく聴いてください。柘植さんはより注意深く聴いてみてください。
「赤い、赤い花」
- ※ 街行く人の声、数名のアクセント・イントネーションをチェック
タツオ:
どうでしょう皆さん、「アカイ」だと2番目の「カ」の音にアクセントがついて、花がつくと、平たんになりますよね。これ最近の現象なんですよ。
柘植:
そうなんですか?
タツオ:
レッドは「アカイ0⃣(※)」がもともとなんですけど、最近は「アカイ2⃣」ってアクセントがちょっと山になってるんですよ。
- ※ 0⃣は下げるところがないという意味。「アカイ2⃣」であれば、2番目のカの後で下げる。(参考『新明解国語辞典』)
タツオ:
形容詞のたぐいは、発音の変化が近年著しいので、今回はもう1つ、街頭インタビューでこの言葉を読んでもらいました。
「熱い涙を流す」
- ※ 街行く人の声、数名のアクセント・イントネーションをチェック
タツオ:
何パターンかありましたね。
柘植:
「アツイ0⃣涙」と「アツイ2⃣涙」と分かれましたね。
タツオ:
柘植さん読んでみてください。
柘植:
アツイ2⃣涙を流す。
タツオ:
いいですね~。アナウンサーはアクセントをどうチェックしているのですか?
柘植:
『NHK日本語発音アクセント辞典』を見て確認しています。
タツオ:
どうしてアクセントを「国語辞典サーフィン」で扱うの? と思っていらっしゃる方もいるかもしれません。実は多くの国語辞典ではアクセントの解説も丁寧にされていて、言葉の何番目が一番高くなるのか分かるようになってるんです。皆さんがお持ちの国語辞典には「あ」から「ん」まで言葉の説明(語釈)が載っていますが、僕が注目してほしいのは「あ」より前と「ん」の後なんです。「あ」より前には、いろいろな自己紹介とかルールが書いてあって、ここに辞典の哲学がかなり書いてあるんですよ。で、「ん」のあとには言葉に関する雑学がいろいろ載っているわけです。「ん」より後の付録の情報に注目してもらいたいんです。
柘植:
辞典ごとに付録の内容も違うのですね?
タツオ:
入っているお菓子も違えば、特典のおもちゃも違うというのが国語辞典なんです。例えば、小学館の『新選国語辞典』の「ん」よりあとには「季語一覧」つまり「歳時記」の機能が入っています。
柘植:
俳句をされる方にはいいですね。
タツオ:
『新明解国語辞典 第八版』には、数字の読み方という項目があって、人の数や順番、日時、掛け算の九九などが細かく説明されています。
柘植:
これもいいですね。
タツオ:
『明鏡国語辞典』には、手紙の書き方、あいさつの言葉などが載っています。
柘植:
拝啓とか?
タツオ:
最近、手で書く習慣が徐々に薄れてきてるから、手紙ってどう書けばいいんだろう? とか、どれくらいの距離の人には「拝啓」を使って、どれくらいの人は「前略」が使えるのか? とか書いてあります。これはうれしい機能ですね。
柘植:
本当ですね。
タツオ:
『集英社国語辞典』には、日本語の表現、日本の方言という読み物があったり、地域性に配慮したような読み物が載っていたりします。「ん」より後は、書店で買う際の参考にしていただきたいくらいです。
発音に関して『新明解国語辞典』の【アクセント表示について】という項目には、「形容詞、やはり0⃣型と2⃣型の二つが基本である」と書いてあって、アカイ0⃣ カナシイ0⃣ ムズカシイ0⃣ ヨイ1⃣ シロイ2⃣ タノシイ3⃣ オモシロイ4⃣これが基本形だと書いてあるんです。
ただ次の【形容詞のアクセント変化】の項目には「しかし形容詞の型の区別は失われかけている。それはアカイ2⃣=シロイ2⃣、カナシイ3⃣=タノシイ3⃣のように終止形の0⃣型が消えて他方に合流する変化で、すでに一部の高年層でも生じ、中年層ではこの区別がほぼなくなっている」と書かれています。つまり、カナシイとかアカイが終止形(0⃣型)でなくなってきているというんです。いまはほぼ高年層でも生じているということなんです。
街頭インタビューでも「アカイ2⃣」と発音していましたよね。でも本来であれば「アカイ0⃣」なんです。「花」という名詞につく場合は、まだぎりぎり残っている「アカイ0⃣花」。これは本来、終止形も「アカイ0⃣」だったんです。しかし、いまは「アカイ2⃣」になっていると書いてあるんです。「連体形は0⃣型で残る傾向があり、そこでは逆にタノシイ3⃣などが0⃣型になることさえ見られる。あたかも終止形と連体形でアクセントが分裂するかのような様相である。この変化は、厚イ0⃣と熱イ2⃣のような同音語で一層進み、終止形ではともに2⃣型、連体形ではともに0⃣型になって、本来なら「熱イ2⃣ 涙を1⃣流す」のつもりが、古い世代には「厚イ0⃣ 涙を1⃣流す」と聞こえる発音がアナウンサーの口から発せられることは、今や珍しくない。とあります。
柘植:
これはアナウンサー泣かせの「アツイ問題」ですね。私もスポーツ中継とかで注意されたことがあります。熱イ2⃣と厚イ0⃣、どっちが平板?って迷うことはありますね。
タツオ:
最近ではこういう現象になっている! 最新版のアクセント情報も載っているのが国語辞典なんですよ。
柘植:
このアクセント表示をちょっと読んだのですが、1回読むだけだと、何をおっしゃっているの?とちょっと難しさもあるんですが、これが理解できたら本当に楽しくなりますね。
タツオ:
かめばかむほど味が出るスルメ本ですね。皆さんも「ん」よりあとのページをチェックしてみてください。